(……命ある者は今を選べる、か)
……タチの悪い冗談だと思いたかった。
俺が、シルフィを殺せなかったこと、彼女と旅を始めたこと。
それが全て司令の思惑通りだったなんて。
アガサとシルフィ、機械帝国の創始者である2人を排除するための計画。
……俺は、そのために都合よく動いていただけだった。
シルフィの力になりたいと、自分で選び取ってきたこと、全てが。
そんな彼女を目の前で、殺され、なんたる道化なんだろうか。俺は――
「――兄弟、私はこのまま母を蘇らせる。民意を糧にしてな」
向けられている銃口。そのトリガーに指が掛けられようとしている。
用済みの駒は排除しておくという訳か。合理的な話だ。
「お前はどうする? 私の元に戻ってくるのか、否か」
加速思考が発動していた。
……意識的に発動した訳じゃない。
俺は、司令の問いに頷くつもりはない。
ここまでやられて戻るはずもない。10番とかいう代理人が何だ。
俺と司令が兄弟だと? バカバカしい。
今さらそんなことを言われて、はいそうですかと家族ごっこをするわけもない。
たけど、どうにも、ダメなんだ。
胸から湧いてくる怒り、全てを仕組んだ司令への強烈な憎悪。
確かにそれは感じている。なのに、それだけじゃ立ち上がることができない。
崩れ落ちた膝に、力が入らない。
――このまま時間を進めれば、俺は司令の問いに頷かずに殺されるだけ。
そうだと分かっているから、体内ナノマシンが強制的に加速思考を発動させた。
宿主である俺を、生かすためだけに。
律儀な話だ。シルフィの力によってネットワークから隔絶されているのに。
だから、この加速思考による永遠の中で、司令は俺に語り掛けてこない。
最初の時にできていたことが、できなくなっている。
……シルフィは今でも、俺を守ってくれている。
人造女神計画とやらに巻き込まれていないのもあの人のおかげだ。
彼女は言ってくれた。死に際まで俺に力を託しながら、勝って生き残れと。
なのにこの無様はなんだ。どうして俺は、戦うことさえできない。
――俺は、造られた人間だった。
追い求めていた過去なんてそもそも存在しない。
死んでも痛みなんてないと用意された人造兵士だった。
……それでもシルフィへの想いだけは本物だと。
最初に彼女を助けようとした意志。
それがあの人造兵士たちと俺を分かつものだと、アガサは言ってくれた。
だが、結局はそれさえも司令に仕組まれたことだったんだ。
アガサとシルフィを殺すために、仕組まれ、思惑通りの結果になった。
結局、俺は最初から最後まで道化だったんだ。
戦ったところで、司令を殺したところで、もう何も戻って来ない。
シルフィが生き返るわけでもない。
そう造られた通りの結果を出してしまった、ただの道具が俺なんだ。
自分で選び取ったと思っていることも、全てがこの結末に行きついた。
(……命ある者は今を選べる、か)
すまない、アウル。俺は選べたはずの今を、選び損なった。
ルドルフさんの頼みも、ウィルに祈ってもらったことも、ミルフィとの約束も。
何も守れなかった、何ひとつ……ッ!!
――いったい、何のための旅だったんだ。
あの日、シルフィを殺せなくて、自分の記憶がないことに気づいて。
あの場所で彼女に助けてもらって、始まったんだ。
シルフィが、自らの過去を終わらせに行く旅に同行することになった。
俺のためにアディンギルを経由してくれて、クロエ先生に出会った。
教会病院でテロの現場に立ち会って、大変な思いをしたのを覚えている。
ドワーフの国で魔導甲冑を受け取った。
そしてルドルフさんの悲願である金剛花火のために手を尽くした。
アウルと戦い、その後の準備も手伝った。
あの時、初めて俺は戦い以外の時間を過ごしたと思う。
リタからの頼みで、花火の準備を手伝って、共にあの輝きを見た。
オークの国でシルフィは自らの力を取り戻した。
――入った時には、諦観に満ちた国だと思っていた。
けれど、その中でそうではない者たちと出会った。
のちに復権派のダブルクロスだと判明するウィルフレド。
そして、彼がその忠誠を真に捧げた王女クラウディア。
……彼らを見て初めて学んだ。本当に信念をかけて戦うということを。
エルフの国で、シルフィの過去を知った。
元々、経由する予定ではなかった場所。
唐突に現れた彼女の姉であるミルフィに乗せられて訪れたシルフィの故郷。
そこで俺は、全てを知った。彼女が500年前の因縁に囚われていることも。
……本当に色んなものを見てきた。
記憶も家族もなく、なぜ勇者という名で帝国の戦士をやっているのか。
――過去という過去がなかった俺だけど、あの旅で本当に様々な生き様を見た。
過去に囚われ、復讐と野心に身を堕とした男の末路も。
過去の先に生き、未来を掴もうとする者たちも。
「……最後通告だ、兄弟。私の元に戻るのならば生かしてやろう。
だが、愛した女を殺すために用意された駒だというのが苦しいのならば――」
”――後を追わせてやる”
引かれたトリガー、放たれる光線。
……斬り払っていた。俺にはそれができた。
まだだ、まだ終わっていない。たとえ何を失ってもまだ――
「――なぁ、司令。俺はお前の兄弟じゃない。勇者でもない」
「ほう……? では、なんだというんだ? 計画の一部だったお前が」
「俺はジョンだ。愛した女を殺された、ただの男だよ」
……ちょうど、その意味ではアンタと同じか。司令。
アンタも自らが慕った10番を奪われた復讐にこんなことを企てた。
かつてのアガサとシルフィがジョージを求めたように、失われた者を求めて。
なら、生き残った俺は、シルフィを蘇らせようとしてはいけないんだろう。
全ての連鎖を断ち切って、この俺で終わらせる――
500年前の魔王討伐から始まった全ての因縁を、この俺が終わらせる。
勇者としてじゃない。帝国の人造兵士としてでもない。
ましてや目の前に立つ人工霊魂の駒としてでもない。
かつて、シルフィが言ってくれた。
役割ではない名前が必要だと。勇者という役割ではない俺の名が。
……そうだ、役割じゃない。どういう思惑で用意されたかなんて関係ない。
俺は今日まで、俺の人生を歩んできた。
シルフィの隣で、彼女と一緒に旅をしてきた。
その中で感じたこと、経験したこと、全てが俺の記憶だ。俺のものだ。
どう造られたかなんて、何のために生まれたかなんて、関係ない……ッ!!
「そうか、やはりお前が最後の敵になるわけだな――」
「……当たり前だろう。人の女、殺しておいて生きて帰れると思うなよ」