「俺が、皇国軍のウォルター・サージェントだと知っていた者は?」
「――今、ここに宣言しよう。私が新たなる”機械皇帝”だ」
巨大コンピュータが置かれた祭壇に立ち、そいつは両手を広げる。
……俺の直感が告げていた。これから最悪の事態が起きると。
帝国議会に防衛戦力が置かれていないことが不可解だった。
けれど、まもなく、その答えが見える気がする。
そして同時に、答えを出させてはいけない。
あの女がやろうとしていることは、恐ろしい結果につながる。
「ッ……動くな!!」
「無駄だ、そのオモチャは私には効かん」
滑り落ちた下から、祭壇の上に向けてインテグレイトを放つ。
だが、それらは全て女のかざした手のひらで打ち消されていく。
……やはり魔術師の類いか、あれは。
「見るがいい。これが新たなる神を生み出す電脳を守る兵器――」
つい先ほど停止させようとした”4番”のコンピュータが格納されていく。
そして、祭壇そのものを破壊しながら中から現れるのは巨大な砲身。
「……戦車だと?」
14年戦争で何度か見た帝国軍の兵器、その進化系のような形。
巨大コンピュータを格納した鉄の箱から伸びる砲身が、こちらを狙う。
ッ……マズい、これは、マズいぞ!
「――先代の騎士たちよ、新たなる神に捧ぐ最初の生贄となるがいい!」
初撃は、私1人を狙っている。
なんとか避けることができるだろうか。
だが、ここで飛び退けば私を、部下たち諸共狙ってくるだろう。
逆に私1人で避け続けることができたのなら――
「――兄さん、こっちへ! 早く!!」
避けるために前に出ようとした私を呼ぶ声がする。
クロエの声だ。その声を聞いた瞬間に私は走り出していた。
こういう時のクロエは頼りになるということを、覚えていたから。
「策はあるのかい? クロエ」
「もちろん。私は神官ですからね」
インテグレイトに撃たれたはずのクロエは既に態勢を立て直していた。
神官としての治癒を使ったのだろう。
そして倒れたままの部下たちを一か所に集めている。
普通に考えれば、一網打尽、狙いやすい的になっているが――
「――頼みます、ルドルフさん」
静かに祈るクロエ。
次の瞬間、純白の壁が何重にも展開されていく。
それが砲身から放たれる光線を受け止める。
「……ふふっ、見ないうちに随分と成長したようだね」
戦車が放った光が、クロエの障壁に弾かれていく中でそんなことを呟く。
そして、正面からの攻撃を無意味と悟った敵は、その砲身を天井に向けた。
「ッ、無茶な真似を……!」
天井を撃ち抜き、崩落させてくる。
落ちてくるそれを前にして、久しぶりに思った。
自分はここで死ぬのだろうと。まだ自分が皇国軍の剣聖だった時以来に。
「……ははっ、本当に凄まじい魔法使いになったんだね、クロエ」
「別に、500年前の英雄に力を与えられただけです」
「シルフィーナの、いや、ドワーフの国かな?」
こちらの言葉に頷くクロエ。
いったいどんな旅を越え、これほどまでの力を得たのか。
それをゆっくりと聞きたいところだ。
――まさか思ってもいなかった。
自分だけじゃなく、私と私の部下まで全員を助けてくれるなんて。
崩落する天井に対して、白い壁を亀の甲羅のように展開して凌ぎ切るとは。
戦車の駆動音が聞こえる。
それは遠のいていく。相手はこちらを死んだものと判断したのか。
あるいは、私たちを殺すことなんて別に主たる目的ではないと。
「とりあえず去っていきましたね、兄さん」
「ああ。なぁ、クロエ、皆を治してやれるかい?」
「――ダメです。急場で取れる方法は限られている」
……? 私に術式を掛けた時と違う状況なのだろうか?
いや、確かに今の彼らには、あの皇帝もどきに何か仕掛けられている。
私の時とは状況が違うか。
「ッ――隊長、やはり記憶を取り戻していたんですね」
いつの間にかインテグレイトを構えていた副官のアラン。
……今、こいつは殺傷設定なのか、非殺傷設定なのか。
「いつから気づいていた?」
返す言葉を紡いだ時には、既にこちらもインテグレイトを引き抜いていた。
「……ナノマシンの不調が起きた時から、怪しんでいました」
「ふむ、やはりそうか。陛下にも見抜かれていてね。
どうも私には、演技の才能はないらしい」
どう会話を進め、アランからどう本心を聞き出そうか悩んでいた。
そんなとき、部隊で一番若い新兵がアランに銃口を向けるのが分かった。
「誰に武器向けてるんですか、副長……!?」
「っ……ピーター、邪魔をしないでくれ。これは僕と隊長の!」
やれやれ。アランに銃を向けられるのは良い。予想していたことだ。
だけど、こうしてピーターのように庇ってくれる奴がいたとはな。
てっきり皆、察しているものだとばかり思っていたのに。
「――なぁ、この中で事情を知っていた奴は何人いるんだ?」
3人が銃を抜いている。
その中で沈黙する他の部下たちを見つめ、問い詰める。
「俺が、皇国軍のウォルター・サージェントだと知っていた者は?」
こちらの問いに対して皆が顔を見合わせる。
薄々勘づいていた奴と、全く知らない奴が半々と言ったところか。
こうなってくると事情を知ったうえで配属された人間はいないと見るべきか。
「……剣聖という異名で、察してはいました」
2班・班長のマクソンが回答してくれる。
「では、どうして私を敵と認識しなかった?」
「……何か事情があるのだろうと。隊長は誠実な帝国軍人に見えました。
それに、貴方のような上司を手放したいと思う部下はいない」
ピーターに続いてマクソンもか。
随分と俺なんかのことを持ち上げてくれる。こんな局面になっても。
「――だそうだ、アラン。どうやら事情を知っているのは君だけのようだね」
「ッ……やはりその記憶も取り戻しているんですね、隊長」
「まぁね。いい機会だ。いろいろ教えてくれないか?
どうせこの状況だ、あのニセ皇帝に私たちができることもないだろう」
クロエがなんとか守ってくれただけで、今からこの部隊を立て直してニセ皇帝を討つなどできるわけがない。そんな状態じゃない。ナノマシンという最大の加護を失い、それに牙を剥かれている彼らを連れて戦場には行けない。
「なぁ、アラン。どうして君は14年戦争の時、皇国軍にいて私の部下に?」
インテグレイトをホルスターに仕舞い、私はそう尋ねた。
きっと彼なら、今の質問に答えてくれると信じて。