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『父も兄も剣聖などとおだてられ、務めを果たした。その報いがこれだ』

 ――従軍を終え、首都に帰った私を待っていたもの。

 それは兄が戦死したという報せだった。


 兄が、チャールズ将軍率いる部隊を守るために死んだ。

 彼らが逃げるための時間稼ぎをし、名誉の戦死を遂げた。

 遺体さえ回収できなかった。そんな話だった。


 剣聖を見捨てた男としてチャールズ将軍の評価は地に落ちた。

 血筋こそないが皇帝に迫る発言力を持っていた彼だったが、今や見る影もない。

 私が首都を出るよりも前に、彼の凋落は見て取れた。


 皇国軍内部における兄の人気は絶大で、放っておけば誰かが将軍を暗殺するんじゃないかと思われるくらいに殺気立った空気が流れていたのを覚えている。もちろん私もその1人だった。


 けれど、私が手を下すまでもない。

 実際に死ぬかはともかく、あの将軍が求めていた政治家としての彼は死ぬ。

 皇帝が信頼したウォルターを見殺しにした男だ。

 陛下自身が彼を重用するはずもなく、同時に民衆からの支持も失くした。


 そんなことよりも私が気になったのは、戦後になっても兄の遺体が見つからなかったこと。同時に兄が使っていた光焔の剣が、機械帝国から返還されたこと。

 戦死した兄の持ち物として、律儀にもそれは我が国に返還された。


 ――ありえない。


 兄が死ぬまで戦って、剣がそのまま残っているなんて、あるはずがない。

 そしてあの時、既に帝国が捕虜を洗脳して使っているのは公然の事実だった。


『……隊長は、自分たちを逃がしてくれたんです。

 こんな捨て駒のような任務に付き合う必要はないって。

 志願した副長だけを連れて』


 剣聖部隊の生き残りに話を聞いた。

 アランという名の副長と共に最後の戦いに臨んだと。


 ……本当に、あの人らしい話だ。

 父と同じように、いや、下手したらそれよりも高潔な人間だ。

 どこまでも、やらなければやらないことをやり抜こうとしてしまう。


 家族としては本当に、たまったものじゃない。

 たとえ生き汚かろうが、もっと自分の命を大切にして欲しい。


『――兄は、死んだと思いますか?』

『分かりません。ただ、あの人と副長ならあるいは……』


 あるいは帝国軍を相手に生き延びれるかもしれない。

 そう思わせるだけの技量を兄は持っていたと。


『……自分は、今でも後悔しています。

 あの時、俺たちが一緒にいれば、隊長を勝たせられたんじゃないかって』


 そう告げる彼の表情を見て、戦場における兄を垣間見た。

 つくづく、人をたらす才能のある男だと。

 誠実さの塊みたいな在り方がそうさせるのだろう。


『――良いんです。勝利よりも貴方たちの命こそを兄は優先した。

 悔いないであげてください。

 貴方が生きて、幸福な人生を全うすることこそが兄への弔いとなります』


 そんな言葉を掛けながら、私は同時に思っていた。

 兄が死ぬはずがない。

 少なくとも兄を殺したという兵士を見るまで、信じられないと。


『……クロエ、どうしてアディンギルへ?』


 首都を出ようとした私に、母がそう尋ねてきた。

 それもそうだろう。あの人は私が首都の教会に残るものだと思っていたはずだ。

 夫も息子も戦場に捧げたのだ。私だけは手元に置いておきたかったはず。


『――首都の政治に、関わりたくないんです。母上』

『クロエ……』

『父も兄も剣聖などとおだてられ、務めを果たした。その報いがこれだ』


 何が剣聖だ。神官1人にも満たないような力しかない、か弱い人間なのに。

 そんなものを祭り上げ、責任を負わせ、教会の怠慢じゃないか。

 満足に神官を戦士に仕立てられない教会の。


 ――どうして兄さんなんだ。どうして私じゃない?

 私の方ができる事は多かった。

 なのにどうして兄ばかりが過酷な戦場に送られたのか。


 それは、教会が神官の戦場への投入を渋っているからだ。

 神官の戦死者を出すだけで、教会は皇国軍に強烈な突き上げを行う。

 だから私は守られた。兄よりもずっと強い私が!


『帰りのない旅路になるかもしれません。そのことだけは先に詫びておきます』


 ――母は、ウォルターのことは忘れなさいと言いたげだった。

 けれど、あの人も思っていたのだろう。

 私なら兄を見つけられるんじゃないかって。

 だから結局は何も言わなかった。旅の無事を祈ってくれただけだ。


 そうしてアディンギルに入って2年くらいが過ぎた。

 帝国へ入る方法も大体把握し終え、教会病院を去ろうとしていたあの時。


『――すまない。急なんだが患者を見てくれないか?』

『急病ですか? それとも事故?』

『いや、シルフィーナ、なんか500年前の英雄からの依頼でね――』


 私に話を持ってきたお偉方はシルフィーナという女の偉業を詳しくは知らなかったように見える。何か旧知の人からの頼みがあったということで、その人の話ばかりをしていた。昔、世話になった人に頼まれたと。


 随分と教養のない話だと思ったけど、だからこそ今の出会いがあっただろう。

 彼女の本当の功績を知る人間なら、退職間近の人間は回さない。

 いくら医学神官に空きがなかろうとも、そんな無礼な真似はしない。


『ジョンだ。随分と若いんだな、先生は』


 あの女傑シルフィーナが来るとばかり思っていた私は少し驚いた。

 随分と純朴そうな青年が座っているなと。

 そして、どこか兄に似ているような気がした。


『――つまり貴方がこのクロエ・サージェント、最後の患者さんです』


 なんて話をジョンにしたときには、思ってもいなかった。

 まさか兄が、帝国軍人として彼を追っているなんて。

 そして今、こうして皇国軍人としての兄を捕らえた男が目の前にいるなんて。


「……以上が事の経緯です。元から僕は帝国の人間。

 貴方を裏切っていたんですよ、隊長」


 聞いた話はだいたいこちらが予想していたのと同じだ。

 違うのは、兄を捕らえた相手が軍人としての兄に惚れ切っていたこと。

 兄を生かすためにこの決断をしたという一点だけ。


「そうか……ダメだな、私は。部下のことひとつ見抜けないとは」


 やはりそう来るか。

 兄のことだ、不問に処すとは分かり切っていた。


「それでアラン。お前は4番とやり取りをしたと言っていたな。

 奴の思惑は分かるか? あの戦車でいったいなにをしようとしているのか」

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