『……隊長、こんなの、死ねと言われているようなものですよ!』
『ただね、枠から外れると枠に守ってもらえなくなる』
隊長がそう言った時、僕はいよいよ確信したと思う。
元々、彼はそんなことを気にするような男じゃなかった。
少なくとも皇国軍の剣聖ウォルター・サージェントという人は。
『――けれど、皆のことは私が守ってみせるよ。悪いようにはしない』
オークの国で、彼はそう続けた。
まるで全てを見抜かれているようで、背筋が冷えたのをよく覚えている。
そして、僕はまた彼を守れないんじゃないかと。
『やぁ、君がアランか。ようやく歳の近い仲間が来てくれた』
もう4年ほど前のことだろうか。
密偵として帝国軍に潜り込んでいた自分が、彼の部下に就けられたのは。
彼は既に”剣聖”としての異名を轟かせていた。その若さに反して。
『貴方の異名は、聞き及んでいます。剣聖と』
『――なに、それは父の功績さ。私はそれに後乗りしてるに過ぎないよ』
そう言った彼の言葉がただの謙遜であることを、僕は思い知っていった。
彼の隣で何度も死線を潜るたびに。
機械帝国の装備がどれほど進んでいるかは最初から知っている。
彼の切り札である光焔の剣も、普通なら光線銃相手に立ち回れるものではない。
今で言うところのビームブレードに毛の生えたような性能だ。
その程度の武器を、神のアーティファクトだと崇め、それを振るうことができるウォルター・サージェントという男に頼りきりだったのが皇国軍だ。
『……隊長、こんなの、死ねと言われているようなものですよ!』
14年戦争末期、皇国軍の中で遊撃隊をやっていた時だ。
ちょうど今と同じ剣聖部隊という名前で、各戦場を渡り歩いていた。
皇帝直属の独立部隊として劣勢な場所ばかりに。
次々に功績を立てていくウォルターという男は、絶大な人気と同時に敵意も集めていた。目立つというのはそういうものだ。全員が全員味方になるわけもなく、集めた名声には、何割かの悪意がついて回る。
『そうだね……ただ、安全に本隊を逃がすには足止め役が必要だ』
『ッ……隊長は、これで良いんですか?
今まで散々不利な戦場に送られ続けて、最後は時間稼ぎで死ぬなんて!
この戦争はもう終わります、命を賭ける場所じゃない……!!』
こちらの言葉に彼は静かに頷いていた。
それもそうだ。
潜入している自分でも知っているようなこと、彼が知らないはずもない。
『……だから、私を死なせておきたいのだろうな。
将軍は皇帝に戦争責任を負わせて代替わりを迫るはずだ。
そういう政治の時代に、俺は邪魔になる』
分かっていて、どうしてそんな役目を背負おうとするんだ……?
『――でもな、アラン。この役目は誰かが務めなきゃいけない。
今、あの将軍の持つ戦力と求心力を失えば、皇国軍は次の戦争をやれない。
戦後交渉も帝国の思うがままになる』
政敵が自分を殺そうと無茶な役目を押し付けている。
そんな時に彼は、国全体のことを考えていた。
あの時に思い知ったのだ。ウォルター・サージェントという男の器の大きさを。
――最もそれよりも遥か前に、僕はウォルターという男に惚れていた。
けれど、あの時に心底思ったんだ。彼という男を死なせてはいけないと。
帝国軍の密偵としては有り得ない判断だったのかもしれない。
でも、彼を死なせることは。人類という種の損失だと思ったのだ。
『……ただ、思うのは、こんな役目に皆を付き合わせたくはない』
『隊長……それでも僕は行きますよ。隊長が行くのなら』
そこから結局、帝国軍への時間稼ぎ役は僕と隊長だけでやることになった。
将軍としても下手に部下を連れて行って万が一にでも勝たれるよりマシだと判断したのだろう。たいして揉めることもなく、僕と隊長が役目を務めることに。
『――昔、この村に旅行に来たことがあるんだ。ライチが美味しくてね』
戦争の激化で、民に見捨てられた村。
そこに仕掛けたいくつかの罠で足止めするつもりだった。
……皇国軍は2人きりだ。役目なんて投げ出せばいいのに。
けれど、これを必要な役目だと分かっている彼は、そうしないのだろうな。
『お父様とですか?』
『ああ、両親と妹が……先に逝くと聞いたら母は怒るだろうな』
『――いっそのこと逃げ出しますか? どうせ、2人きりですよ』
こちらの言葉に首を振る隊長。
『アラン、お前は逃げても良いぞ。どうせ見返りのない任務だ』
『……隊長は、どうするつもりなんですか』
『私には、この剣がある――』
そう言って光焔の剣に触れる隊長。
炎を纏う剣程度で、何ができると言うのか。
『……お父様から受け継いだ剣ですか』
隊長が頷くよりも先に、僕は光線銃を放った。
元から持たされていたインテグレイトの初期型。
ブレードはついていないが殺傷・非殺傷設定の切り替えができるものだ。
『っ――アラン……? 君は……』
倒れ込む隊長を支える。
そして、彼が意識を失っていくのを見届けた。
『……僕は最初から、帝国軍の人間だったんですよ、隊長』
こちらに迫る帝国軍には既に連絡を入れていた。
皇国軍で最強の戦士を捕虜にしたと。
自分の身柄のこともある。皇国軍への追撃をやめろと。
ここで僕と隊長が役割を果たし、帝国軍が止まったと思わせれば、後から生きていたということで皇国軍に戻る目もある。そう考えていたのだ。
諜報員である僕は、帝国に洗脳技術があることは把握していたから。
『――ほう、君があの剣聖を持ち帰った男か』
その後、帝国議会の”4番”に呼び出された。
そしてこの帝国軍における剣聖部隊を任されたのだ。
正直もっと良い使い道があると思ったんだが、今なら納得できる。
――最初から”4番”はこうして国を割る気だったのだ。
だから後からどう見られるかとかそんなこと関係なかった。
それよりも、短期的に動かせる確実な少数精鋭がいれば良かったんだ。
「なぁ、アラン。どうして君は14年戦争の時、皇国軍に居て私の部下に?」
眼前、今まで構えていたインテグレイトを仕舞い込む隊長。
つくづく、甘い人だ。どうして貴方はそうも……!
「……隊長、どうして撃ってくれないんですか。どうして銃を降ろす!」
ピーターはまだ銃を構えている。
僕もそうだ。なのに隊長が最初に降ろした。
いったい何を考えているんだ、アンタは!!
「撃つ必要はないと分かっているから。
君が私を殺すつもりならいくらでも機会があった。
でもそうはならなかった。洗脳されたあともずっと傍に居てくれたね」
……手が震えてくるのが分かる。
「教えてくれ、アラン。14年戦争の終わりから今に至るまで。
君が知ることを全て――」