「じゃあ、とりあえず、次はどこに行こうか――?」
「――あれ、嬢ちゃん1人かい? って、もう嬢ちゃんってものおかしいか」
機械帝国首都・ウィンストンタウン。
ジョージのファミリーネームであるウィンストンから貰った名前。
アガサはそれをずっと使い続けていた。
「いや、別に嬢ちゃんで良いよ、チャリオ」
私はそこに馬車を用意していた。御者はチャリオ。
随分と時間が経ってしまったけれど、あの旅の続きを始める時が来た。
機械帝国を終着点にした旅。それをまた始めるのだ。
「それと悪かったね、待たせてたのに君を使えなくて」
「いいや、ある程度の事情は聞いてる。また破格で呼んでもらえて嬉しいよ。
しかし1年前の仲間たちとはバラバラに?」
チャリオの言葉に頷く。
「そうは見えなかったかもしれないが、みんな良い大人だ。
それぞれの人生がある。ただ、時間になるまで1人、待たせて欲しい」
「もちろん。今の俺はアンタの専属だからな」
そう言いながら馬車の扉を開いてくれるチャリオ。
彼に礼をしながら、そこに乗り込む。
……懐かしいな。偶然の出会いだったが、ここにいるとあの旅を思い出す。
私の因縁を終わらせる旅。親友であるアガサの命を絶つための旅。
本当に酷い理由に付き合わせてしまったけれど、得難い出会いがあった。
今さらになって500年前のパーティのような仲間を得られるなんて。
――リタ・ローゼン・シュミットハンマー。
あのルドルフの孫娘、魔導甲冑の母という偉業を成したとは聞いていた。
けれど、まさかあの娘があれほどまでに成長して、それでもまだ私を慕ってくれているなんて。
――クロエ・サージェント。
アディンギルで立ち寄った教会病院で出会った人間の医学神官。
私では及ばぬ医学知識を持ち、何度もジョンを助けてくれた。
あの人がいなければ、ウォルターの立ち位置が変わっていたのは間違いない。
兄を助けたいという彼女の想いが、私の機械帝国を救ってくれたんだ。
――ジョン。
私を殺せと言う任務を与えられていながら、それを破った男。
そして私を愛した男。彼には感謝してもし切れない。
あれほどまで純粋に愛を向けてもらったのは初めてだった。
親友を殺めるという役目を、肩代わりさせてしまった。
……思い出すだけで、本当に素晴らしい仲間たちだったと思う。
もう500年先を思うと気が重たくなってしまうような、得難い仲間。
私はまた、彼らと別れなければいけないのだ。
――ジョージ、カルロス、そしてアガサ。
まだ生きているのはルドルフだけだ。あとはみんな逝ってしまった。
遠い将来、私はまた同じ別れをすることになる。
けれど今は感謝しよう。新たに出会えた仲間たちに。
そしてこれからの時間を大切にしよう。
機械帝国を再興すること。その目途はついた。
新たな帝国議会は動き出し、機械に全てを委任した国は、ただの人間の国に。
……アガサが遺してくれていた私のアクセス権も、もう意味はない。
全ては然るべき機関に明け渡したから。
だから私は、また旅に出る。いつまでも私のような者が居てはダメだから。
それでも、また近いうちに顔を出そう。ウォルターにもクロエにも。
カルロスに何もしてやれなかった後悔を繰り返すつもりはない。
「――そういえば嬢ちゃん。時間ってのはいつなんだい?」
「そうだな、そこになったら私が伝える。それでもいいかな?」
指定した時刻まではあと数分と言ったところだ。
……私は、ジョンに置手紙を残してきた。
機械帝国からまた旅に出る。それについてくるかどうかは任せると。
ウォルターやクロエたちと共に残るのもまた人生だ。
別に私にこだわる必要はない。
――たとえ彼が造られた人間であろうとも、彼は既に人間だ。
自分の人生を自分で選び取る自由がある。
だから私はその自由を邪魔したくなかったんだ。
彼が私についてくるか否か。それを彼に選んで欲しかった。
……でも、心のどこかで思っている。
必ず彼は来てくれると。そんな自分が恥ずかしくて、顔が赤くなる。
まるで恋する乙女みたいなことをしているなと思ってしまう。
けれど、どうしようもなく不安な自分もいる。
私はエルフ、彼は人間だ。人間が人間の中で生きるのは当然。
それを選んでもいいと手紙には、書いておいた。だから不安だった。
……普通にジョンに対して『どこに行こうか?』と相談して、私と離れるかを選ばせない方が良かったんじゃないかって、そんなことを考えてしまう自分もいる。
「……時間だな」
手紙にしていていた時間は過ぎた。
けれども、彼は来なかった。
だから私はそれを呟いたのだけど、チャリオは馬車を出さない。
「チャリオ――?」
「え? そんな悲しい声して時間だなって言われてもな。
俺は出せっていうまで出さねえぞ?」
馬を出せる位置にいるチャリオにそう返されてしまう。
……出せと言うまで、か。
