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『目的を果たすまで現物を寄こせとは言わぬ。だが、持ち逃げも御免だ』

「……どうして、どうしてここに居るんだ、アウル!!」


 あり得ないはずだった、彼がここに居るなんて。

 彼が、こんなにも露骨に自らの力を振るうなんて。

 悠久の時を生きる黄金竜が、ここまで歴史のど真ん中にに現れるなんて。


「忘れたのか? リタ。俺が金剛魔法石をお前に渡した時の対価を――」


 左腕で強く私を抱きしめながら、耳元で囁くアウル。

 なまじ良い声をしているから、悪い気分でもない。

 しかし、いつまでもこんな小娘みたいな扱いをされていてたまるか。


「とりあえず放せ、いつまで抱いてる気だ?」

「別にこのままでも俺はこの国くらい沈められるぞ」

「ハッ、そんなことしてどうすんだい。良いから放しな」


 アウルの腕から離れて、自分の足で立つ。

 ……改めてみるとこいつ、本当にジョンと同じような服装をしている。

 黄金のインテグレイトに黄金のコート。色はともかく帝国軍人のそれだ。


「……その、助かった。ありがとう」

「ふふっ、相変わらずそういうところは素直だな。リタ」


 静かに微笑むアウル。

 人間の姿をしているところなんて本当に久しぶりに見た。

 ……確かジョンが絡まれたと言っていたが、その時に何かしたのか。


「でも、どうして私のところに……?」

「おいおい、本当に心当たりがないのか? もう気付いていると思っていたが」


 そう言いながら私の背中、壊れた虚肢剛腕を指差すアウル。

 彼の言葉で、あの日のことを思い出す――


『なに、金剛魔宝石の対価にくれるんだろう?

 目的を果たすまで現物を寄こせとは言わぬ。だが、持ち逃げも御免だ』


 ジョンと2人で、竜人としてのアウルと戦った後だ。

 こいつは何か奇妙な印を、右の虚肢剛腕に刻んでいた。

 確か、お守りくらいにはなるとか……。


「……右の剛腕が壊れた時に、発動する魔術式かい?」

「そうだ。あの時、縁を繋いだ。本来、現世には関与しないのが俺のやり方。

 だが、俺の持ち物に傷をつけられた時には、話が別なのさ」


 っ……こいつ、最初から私たちに力を貸すつもりだったんだ。

 ジョンの姿を模倣しているのも、帝国軍に正体を気取らせないためか。

 まったく訳の分からないことばかりするくせに、本当――


「――バカ、最初から言ってよ!」

「関わらずに済むのならその方が良いと思った。

 だが、そうか。シルフィと別れていたか」


 フッと遠い目をするアウル。

 ……私の魔導甲冑を守るためにここに来たって言うけど、本命はシルフィだ。

 500年前から続く因縁を無事に終わらせられるか。

 それを気にしてくれていたはずだ。


「私がアンタを呼び出せると知ってたら、シルフィから離れなかった!」

「――そう言われてもな、今のあいつと俺に縁はない」

「サングイス! ジョンは今、サングイスを持ってる!」


 私の言葉を聞いて頷くアウル。


「そうか、あれは残っていたか……しかし印を刻む暇はなかったからな。

 なに、過ぎた話を悔いても仕方ないさ、リタ。

 それにシルフィなら大丈夫だ。あのエルフは殺しても死なん」


 自信満々にほくそ笑むアウル。

 いったい何の根拠があって、そんな話をしているんだ。


「それにあの小僧も死なん。あいつには過去に囚われぬ生き方を教えた」

「……根拠あるのかい、それ?」

「あるわけなかろう。俺には未来視はできないのだからな」


 笑いながら私の肩をポンと叩くアウル。

 

