「やっぱり、こうなったんだね、シルフィ――」
――目を覚ましたとき、最初に見た光景に舌打ちをした。
どうして私が、あの生まれ故郷に居るのか。
よりにもよって、あの天橋の前に立っているのか。
……理解はしていた。自分は背中から撃たれて死んだのだと。
完全に不意打ちだった。少しでも警戒していれば避けれたはずだ。
だというのに私はそれを怠り、致命傷を負った。
だからジョンに最期の力を託した。リタの魔導甲冑が彼を守るようにと。
きっとアガサの奴は怒るだろう。
どうしてすぐに再会しなければいけないのかと。
彼女の願いを無碍にしてしまったことを怒られるはずだ。
そんな覚悟は決めていた。
だが、どうして、ここなんだ。
どうして最後の最後まで、エルフの国になんて行かなければいけないのか。
私はアガサと同じ、遠い未来にジョンが来る”人間のあの世”へ行きたいのに。
「やっぱり、こうなったんだね、シルフィ――」
聞こえた声に悪寒が走った。
……バカな、そんなはずがない。
あの母親なら分かる。もしくは顔も知らない父親なら。
けれど、アンタだけは有り得ない。どうしてアンタがこんな場所にいる……?
「姉さん……?」
こちらの言葉に反応らしい反応を示さないミルフィーユ、私の姉。
この天橋のたもとで彼女を見ると、まるで今までが夢だったように感じる。
機械帝国に入ってからの全てが夢で、まだエルフの国にいるんじゃないかと。
「――なんとなく分かってたんだ。
きっと、機械帝国との戦いで貴女は命を落とす。
自分の造った国に、殺されてしまう。それが結末だってこと」
私に反応を示すことなく一方的に語り続ける姉さん。
……なんだ、いったいなんなんだこれは。
「もし、ジョンくんも死んでたらきっと怒るんだろうなぁ。
他の娘でも同じだろうけど、でも、シルフィならみんな守ってくれてるよね?」
「――おい、さっきから何を一方的に!」
触れようとした手をすり抜けていく姉さん。
……? なんだ、これ、何がどうなっているんだ……?
「あ、そろそろ気づいたかな。私が今、未来を予測しながら話してるって」
私は今、録画でも見せられているというのか。
そこまで高度な魔法を、姉さんが使えているとは。
誰かエルフの国の神官に協力者でもいたと見るべきだろうか。
「シルちゃんがこれを見ているってことは、貴女は致命傷を負ったってこと。
自分でも治せない傷を負って意識を失った時、これが発動するようにしたんだ」
……それは、自分でも分かっている。
だけど、いったいどうしてこんなものを。
「ねぇ、シルフィ、私は想っているんだ。
貴女はここで死ぬべきじゃない。不老のエルフとはいえ、いつかは死ぬ。
けれど今じゃない――」
姉さんが少し言葉に詰まる。いつもは流暢に語るというのに。
「――500年前、エルフの国が背負わせた宿命。
その役割の果てに背負った因縁。
それを終わらせることと引き換えに終わるなんて、私は認めない」
……姉さんがそう思ってくれていることは知っている。
けれど、この状況下でいったい何ができるというのだろう。
致命傷を負った時に発動して、いったい何が。
「だからね、シルフィは帰れるよ。身体に負った傷も全部治す。
ただ、目覚めた時に外がどうなってるか分からないから気を付けてね?」
姉さんの忠告は当然だ。
もしも今、私が目覚めたとして最も心配なのはジョンが無事なのか。
仮にあいつが優勢なら、あの男は、私の遺体を人質にしかねない。
ジョンの上官、最初から糸を引いていたあいつならその手を使うだろう。
「どうやって……?」
けれど、そんなことよりも気になったのは、どうやって?だ。
魔力が豊富に残っていたとしても、あの焼き切られた胸は治せるか分からない。
クロエ先生のような医学神官でさえ難しいだろう。
それを姉さんの仕掛けた条件によって起動する魔術式で治すだと?
