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「……いえ、これが最後になるような気がしましてね」

「――ここに居ましたか、ジョン」


 最後にリタと2人きりで話をした場所。

 ウォルターたちを含めた俺たちが使っていた高層ビルの展望台。

 そこで物思いにふけっていたところに声が掛けられた。


「はい、クロエ先生。どうしました? こんな早朝に」


 機械帝国の首都・ウィンストンタウンを見下ろせる場所。

 そこで先生が、俺の隣に立つ。

 共に朝日に照らされる機械帝国を見つめる。


「……いえ、これが最後になるような気がしましてね」

「ふふっ、そうかもしれませんね。まだシルフィから話は聞いてませんが」

「リタさんたちへの見送りが、事実上の解散会でしたから」


 言葉を紡ぐたびに揺れるピンクゴールドの髪。

 この1年でだいぶ長くなったように見える。

 最初に会った時よりも、ずっと。


「まさかウォルターの剣聖部隊に、アウルまで味方につけて、俺たちで機械帝国再興の舵取りをすることになるとは思ってませんでした」


 もともと旅をしていた4人。俺とシルフィとリタとクロエ先生。

 そして、ウォルターと剣聖部隊、さらにアウル。

 ここを中心に帝国軍の同調者や各企業の同調者をかき集めていった。

 そんな力で、新たなる帝国議会を造ったんだ。本当に大変な日々だった。


「……ふふっ、私にはなんとなく見えていた気がします。

 だって皆、兄さんみたいにお人好しで、他人を見捨てられないんですもん」


 年相応に屈託のない笑みを浮かべる先生を、久しぶりに見た気がする。

 医者として、神官として、きっちりした人だけど、時折見える幼さが愛らしい。


「いやー、流石にここで新たな議員として立候補するほどじゃないですよ」

「当選しましたしね、帝国議員ウォルター・ウォーレスに。

 まぁ、兄のことです。戦場にいるよりは政治家をやってる方がよほど良い」


 クロエ先生がそういうのも当然だろうな。

 ウォルターがあの立ち位置に陥った理由を聞いたけど、まぁ、酷いものだった。

 皇国軍に捨て駒にされて、今のポジションに。


「アランが勧めてましたもんね」

「ええ、あの人、兄さんのこと大好きですから。

 私としても皇国に戻るよりは良いかなって」


 やっぱりそういう見解か。

 危なっかしいウォルターの傍には、強烈な妹と副官がついている。


「でも、チャールズ将軍が凋落するくらいにはまだ人気なんだろ?

 戻って来いって言われてるんじゃないのか?」

「言われてはいますが、そういう人気も両国の関係に使えるでしょう」


 ――皇国に見捨てられて、帝国旧議会に洗脳された悲劇のヒーローとしての物語は既に確立している。元から皇国軍を裏切っていたとか、皇国から送り込まれた帝国への侵略者なんだとか、色々言われているが、それを押し退ける人気がある。


「……それで、ジョンさん」


 先生が静かにこちらのことを見つめてくる。

 その表情がとても真剣で、俺は頷くことしかできなかった。


「本当に今日までありがとうございました。

 まだ決まったわけではないですが、今のうちに言わせてください」


 こうしてかしこまった感謝を向けられると、リタとの会話を思い出す。

 もっともあの時、礼を言ったのは俺の方だった。

 だから、逆になると、なんだろう、本当に照れくさいな……。


「――あの日、オースティンに洗脳されていた私を助けてくれたこと。

 そして行方不明だった兄に引き合わせてくれたこと。本当に感謝しています」


 丁寧に感謝を向けてくれるクロエ先生。

 それが恥ずかしくて、俺は言葉を返してしまう。


「……別に、ウォルターと引き合わせたのは偶然さ。俺のやったことじゃない。

 それにオースティンから助けたのだって、誰だってそうするよ。

 先生に診てもらってたんだ、異常に気付かないはずもない」


 こちらの言葉を聞いて微笑む先生。


「ふふっ、本当に兄さんに似てお人好しだ、ジョン。

 そもそも普通ならあの状況で反帝国派と戦ったりしませんよ」

「……そんなもんか?」


 確かに、戦う力のない人間ならそうかもしれないが。

 俺はそうじゃなかった。俺には、戦う力があった。


「そんなもんです。けれど、貴方はそうじゃなかった。

 ……私ね、本当は兄と合流したらすぐに逃げ出すつもりだったんです」


 眼下に広がる機械帝国を見つめながら、クロエ先生が呟く。


「――帝国で起きていたこと、人造女神計画も無視して。

 仮に皆さんと共に旅をせずにあの場にいたら、私はこの国を見捨てていた。

 無理やりにでも、兄だけを連れて逃げていました」


 仮にそうなっていたら、今の復興はないな。

 でも、別にそれはダメな選択ではないと思う。

 兄を想う妹としては当然だ。


「……でも、あの時、あの場に居て思ったんです。

 リタ、シルフィ、ジョン、誰がこの場で逃げ出すだろうって。

 誰が兄さんの仲間を、帝国民全員を見捨てて逃げ出すだろうかって」


 真正面から向けられる言葉、先生の瞳がどうしようもなく美しい。


「先生……」

「だから、ありがとう。本当に貴方には感謝しています。

 私が正しい決断をできたのは、兄の決断を後押しすることを選べたのは、貴方との旅があったからだ」


 先生の言葉に息を呑む。俺はこれを茶化してはいけない。

 受け取らなければいけない。そう感じた。


「――こちらこそ、貴女には助けられた。何度も。

 それこそマルロを倒した時、テオバルドを倒した時、貴女が居なきゃ死んでた」

「ふふっ、そんなこともありましたね。もう無茶はしちゃだめですよ?」


 にっこりと笑う先生。


「たとえ、あのシルフィでも私ほどの治癒はできませんから」


 そんな風に胸を張る先生が本当に愛らしい。

 会う前から尊敬していたシルフィに勝る強みがあることが嬉しいのだろう。


「分かったよ。それで、先生はいつまでこの国に?」

「んー、そうですね……とりあえずしばらくは兄を手伝おうかと。

 その後のことは、また考えます」


 確かにウォルターも人手は欲しいだろうしな。

 特にクロエ先生のような人は。


「分かったよ。もしかしたら、俺はもう居なくなるかもしれないが」

「――はい。シルフィさんについて行かなかったら殴ります」

「ははっ、殴って治してまた殴るって奴か?」


 最初に先生が反帝国派にやっていた拷問を思い出してしまう。


「ふふっ、もう二度とあんなことしなくていい世の中になると良いんですが」

「……そうだな、この国の平和を、守っていけたら。繋いでいけたら」

「兄はそれをやるつもりです。私も少しは力を貸して良いかなって」


 つくづく良い兄妹だ。少し羨ましくなる。

 ……いや、俺にも兄弟は居た。

 憎らしくも愛おしいあの兄弟が。


「もしシルフィがここを去ったとしても、何かあったらすぐ呼べ。

 あの人な、ずっとオークの国の政治に関わって来なかったことを悔やんでた。

 そこに漬け込めばすぐ動かせる」


 俺の言葉を聞いて大きく笑いだすクロエ先生。


「ははっ、分かりました。ジョンさんと私だけの秘密にしておきますね。

 なるべく2人の時間を邪魔したくはないんで」


 先生の言葉に頷く。まったく思わぬところで気を遣われてしまった。


「――この先の幸運を祈っている、先生」

「ええ、私も。神のご加護を祈ります、ジョン」


 神官であるクロエ先生が祈ってくれる。

 人間もどきでしかない俺のために。

 それを当然にしてくれることが、嬉しかった。


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