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「それはできない。私はまだ、帝国軍少佐ウォルター・ウォーレスだ」

「……あの女は”新たなる神”と言っていました。

 そして今、僕らのナノマシンに対して何かしらの操作が行われている。

 これは推測になりますが、あいつらは神を造るつもりかと」


 兄さんの副官であり、今回の黒幕に最も近かった男アランがそう口にする。


「神を造る……? そんなことが可能なのかい?」

「分かりません。ただ、帝国には神がいない。

 神官というものが何なのか、それを探ることは急務でした」


 自分のような密偵は1人ではなく、神について探ることが主目的の者もいた。

 アランはそう続ける。

 そこまでを聞いたところで、私も思い至る。


「神を神足らしめているものは人々の信仰である――」

「ええ、確か皇国教会に伝わる教えですよね?」

「そうです。この教えの元に教会は、光の神への信仰を広めている」


 神官といえど私は神託を受けたことはない。

 力を使えるというだけだ。だから実際のところは分からない。

 けれど機械帝国があの教えを真と捉えるのならば。


「……つまりあいつらは、4番は、帝国民を使って神を造る。

 神を支える信仰ではなく、信仰から神を生み出す」

「居もしない神を強制的に洗脳させるわけですか……」


 どう考えても帝国人はただでは済まないだろう。

 良くて廃人、普通に考えれば死んでもおかしくない。


「――帝国は14年戦争で捕虜への洗脳技術を確立しています。

 隊長への洗脳でそれは極まっている。

 表面的な人格を変えることなく、偽りの過去を植え付けることができた」


 ッ……なるほど。無駄のない計画だ。

 最初からそういうことだと。

 人造的に神を造り出す計画に、兄さんは最初から組み込まれていた。

 死に物狂いで兄を生かそうとしたアランを使って。


 では、いったいジョンはどうなる?

 過去を持たないあの人は、いったい……。

 無事でいてくれるだろうか。今こそシルフィに念話を――


(――っ? 通じない? シルフィからの返答がない……?)


 静かな寒気を感じる。背骨から全身に伝わるような悪寒。

 ……バカな、あのエルフが、私よりもずっと強い人が。

 ダメだ、考えるな、今は、今だけは――


「そんなことが実行されれば、帝国民はどうなる……?」

「……最悪、脳が焼き切られて死にます」

「ッ、バカな、曲がりなりにも為政者だろう、彼女らは」


 兄さんの言葉に首を横に振るアラン。


「為政者でいるつもりなら、こんな広域に洗脳を仕掛けるはずがない。

 隊長のメガネの方が良く見えるんじゃないですか?

 ナノマシンの位置情報を見る画面を開いてください――」


 メガネか。帝国軍のメガネだとそこまで見られるのだろうか。

 私のは一般的な地図くらいしか表示されないけれど。

 そう思いながらネットワークにつないだ瞬間、異常に気付く。


「ッ――なんだ、このデタラメな画面は」

「帝国のネットワークは既に壊滅しています。

 あいつらは後のこと考えていない。

 帝国民を皆殺しにするつもりでもおかしくない」


 ……そのための、あの戦車という訳か。

 帝国軍人は戦闘をナノマシンに頼り切っているはずだ。

 それを潰してしまえば、まともな応戦能力はない。


 だからあんな戦車1台で充分だと。

 神を生み出す新たなる兵器、あの巨大コンピュータがこれを仕掛けている。

 つまり、あの戦車を破壊しなければ、この国に未来はない。


「……隊長、そしてクロエさん、ですよね?

 2人は逃げてください。電子制御されていない車があれば逃げ切れるはずだ。

 恐らく関所も機能していないでしょう、あの女が力を得る前に!」


 ッ――そうか。別にそれでも良いか。

 幸いにもシルフィたちと用意した逃走経路には、電子制御のない車がある。

 今思い浮かべただけでも、逃走経路を書くのは難しい話じゃない。


「バカな、帝国民を見捨てて逃げろなんて……」

「隊長、貴方は皇国の人間です!