私がどういう攻撃で致命傷を負ったかさえ想定していないのに?
「――方法を教えておかないと、シルちゃん心配しちゃうよね?」
っ、こちらの考えを見透かされていたかのようで少し恥ずかしくなる。
でも、実際そうなのだ。まずそもそもどういう術式を組むのか分からない。
――私に自爆術式を教えたエルフの国なら、他人の命を引き換えにするなんてのもあり得る。1人の命を奪うことで、死にかけの1人を救うなんて術式も存在しているとは聞く。実際にどう組んでどう使うかなんてことは知らないけれど。
「安心してよ、私と引き換え――とかじゃないから。
ねぇ、どうして私がシルちゃんをフォン・ド・リューに連れてきたと思う?
どうしてあんな無理やりに深水月の儀に付き合わせたのか」
……確かに随分と強引な手を使われた。
自分の生徒を使って馬車を囲み、脅しをかけてくるなんて。
そして、自分が深水月の儀に選ばれたから神官である私に手伝えって。
「あれなんだ。あの儀式で、神様から貰う力、全部シルフィに預けた」
――バカな、何を血迷ったことを。
100年に一度、天橋のかかるときにだけ授かる神の恵み。
あれはエルフの国の運営に欠かせないもののはず。それを私に……?
「色々と邪魔はされたよ。反論も多かったし、公にはしてない。
でも、元々シルちゃんを犠牲にして丸く収めようとしてたんだ。
私たちも神様も。だからさ、その穴埋めとしては安いくらいかなって」
ッ――?! 姉さんは、私なんかのためにそこまで……?
そこまでのことをしてくれていたのに、私には何も言わずに。
「なんで秘密にしてたんだー!って怒ってる?
ごめんね、シルちゃん。でも、シルちゃん知ってたら戦術にいれるでしょ?
自分が一度死ねることを戦術に取り入れて戦うはずだ」
姉さんの幻影が、私の胸を指差す。
まるで、貴女からは見えているみたいに。
「……そんなこと、させたくなかった。
できれば死ぬような痛みなんて感じずに終わって欲しかった。
でも、これを見ているってことは、そういうことなんだよね――」
姉さんの両腕が、私を抱きしめる。
……まるで母さんと同じ匂いがする。
いや、違う、お姉ちゃんのぬくもりだ。
――ああ、卑怯じゃないか。私からは触れないのに、逆はできるなんて。
「よく、頑張ったね、シルフィ。
本当によく……ごめんね、500年前に何もしてあげられなくて」
姉さんの手のひらが、私の頭を撫でる。
500年前、私が魔王と戦った時、それを倒した時。
アガサと共に勇者領を興した時のことを、貴女は悔いてくれているのだろう。
「……良いんだ、姉さん」
なんて言っても伝わらないことは分かっていた。
それでも私は言葉を紡いでいた。
零れたという方が正確かもしれない。
「――シルフィ、これからはもう自由だよ。
私たちが背負わせてしまった過去のことは忘れて、好きに生きて。
目が覚めた後の無事を祈ってる」
それが最後の言葉だった。
姉さんに抱かれたぬくもりを感じながら、私の魂が引き戻されるのを感じる。
あるべき場所へと、私の肉体へと戻されていくのを。
「……ジョン」
目覚めたばかりの私も、あの夢の中の私のように強く抱かれていた。
腕の太さ、胸板の厚さでそれが誰だか、瞼を開く前に分かる。
――なんて感じておいて、例のジョンと同じ造りの連中だったらどうしよう。
そう思ったけれど、やはり杞憂だ。間違えるはずもない。
「シルフィ……?」
彼の腕の中で、私の瞳で確かめる。
特徴的な銀色の髪と、金の瞳。間違えるはずもない。
――私のジョンが、そこに居た。
「ただいま、ジョン……」
「――おかえり、シルフィ」