「――別に。こんなことで死ぬこともないだろう?」
……私はいったい、何をしているのだろう。
そんなことを思いながら、右の虚肢剛腕で屋上の淵を握り締める。
少し間違えれば、建物から落下する。
この高さだ、よほど上手く落ちなければ、命はないだろう。
……こんな窮地に飛び込む必要は全くなかった。
落ち行く若者を見捨てれば、それで済んだ話だったのに。
「ひっ……ど、どうして……?」
私の腕の中で、青年が呟く。
どうして助けた? そう聞きたいのだろう。彼は。
「――別に。こんなことで死ぬこともないだろう?」
こちらの回答を聞いて彼は驚いているように見えた。
まるで私が、残虐な殺人者にでも見えていたのだろうか。
……いや、確かにそれも当然か。
曲がりなりにも皇帝を殺そうとしている奴の仲間だものな。
「む、思ったより重いな、お前――」
ここまでの戦い、その疲労が出たのか剛腕を動かす魔力が足りない。
私と青年、2人分の体重を持ち上げられなかった。
「おい、死にたくなかったらその武器を捨てろ。
少しでも軽くならないと帰れんぞ。それとも私と心中するつもりか?
軍人としては立派だが、お前の人生は、ここで終わるためのものでもあるまい」
さて、この若者はどう答えるだろうかな。
自分ごと死ぬつもりだというのなら、今すぐ手放してやるんだが。
「……できないんだ」
「は?」
「……手放そうとしている。なのに、できないんだ」
私の腕の中で、彼は顔面蒼白になっている。
とても嘘をついているようには見えない。
……つい先ほど、急に叫び出して、屋上から落ちたこともある。
何かあるな、これは。
「心当たりは?」
「……分からない、ナノマシンの不調なんてとっくに昔の話だし」
「ふぅん、それが心当たりかい」
なるほどな……機械皇帝と戦って何か起こしたか? シルフィ。
しかし、この不安定な状態で念話に使える魔力もない。
まずは屋上に戻らなければ。腕一本でこんな高いところに居るもんじゃない。
「ッ――?!! だっ、ダメだ! 逃げてくれ、俺を離せ、今すぐ!!」
青年が悲痛な叫び声を上げ、彼が銃口をこちらの右腕に向けるのが見えた。
ッ、どう見ても操られているな、これは……。
そして虚肢剛腕の右腕を撃ち抜く狙いだ。自分ごと落ちるなんて関係なく。
本人にその意志はないというのに。
……なんたる外道。これが機械帝国のやり方か。
つくづく腐り切っている!
「――受け身は取れるね? 取れなくても取るんだ」
左の虚肢剛腕で青年を投げ飛ばす。
これで、彼だけは助かるだろう。屋上に帰れるはずだ。
もっとも、こちらは既に右の剛腕を撃ち抜かれた。
「ッ、自由落下か……」
やれやれ、こっちもこっちで受け身を取れるだろうか。
左の剛腕を下敷きにして緩衝材代わりにすれば、行けるか……?
「な、に――?!」
向かい合うビルからの狙撃を受け、魔導甲冑が破壊される。
ただでさえ魔力の残りが少ないというのに、ここで狙撃だと?
危機に陥った仲間を見捨てて、確実に私を殺しに来たか。
「つくづく腐り切っているな、お前ら」
剛腕を使って正面からの攻撃を防ぐ。
何発防げるか知らないが、これで致命傷は免れるはずだ。
しかし、どうする。完全に落ちたら私は終わりだぞ。
帝国軍の小僧に情けを掛けて死ぬなんて、なんてバカバカしい終わりだ。
私が死ねば、私に回されている戦力はシルフィに向かう。
……ここまでだと言うのか? 私が、彼女の力になれるのは。
「ッ……!!」
右の虚肢剛腕を貫通し、肩に強烈な痛みが走る。
ダメだ、もう受け身がどうのとかじゃない。
もう何発か狙撃を食らえば魔力が尽きて甲冑が破壊されるだろう。
そうなれば確実に助からない。私は、ここで――
「――ほう、死を目の前にして悲鳴も上げないんだな、お前は」
ッ……?!!
その声を聞いた瞬間に、誰の声なのかは分かった。
だけど同時に、あり得ないと思った。
永い命ゆえ、自らを社会の外側に置く男。彼が私の味方をするなんて。
でも、その腕に抱かれて分かる。
本当に私が子供だったころ、何度か抱き上げてもらった。
細いけれど力強い腕。今でも私が素直に大人だと思える相手。
「だがな、リタ。お前の死は俺が遠ざける。まだこの世にいてもらうぞ――」
彼の腕から強い浮力を感じる。
マントのような翼がはためいて、彼はそのまま向かい側のビルへと飛び込む。
私を撃った敵に対して、一直線に。
「なっ、なんだ――?!!」
「お前が指揮官か。
仲間を助けようとした敵に向けてこの仕打ち。実に的確な判断だ」
黄金のインテグレイトが引き抜かれる。
よく見れば腕も、ジョンの衣服と同じような素材だ。
もっとも色だけはギラギラの黄金色だけれど。
「――帝国軍の装備、なぜ敵対する?!」
そう言いながら弾丸を放ってくる帝国軍。
やれやれ、語り掛けてきてこれか。
なんて思っているうちに、インテグレイトが全てを撃ち落とす。
……敢えてやったな、こいつ。
力の差を示すためだけに、撃ち落とさなくて良いものまで全て撃ち抜いた。
「なぜ? 聞きたいのはこっちだ。
お前らはなぜ自分たちの仲間を助けない?
人間が群れるのは、相互互助のためではないのか?」
そう言いながら次々と帝国軍人を撃ち抜いていく。
「非殺傷設定というのは良いな、遠慮なく無力化できる」
目先の敵を無力化してゲタゲタと笑う男。
彼はずっと私を抱いたままだ。
左腕で私を抱えたまま、右手だけで全員を無力化してみせた。
「……どうして、どうしてここに居るんだ、アウル!!」