 それにあの女が神を生み出せば、どの国に対しても脅威になる」


 人造神、それがどれほどの力を持つかなんて想像もつかない。

 だけどかつての魔王を凌ぐ力を得たとしてもなんらおかしくないだろう。

 数十万以上の帝国民を贄にして生まれてくる化け物、それがあいつらの神だ。


「――人間の国に、その危険を報せられるのは、貴方しかいません」


 良い考えだと思う。

 ……私は、父と兄を死に追いやった状況が、人々が憎かった。

 家族に役割を押し付けて、それを受け入れて死んでいくことが許せなかった。


 だから、率直に、このアランという男がウォルターに逃げてくれと言ってくれること。それが途方もなく嬉しかった。本当に兄個人を想う仲間がいたのだと。


 ……もし、あり得ないことだけど、私がジョンと出会わずにここに居たら。

 アディンギルで、負わなくても良い危険を負って、私を助けてくれた彼と出会ってなければ。

 投げ出しても良いはずの役目を投げ出さずに、ここまで来たシルフィの近くにいなければ。


 ――私は彼の誘いに乗ったのだろう。

 そしてこれから兄が答える言葉を口にする前に拘束したはずだ。


「っ……それはできない。私はまだ、帝国軍少佐ウォルター・ウォーレスだ」


 やっぱりな、兄は筋金入りにこういう男なんだ。

 本当にバカバカしいと思うけれど、私もそんな人たちと旅をしてきた。


 ……ジョンもシルフィも、リタさんだって。

 元々シルフィのためだって志願した旅だったはずなのに、私に着いてくれようとした。何の損得も義務もない、ただ私のことを気遣ってくれて。


 まだみんな戦っているはずだ、この国で。

 そして皆がこの状況を知ってなお、知らぬ顔をして逃げ出すだろうか。

 機械皇帝が魔王と同じになるのを止めようとここまで来た皆が、この悍ましい人造神計画を前に逃げ出すだろうか――?


