「――勇者よ、貴様の任務は済んだ。役割のないお前を処分してやろう!」
「――勇者よ、貴様の任務は済んだ。役割のないお前を処分してやろう!」
外骨格に包まれたまま、インテグレイトを握る司令。
……あの外骨格そのものにどんな兵装が仕込まれているか。
それを思うと肝が冷える。だが、司令の方だって無傷じゃない。
足首をインテグレイトで焼き切られているんだ。
一刻も早く戦闘を切り上げたいだろう。そこに焦りが出る。
いくら外骨格で強制的に動かしているとはいえ、止血以上のことはできまい。
さらにここまで戦って分かる。あいつは肉体を得たばかりだ。
戦闘経験、いや、肉体を持つということへの経験が浅い。
身体の痛みに慣れているはずがない。
「悪いな、司令。今の俺には”勝って生き残れ”って任務が与えられているのさ」
身を隠しながらも、試しに1発撃ち込んでみる。
やはり、こちらの光線銃を弾く構造をしていて効果があるようには見えない。
そんなことは分かっているから、撃ちながら場所を変えていく。
「下らん抵抗を……」
そう言いながら俺のいた場所を撃ち抜いていく司令。
これは当てずっぽうだ。脅威にはならない。
……しかし、ここまで戦力差の開いた戦いも始めてだな。
常に逃げ回りながら戦う。突破口はまだ見えない。
加速思考を適度に発動していけば、疲労に精神が飲み込まれることはない。
だが、肉体は確実に消耗している。
加速思考を解除するたびに灼けるような筋肉疲労が襲ってくるのだ。
(……これが持久戦か)
想像以上に負担がかかる。だが、あの外骨格への突破口が見つかるまでは。
そう思っていたところだった。
司令が、こちらを追うのをやめたのは。
「つくづく戦闘というものを経験してきたらしいな、兄弟」
こちらに聞かせてくるような大きな声。
棒立ちになる外骨格。
……相手の防御が鉄壁でなければ、今、殺している。
「認めよう。貴様の経験というものを。私にはないものだと」
そう言いながらカツコツと敢えて音を立てながら進み始める司令。
……まさか、あの方向は。
「だが、それゆえに背負った弱点があるはずだ。
たとえ既に遺体であろうとも、お前はこの女を見捨てられない」
――あいつの思惑を理解した瞬間、俺は走り出していた。
加速思考を発動している余裕さえなかった。
隠れることを放棄し、一直線に走る俺に、銃口が向けられる。
光線が頬を掠めていく。
……不意打ちでなければ、まともに当てることもできないらしいな。
そう思いながら、次の弾丸を撃ち落とす。
「ッ――シルフィに触るな……っ!!」
一直線に距離を詰め、司令のインテグレイトを切断する。
外骨格そのものに傷をつけることはできずとも、これで最大の火力は奪った。
そして、そのまま体当たりで外骨格ごと地面に叩きつける。
「……フン、これで私を無力化したつもりか? 兄弟!!」
倒れた司令に馬乗りになって、その首元にインテグレイトを突き付ける。
ビームブレードで、その首元が焼き切れないかと。
だが、そう簡単にこの外骨格が突破できるはずもない。
そうしているうちに、こちらの胴体に鋼鉄の拳が叩き込まれた。
「ッ、ぐ……ァ!!」
一撃喰らうだけで理解できる。まともな人間のパンチではない。
外骨格によって強化された拳は、人体の脆弱さを思い出させてくれる。
しかし、このまま貫ける気がした。司令の首元を、このまま――
「――無駄なあがきだ」
3発目の拳で、俺の身体が飛ばされる。
馬乗りの姿勢を保つことができずに、地面に転がる。
……背中が、シルフィに触れたのが分かる。もう動くことのない彼女に。
「これで終わりだ、兄弟」
地面に倒れ込み、動けないこちらの首を掴む司令。
そのまま、首だけで全身を持ち上げられる。
――放っておいても窒息死、少し力を入れられれば即死する。
「バカな男だ。死体に拘らなければ、まだ勝ち目もあっただろうに」
「……ハッ、死人に拘って国を滅ぼそうとしてるお前が言えた義理かよ」
「確かにそうかもな。お前はそんな私のために、よく役に立ってくれた――」
首に力が掛けられるのが分かる。
加速思考を発動するが、勝つための方策は見えない。
でも、それでも何かの魔力に惹きつけられるように、俺はシルフィを見た。
「――だが、ここまでだ」
彼女の腕輪が強烈な光を放つのが見える。
その瞬間に理解する。俺が何に惹きつけられていたのか。
最後の最後に彼女が俺に託した力は何だったのかを。
「いいや、俺にはまだ女神がついている……ッ!!」
光で怯んだ司令の身体を蹴り飛ばす。
顔まで外骨格で覆っているんだ、目が眩んだというわけではない。
ただ、ヘルメット越しでもその光に気を取られた。それが隙だ。
――首を掴んでいた手から逃れ、地面に降り立つ。
そして俺は、シルフィの腕輪に触れた。
彼女がリタに造らせた魔導甲冑、彼女の魔力で白銀色に染まった鎧に。
「魔導甲冑か……」
「――あの人は、最期まで俺を見捨てなかった」
身体が、白銀の鎧に包まれていることを自覚する。
顔までも兜に覆われていて、誰に見られることもない。
シルフィへの弔いの涙は、誰に届くこともない。
……ああ、どうして、これだけの力が残っていて、自分に回さなかった。
魔導甲冑の再展開ができる力があれば、自分自身を救えたんじゃないのか。
なぁ、シルフィ――
魔導甲冑の展開には、神官の力が必要になる。
つまり、最期に彼女が俺に託した力はそういうことなのだろう。
この白銀の魔導甲冑を展開するために、力を託していた。
――虚肢複腕の展開は、できそうにもない。
自分以上の魔力を感じるが、攻撃術式に変換する術を持たない。
……充分だ。
外骨格を砕き、司令を殺すには充分すぎる鎧だ。
すまない、シルフィ。俺は最後の最後まで貴女の力を頼ることになる。
「殺したつもりだったが、再び立ちはだかるか。
この機械帝国の創始者どもが、つくづく憎らしいよ」
外骨格に包まれた司令が構える。もはや、互いに戦力差はない。
……このインテグレイトも必要ないだろう。
だからそれを地面に置き、こちらも拳を構えた。
「――憎いのは、こっちのほうさ。
司令、お前はお前の復讐を果たしているだけのつもりだろうが。
お前の失敗はただひとつ。俺に復讐心を抱かせたことだ」
……俺がここまで、シルフィーナという女に惚れこむこと。
それを予測できずに、駒としての役割を果たしたなんて思っている時点でお前の負けなんだよ。今からそれを証明してやる。全ての元凶であるお前を殺して。
「フン、造られた駒の分際で……!!」