「――よく頑張ったな、リタ。

 印が壊れた瞬間、その少し前の過去から見ていたが、お前の行動は正しい。

 あの青年をよくぞ助けた。その正義感に俺は敬意を表する」


 ……っ、ロクに人を褒めないくせによくもまぁ、こんな時だけ。


「人の世は正しいものではない。その中で正しさを貫こうとするのは不利だ。

 だが、だからこそ俺は、それを美しいと思う。

 そして今回ばかりは、この俺が力を貸してやろう。このドラコ・アウルムが」


 ――帝国軍人が倒れる立体駐車場で、アウルが笑う。

 そうして彼が向き直った先、増援部隊が送り込まれていた。

 全員の手にビームブレードが握られている。


「狙撃兵の次は剣士どもか。ふふっ、楽しみ甲斐があるな」


 コートの胸元を開き、靡かせるアウル。

 まったく意味のない動きだが、それだけでも敵は威圧されている。

 圧倒的な数の差を前に尊大な態度を取り続ける彼は、それだけで異常だった。


「リタ、お前はそこで休んでいて良いぞ。流れ弾さえ行かせはしない」


 そう指を鳴らすアウル。

 ……いつもの態度が嘘みたいに至れり尽くせりだ。


「さぁて、500年に渡る機械技術の結晶、この俺に見せてみろ――」


 人間の技術を愛するアウルが、剣士たちに踏み込んでいく。

 自らを迎え撃つ光の刃を笑いながら躱していく。

 その振る舞いは戦闘中とは思えないほどに流麗で、彼の力量の高さが見える。


「――面白いな。だが、これでは普通の剣と変わらぬ。

 この軽さを生かした戦法は、まだ確立されていないのかね?」


 そう言いながら広範に刃を振るうアウル。

 速度も軌道も、普通の剣ではありえないようなもの。

 好き勝手に蛇行しながらも速く、確実に相手の身体に届けている。

 ……こいつ、ここに来るまでに研究してきたな、インテグレイトのことを。


「しかし面白い武器だ。流石はあの小娘どもの興した国家――」


 迫り来る帝国軍人をいなしながら笑うアウル。

 だが、唐突に帝国軍人たちが床に倒れ、頭を抱え始めた。

 アウルがその刃を叩き込んだ相手だけではなく、その場に居た全員が。


 ……まるでさっきの青年と同じ症状だが、これは。


「バカな……俺たちは、アンタらの――」


 帝国軍人の悲鳴は、こちらに向けた言葉じゃない。


「――切り捨てられたか。さっきの青年と同じ症状だな。どう見る? リタ」


 手を下さずとも壊滅状態に陥った帝国軍を前にアウルが尋ねてくる。


「ナノマシンの不調、こいつらの上司が仕掛けたんじゃないのかって」

「さっきの青年たちとは違う指揮系統だったという訳か」

「ああ、それでその指揮官が自分の手飼いまでに同じことを仕掛けた」


 こちらの言葉に頷くアウル。


「機械皇帝がこんなことをするとも思えん。別の連中が何かを仕掛けているな」

「――今ごろ、シルフィが皇帝と会っているはずだ」

「ふむ。となると、皇帝が死んだか……?」


 そのタイミングを待っていたと。

 あり得る話だ。そう思いながら念話を送る。

 シルフィに対して。


「――どうした? リタ」

「シルフィに念話が通じない……ッ!!」

「そうか。思っている以上に劣勢かな、これは」


 そう言った瞬間に、外から巨大な砲撃音が聞こえてきた。

 ……おそらくナノマシンを入れている連中は総崩れのはずだ。

 いったい、誰が誰と戦っている?

 シルフィか、クロエ先生か、あるいはこの奇怪な症状に耐え切った帝国人か。


「ほう、この状況で”戦って”いるのか」

「そいつらが、今回の黒幕を知っていると思うんだけど、どうかな?」

「奇遇だな、俺も同じ考えだよ。しかしどうする?」


 シルフィに加勢するべきか、帝国で何かを仕掛けている敵を叩くか。

 ……重い決断になる。

 恐らくシルフィはまだ皇帝宮殿にいるはずだ。


 この砲撃音はもっと近い。

 経由していけば、戦闘の時間にもよるが、シルフィへの加勢は遅れる。

 しかし、待て。ナノマシン使用者に何かしらの攻撃が行われているのだ。

 だから現状、戦っている可能性が最も高いのは――


(――先生、クロエ先生!)

(リタ、さん……?)

(今、どこにいるんだい? どこかで戦っているかい?)


 先生に送った念話は繋がった。


(……ええ。帝国議会、皇帝と同じ顔をした女と。

 兄と合流できましてね、成り行きでこの国を守ることに)


 彼女の声から切羽詰まった気配が感じ取れる。

 勝てない戦いをしているとすぐに分かった。


(――分かった。今すぐ行くから、捨て鉢になるんじゃないよ)

(ッ、待ってください、リタ。シルフィとの連絡が取れないんです!)


 やはり、クロエ先生からもダメか。

 ……こうなってくると、最悪の状況も覚悟しないといけない。


(ああ、こっちも同じだ。だから先生、合流して迎えに行こう――)

(リタさん……言っておきますが、とびっきりにヤバいですよ。相手は)

(大丈夫だよ、こっちには最強の切り札が居るからね――)


 先生との念話を終えた私を見つめるアウル。


「――先に助ける方を決めたな? リタ」

「ああ、まずは近い方に加勢する。文句ない?」

「もちろん。最短距離で行こうじゃないか」


 そう笑ったアウルが私を抱えながら、外に飛び出す。

 ……この決断が最適なのか。そんな自信はない。

 けれど、アウルはそれを当然のように受け入れてくれた。


 だから空に飛び出したんだ。

 ――襲い掛かる重力。

 その中で、コートがマントのような翼に変貌して、羽ばたいていく。

 ここまで黄金竜に肩入れされた個人もいないんだろうな、なんて思う。


「……ドラッヘンのドワーフとして、肩を並べて戦えることを誇りに思う」

「ああ。俺も成長したお前と、ルドルフの孫娘と共に戦えて嬉しいよ――」


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