「違う――! それは僕が押し付けたものだ、僕が貴方に生きていて欲しくて押し付けてしまったものなんだ! だから捨ててくれ、今すぐ……ッ!!」


 ……私の覚悟は、決まった。だから兄を見つめた。

 兄は、部隊の仲間たちを見つめていた。自分の部下たちを。


「できない。私は、皆を捨てて逃げ出すことはできない。

 あれを倒さない限り未来がないのなら、私は帝国軍人としての務めを果たす」


 つくづく兄は、どこまで行ってもこういう男だ。

 父さんと同じで、どこまでも高潔であろうとする。

 ……それを止める事なんて結局、出来はしないのだろう。

 ならば傍らで力になってやるしかない。


「……クロエ、ここまで付き合ってもらってすまない。お前だけは」

「その続きを言ったら殴りますよ、兄さん」


 不安げな部隊の仲間たちを見つめた後、兄さんはこちらに言葉を向けた。

 どうせ私だけは逃げろと言うつもりだったんだろう。


「っ……だが、母さんはどうする」

「母上には、帰りのない旅路になる可能性は伝えています。それに――」


 衣服の下に仕舞い込んでいたネックレスを取り出す。

 ちょうど、ミルフィーユが吸血剣に掛けていた魔法と同じだ。

 小型化していた刀剣の、本来の姿を解き放つ。


「――皇国軍の剣聖、ウォルター・サージェントが居て負け戦になるとでも?」


 兄さんに、光焔の剣を手渡す。

 装束こそ帝国のままだけれど、やはりそれを持っていると兄さんらしい。

 兄さんが、皇国のアーティファクトに選ばれたあの日のことを、思い出す。


「クロエ……」

「生きていると信じて、ここまで旅をした甲斐がありました。兄さん」

「……ありがとう。これも巡り合わせだったんだろう」


 光焔の剣を引き抜き、炎を纏わせる兄さん。

 相変わらず力は衰えていないらしい。


「お前に脳内のナノマシンを破壊されたから、私は皇帝に選ばれた。

 帝国議会と戦うために。こうなることを予期して、彼女は手配していたんだ。

 だから私は、その役目を全うする。この国を滅ぼさせるわけにはいかない」


 ナノマシンの楔から解き放たれている者でなければ戦えない、か。

 そう考えればあの無理な人事も納得できる。


「ッ……クロエさん、どうして貴女まで」


 アランが止めようとしてくる。

 兄に言っても無駄だと分かっているから私に向けているんだろうな。


「そういう人たちと今日まで旅をしてきたから、でしょうかね」

「……止めても無駄なんですね、2人とも」


 静かに彼の問いに頷く。

 やれやれ、こんなところで兄と意見が合うなんて嫌なんだけどな。

 こういう役目を果たそうとする彼が死んだと信じられなくてここまで来たのに。

 ……本当に、良い出会いをしてしまった。私まで変えられるような。


「じゃあ、クロエさん。僕に隊長と同じことをしてくれませんか?」

「――ナノマシンを、壊せと? 今それをやったらどんな後遺症が出るか」


 そもそも方法として危険が伴う。

 兄さん相手だからやったけど、赤の他人にやれることじゃない。

 それに最悪なのは、ナノマシンに異常な通信が送られているということだ。

 頭痛が起きている中で、同じ術式を使ってどういう反応になるか。


「構わない……それで死ぬのならそこまで。僕は、隊長の力になりたい。

 ここで何もできずに、あいつらの神の糧にされるくらいなら、死んだ方が良い」


 ッ――確かに、理屈は通る。

 的確に治療の効果が出ればこちらの戦力になってくれる。

 失敗しても、ナノマシンが壊れる以上、人造神を支える力が弱まる。

 だけど、そんなこと……。


「……ダメだ、アラン。危険すぎる」

「ダメじゃない! 隊長、たまにはこっちにもカッコつけさせてください。

 僕はいつも、貴方に命を張ってもらってばかりだった」


 ……ああ、この人も、私と同じなんだ。

 役目を果たそうと、人々を守ろうと命を張る兄の横で。

 危なっかしい兄を見ているからこそ、守りたくなる。


「っ――良いんですね? 退くなら今のうちですよ」

「二言はありません。頼みます、神官様」


 帝国人に祈られるというのも不思議な気分だった。

 そんなことを思いながら、兄に使った術式と同じものを発動する。

 ナノマシンをぶっ壊すような魔力を流し、即座に身体を治癒させる。


「……俺にも同じものを頼めますか?」

「マクソン……?!」


 そう言った彼に続いて何人もの兵士たちが、私に願う。

 ナノマシンを破壊してくれと。それなしで戦ったこともないような人たちが。

 ……全く、兄さんは部隊にどういう教育をしているのか。

 せめて最初のアランの結果が出てからでも遅くないでしょうに。


「――良いでしょう。覚悟のある方は前へ」


 少し待たせた。アランさんへの術後経過を見るために。

 それを見てから私も覚悟を決めた。

 本当ならもっと待たないと正確な影響の有無は分からない。

 勇み足の可能性もある。けれど、潤沢な時間はない。

 だから覚悟を決めるしかなかったんだ。


「……まさか1人も残らないなんてね。みんな、命は惜しくなかったの?」

「だって、アラン副長が無事でしたし? それに全員が剣聖だって、隊長が」

「ふっ、よく覚えていたね。あの時の言葉――」


 帝国軍の装備を纏ったまま、兄さんは光焔の剣を振り下ろす。

 帝国議会は既に壊滅状態。辛うじて巨大コンピュータだけは残っているけど。

 あの戦車が進んだ道は、辿れるだろう。巨大な跡が残っている。


「――これより、剣聖部隊最後の任務を行う。

 目標は、敵戦車内部に格納された巨大コンピュータの破壊だ。

 止めるぞ、神が生まれ落ちるのを」

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