「……兄弟か」
「フン、造られた駒の分際で……!!」
外骨格から放たれる拳を、前腕で逸らしながら受け止める。
魔導甲冑から流れ込む魔力と外骨格の機械的なアシスト。
やはり、ほぼほぼ同格の力だった。
「そう思っていたから、アガサはお前の”10番”を殺したんだろう?」
「ッ……私のだと?! お前もそうだ! お前も彼女がいなければ――!!」
「ハッ、それがどうした。産んでもらった恩なんか感じると思うか? 俺が!」
司令の拳を受け止めながら、それよりも多くの拳を叩き込む。
この戦い、先に相手の鎧を破壊した方の勝ちだ。
だから一切容赦はしない。殺す、必ず殺してやる。それだけのことだ。
「お前が言ったんだぞ? シルフィとアガサを殺すために、俺を用意したって。
その俺が”生んでくれてありがとう”なんて言うとでも思ったか?!」
ずっと渦巻いていた復讐心、やり場のない怒り。
全てをぶつけていく。
こんなものは、子供の喧嘩のようなものだ。戦術も戦法もない。
「ッ……起動していなかったプログラムのお前に、肉体を用意したのは私だぞ!」
計画のための駒として生み出した俺が、最後まで逆らっていること。
それに怒りを見せる司令。
きっと、俺を起動したときのことでも思い出しているのだろう。
あの瞬間ならば簡単に殺せたと考えているはずだ。
「だからなんだ!? お前は、俺の愛した女を殺した!!
お前がアガサにやられたことをしたんだ。
アガサがいなければ、この世に生まれてこなかったお前がな――」
言葉の数だけ拳を叩き込んでいく。
相手が殴ってきていることなんて関係ない。
拳とぶつかるならそれで良い。胴体に届けばなお良い。それだけだ。
「ッ……貴様――!!」
「何が人造女神計画だ。お前は今から、お前と同じ想いを数十万人に味合わせる。
それが復讐だと言うのなら、その前に俺がお前に復讐してやる……ッ!!」
外骨格、その頭部に何度も拳を叩き込む。
たとえ砕けなくても中身が揺れて、意識が潰れることを狙いながら。
……必ずだ、こいつだけは必ず殺さなければいけない。
「勇者め……ッ!!」
膝をこちらの胴体に叩き込んでくる司令。
その力で、身体が強制的に止められる。
――崩れた隙を狙い、あちらがラッシュを叩き込んでくる。
「彼女は、民意を果たしていた! お前も私も彼女に生み出された!
なのにアガサは、シルフを狙ったからと彼女を殺した。それが民意だったのに!
憎くて何が悪い?! 私の全てを奪った、アガサを、シルフを、民意を!」
強烈な一撃が、こちらの兜に叩き込まれる。
「……兄弟、貴様は、私が命を起動してやらなければこの世にいなかったんだ。
役割は済んだ! 兄の邪魔をしてくれるな。
このまま死んでくれ、お前の愛した女の元へ逝くがいい――!!」
攻撃を放ってくる司令の両腕を、それを掴み取る。
「聞いてなかったのか……? あいつが”勝って生き残れ”って言っていたのを!」
腕を掴み取り、防御を封じたところで頭突きを叩き込む。
外骨格のヘルメットと、魔導甲冑の兜がぶつかり合い、衝撃が走る。
これで体勢が崩れるかと思ったが、倒れない。
それどころか、司令もまた同じ攻撃を仕掛けてくる。
――そのまま、互いに砕け散る。
ヘルメットも兜も砕けて、同じ顔が現れる。
この場で生まれ、この場で殺した人造兵士の顔だ。
同じように造られた、同じ肉体が、向かい合っていた。
「……兄弟か」
「ジョン――」
お互いに、胴体に拳を叩き込み、距離が離れた。
……なるほど、確かにこうして向かい合うと兄弟と呼ぶのも分かる。
つくづく俺もアンタも同じモノだ。
そして司令は、おそらく逆のことを思っている。
本当に同じスペックなら俺が司令に勝てる余地はない。
手の札を知り尽くし、この場所を味方にできるはずのあいつなら。
だが、現実にはそうなっていない。
俺が積み上げてきた経験が、得てきた力が、シルフィの最期の加護が。
勇者としてではない。ジョンとして生きてきた俺の力が、それを分かつ。
――もはや、言葉は必要なかった。
確かに俺たちは同じところから生まれた。
司令の目的のために、俺は肉体を与えられた。
だが、歩んだ人生がまた、異なる目的を与えた。
それはお互いに理解している。
あいつの復讐心も、俺の復讐心も。
俺たちは、同じ場所から始まった違う者。
だから決着をつけるしかない。
最後の最後まで、どちらかの息の根を止めるまで。
この命を奪うまで、そうしなければ互いに前に進めないのだ。
「ッ……流石だ。これで決着だな、勇者よ」
幾度にも渡る殴り合い、極めて原始的な兄弟喧嘩。
その果てに、決着の時は来た。
司令の外骨格を砕き、俺の拳は、彼の胴体を貫いた。
――力が抜け、倒れ込む彼の身体を、反射的に抱えてしまう。
「私は……負けるはずがないと、思っていた。
あのシルフさえ殺してしまえば、同じ身体のお前に負けるはずがないと。
でも、そうじゃなかった。お前がジョンとして生きたからこその強さを知った」
途切れ途切れの呼吸で、彼は言葉を紡ぐ。
俺と同じ生まれを持つ兄として。
「……肉体を得て、お前と戦って分かったんだ。
愛した者を奪われる痛みは、私だけのものじゃなかった。
私がそうだったように、お前がそうだったように、帝国民も同じだ」
生まれたばかりに、母を奪われた1人の男が、そう呟いた。
痛みを抱くのは、自分だけではなかったのだと。
「――今でも、彼女が奪われたことは許せない。
それでも、ありがとう、ジョン。私を止めてくれて。
……私は全ての帝国民に、私と同じ想いをさせて、殺すところだったんだ」
止まったのか……?
司令が死ぬことで、人造女神計画は、止まる……?
「ふふっ、そう不思議がるな、ジョンよ。
外でも戦っている奴らはいた。お前と同じような勇者たちが。
彼らと君のおかげだ……」
静かな笑みを浮かべる司令。
「――敢えて、言わせてくれ、ジョン。
君は、本当に勇者だった。私がそう用意したとか、そんなことは関係ない。
彼女が守ろうとしたこの国を、守ってくれたんだ」
……濁りかけた瞳で、俺の手を掴む司令。
「本当に、すまなかった。肉体を得て、お前と戦って、初めて分かるなんて……」
「――司令」
「不出来な兄で、すまない……」
許せるはずがない。たとえ謝られたところで、許せるはずなんてない。
それでもこの謝罪を受け取らずに、彼を見送る気にはならなかった。
「……兄さん」
「許さなくていい、お前は私のことを憎み続けろ」
――いつか、俺がウィルフレドにかけた言葉を思い出す。
親友であるマルロ、兄であるテオバルド。
2人の親しい相手を殺めてしまったことに、俺はそう詫びた。
俺と司令は、同じ場所から生まれた別のもの。
違う道を歩んできたからこそ、違う目的を得たのだ。
……そう思っているのに、こんな、こんなところが似るなんて。
「俺は、アンタを、許せないと思う――」
腕の中で、司令が、兄が、静かに微笑む。
もう言葉を紡ぐだけの余力もないと、分かる。
「――それでも、貴方が10番に捧げた想いだけは、覚えておく」