私は言えるのだろうか、ジョンのいない旅を受け入れられるのか。
「――ジョン、私は」
どうしようもなく言葉が漏れた瞬間、馬車の扉が開く。
「ッ、遅くなった……!! ったく、どういうつもりだ、シルフィ……?」
聞き慣れた声がする。
特徴的な銀髪が揺れて、黄金の瞳が私を射抜く。
そのまま彼は私の肩を掴む。その手には私の置手紙が握られている。
「……どう、いうって、その……お前には、お前の人生が……」
「そんな悲しそうな顔してまで言うセリフか? それ」
私の表情を見て柔らかに微笑むジョン。
それがどうしようもなく嬉しくて、恥ずかしくて顔を隠してしまう。
分かるんだ、自分の顔が赤くなっているって。
「……まぁ良いや。別に怒っちゃいない。
いないけど、俺は今、事故に巻き込まれかけて遅れた。
定刻通りに出してたら地の果てまで探すところだったぜ? シルフィ」
私の向かい側に腰を下ろしたジョンがそう告げる。
「……ぁ、そ、その、思わなかったのか? 帝国に残ろうとか」
「思わない。貴女のいないところにいても仕方ない。
それにようやく終わったんじゃないか、500年前からの因縁が」
ジョンの瞳が、静かに私を見つめていた。
……そしてあのエルフの国での夜、彼が言ってくれたことを思い出す。
500年前から背負わされてきたことを終わりにして見せるって。
「――だからな、シルフィ、もう試さないでくれ。
そういうところ、貴女の悪い所だ。気を遣ってくれるのはありがたい。
でも俺はまた言って欲しい。地獄の果てまで付き合ってもらうって」
エルフの国から機械帝国に向かう時に私が言った言葉。
そんなものまで律儀に覚えているのか。
それに、私の悪い所を指摘してくるなんて……本当に大人になった。
「……わ、悪かった。分かってたのに、試すような真似をして。
いつもの癖だったんだ。私がお前に無理をさせてるんじゃないかって。
答えなんて、分かり切ってたのに……正直、確かめたかったのかもしれない」
”私のことを、お前が愛してくれているのかを”
なんて言葉にして、年甲斐もなく恥ずかしくなってしまう。
「愛しているよ、シルフィ。だからこの先も一緒にいたい」
「ジョン……」
「人間ほどの寿命があるかも分からない身だ。でも、この身が果てるまでは」
そう答えてくれる彼の言葉に頷く。
「……ありがとう、ジョン。私も愛している。
最後まで一緒にいよう。いつになるか分からないけれど、最後まで」
「ああ……それで、そのシルフィ、欲しいものがある」
今までスッと言葉を紡ぎ続けてきた彼の中に、恥じらいが見えた。
何か緊張しているような、そんな素振りが。
「欲しいものか。別に大抵のものなら用意できるぞ、何でも言ってくれ」
ジョンの奴がこういう風に何かをねだってくることは殆どなかった。
だから、私は少し年長者らしく胸を張ってしまう。
「――その、帝国再興に絡んで、名前を使う機会が増えて、思ったんだ。
人の名前って、名前だけじゃ成立していないと」
ジョンの言葉に頷きながら、続きを促す。
少し思い当たるものが見えてきて、ドキドキしてしまう。
「……名字が欲しい。できれば、貴女のそれが。
シルフィ、俺は貴女と同じファミリーネームを使いたいんだ」
……そうか、そうだよな。私は何をやっていたんだ、今の今まで。
本当なら私が言うべきことだった。私から切り出してよかったことなのに。
ジョンの方に言わせてしまった。
――年上としての私は情けなかったけれど、女としては少し嬉しかった。
「ブルームマリン、だな……?」
「……ダメ、かい?」
彼の言葉に首を横に振る。
「いいや、これで私も私の姓を好きになれそうだよ、ジョン。
――ジョン・ブルームマリン、悪くない。良い響きだ」
私の言葉を聞いてジョンが微笑む。
「ありがとう、シルフィ。
ジョン・ブルームマリン……うん、やっぱりしっくり来る」
私の名字を、私たちの名字を呟くジョンが何よりも愛おしかった。
「……また1年くらいしたら、結婚式を開こう。
どうせみんな集まる機会が欲しいはずだし」
照れながら、そう言ってくれる。
そして、彼は私の手を取った。
「――それまでに、もっと良いものを買えるようにしておくから」
そう言いながら、私の左の薬指に指輪を通してくれるジョン。
思わぬ攻勢に心臓が高鳴っているのが分かる。
……本当に、年甲斐もなく、私は。
「ジョン……」
「迷惑、じゃないよね……?」
答えなんて決まり切っている。
ああ、どこでやろうか。どこの国で、どの街で。
今から楽しみだ。最高の結婚式をやってやろうじゃないか。
「ありがとう、ジョン……これからも、よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ。じゃあ、とりあえず、次はどこに行こうか――?」