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『ハンバーガー屋を追い出せ! 帝国主義を許すな!』

「――さて、そろそろ出ようか」


 最後のポテトを食べ終え、ブラックソーダを飲み干したシルフィがそう告げる。

 俺の方はとっくの昔に食べ終えていたのだが、正直、美味そうに食べるシルフィを見ているだけでも面白かった。


「ああ、教会病院だったな」

「無理を言って予約を入れてもらった。しっかり診てもらって来い」


 それなりに予約でいっぱいと言っていたものな。

 かと言って一般外来では剣聖ウォーレスに追いつかれたらヤバいということで色々と手を尽くしてくれていた。


「まぁ、何もないと良いが……。

 いいや、記憶を取り戻す糸口くらい見つかると良いな?」


 シルフィの言葉に頷き、わっくわくバーガーの外に出る。

 そうして教会病院へと向かい始めようとした時のことだった。


『――ハンバーガー屋を追い出せ! 帝国主義を許すな!』


 珍妙な人間たちが列をなして行進、わっくわくバーガーの正面に立つ。


(なぁ、シルフィ。なんなんだ? こいつら)

(――あまり見るな。顔を覚えられても仕方ない)


 そういったシルフィが俺に軽く耳打ちしてくれる。

 彼らは反帝国派。今はハンバーガー排斥に精力的らしい。

 反ハンバーガーのデモ隊ということだ。


『ハンバーガー粉砕! ハンバーガー屋は立ち去れ!』


 人間の国の保安官が嫌そうな顔をしながら、早く進むように誘導している。

 一応は許可を取ったデモに見えるな。ルートにここを入れることまでは。

 問題はここでの長居だ。それは許可されていないように見える。


「あら、エルフのお嬢ちゃん。ダメよ、ハンバーガーなんて食べたら。

 ちょっとアンタね! アンタがエルフのお嬢ちゃんに帝国のものを教えて!」


 デモ隊の女に声をかけられる。40代くらいの人間だろうか。暇な女だ。

 ……しかし、こいつシルフィの歳を見誤るのは仕方ないにせよ、俺のことを自然派エルフに帝国流を教える悪いお兄さんだと思い込んでいるな。


「――私が“お兄ちゃん”にハンバーガーを教えてもらったと」

「でしょう? エルフの娘がハンバーガーなんて低俗なもの食べるはずないもの」

「……こいつは傑作だ。ちょっと待ってろ」


 俺にそう告げたシルフィがわっくわくバーガーへと戻っていく。


「ちょっとアンタ、なに考えているのよ?!

 エルフの女の子にこんな毒物食べさせるなんて! 殺す気?!」


 ……つい先ほど、もしこれが毒なら、歴史の礎になるだけだと言い切っていたんだがな。シルフィーナ・ブルームマリンという女は。


「……いや、別に俺が連れてきたわけじゃ」

「なに言ってるの?! あんな小さな女の子なんだから貴方が保護者でしょ!」


 うーむ……どう考えても現状、俺の方が保護されているんだよな。

 記憶喪失の俺が、シルフィという魔女に良くしてもらっているのだ。

 しかし、この女にそんなことを説明しても意味があるはずもない。


「――分かった分かった。俺らみたいに寿命の短い生き物ならともかく、長命なエルフに化学調味料はどんな危険があるか分からないもんな。蓄積されるかもしれないし。もう食べないように言っておくよ」


 “そもそも食べさせたのはアンタでしょう?!”と目の前の女はキレ散らかしているし、デモ隊も完全にワックの前に居座る気満々だ。完璧な営業妨害だし、一刻も早くここを立ち去りたいというのに、シルフィめ、何をしている……?


「――待たせたな。お兄ちゃん」


 シルフィめ、俺のことはお兄ちゃんで通すつもりか。なんて迷惑な。

 しかし意図は分かる。俺たちに関する情報は嘘を掴ませておいた方が良い。

 でも、なんなんだ、なんでこいつは右手にメガワックを持ってるんだ?


「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん……?!」

「――よく見てろ、人間。これは歴史の結晶だ。

 我々エルフよりはるかに短い人間が生み出した技術の積み重ね、その究極形だ」


 メガワックの包みを解き、デモ隊に見せつけるように頬張るシルフィ。

 ……顔を覚えられたくないって言ってたばかりなのに。

 こいつ、実は負けず嫌いなのか? ウォーレスから逃げた思い切りの良さは?


「や、やめなさい! エルフの身体に添加物は毒なのよ?!」

「――ハッ、じゃあ、お前は、料理に塩を使わないってのかい?

 生臭い肉を焼いただけで食うのか? 胡椒も使わずに?」


 デモ隊の女を睨みつけるシルフィ。


「塩も胡椒も毒じゃないわ!

 でも添加物は毒なの、長期摂取による安全性の証明はされていないのよ」

「――そうかい。じゃあ、私は歴史の礎になろう」


 シルフィの言葉を聞いて目を丸くしているデモ隊の女。

 いや、そうだよな。何を言っているか分からないのは当然だ。


「――何が食べられて、何を食べてはいけないのか。

 そういう経験の積み重ねが歴史だ。私はその石のひとつになる。喜んでな」


 言い捨てたシルフィがそのまま残りのメガワックを口に押し込む。

 デモ隊の女が、彼女の手を掴もうとするが、そんなことを許す俺ではない。

 予兆を拾った瞬間に最小の動きで、女の腕は掴めた。素人だ、加速も要らない。


「おっと、うちのお嬢様に触れないでもらおうか」

「ッ……?! アンタ――!!」


 他のデモ隊も出てくるだろうか。3人くらいは仕掛けてくるなと理解する。

 思考を加速させ、対策を考えつつ、視界から得られる情報を分析する。

 そして、俺が何をする必要もないと分かった。


「はいはい、今回のデモは行進でしょ? 長居しないでくださいね~!」


 保安官が俺たちを庇うように割って入ってくれた。

 彼に視線で誘導されるまま、その場を後にする。


「……全く肝が冷えたぜ、お嬢様」

「ふん、少しは護衛らしいことをしてくれたね、お兄ちゃん?」

「そのお兄ちゃんってのはやめてくれ。寒気がする」


 見た目だけは幼い少女そのものだけど、こいつの老獪さは知り尽くしている。

 この女の底が見えないってことも含めて。

 だから、こいつにお兄ちゃんと呼ばれると単純に怖いのだ。


「――なぁ、シルフィさんよ。顔を覚えられない方が好かったんじゃないのか?」

「そう思ったが、どうせ明日か明後日にはこの土地を離れるのだ。

 そして、私が感じた怒りについては、説明不要だな――?」


 ギラついたシルフィの瞳。水色という優しい色がこんなにも鋭利になるとは。


「技術の積み重ね、その究極形の安易な否定」

「そうだ。ハンバーガーによる健康被害の統計も取らずに放言を。小童どもが」

「――それと、俺より年下扱いされたからだろ?」


 俺の言葉を聞いて、バンとこちらの肩を叩いてくるシルフィ。


「私がそんなつまらないことで怒るものか。500年近くこの扱いなんだぞ」

「でも、イラっとはしただろ?」

「……した。でも、それだけじゃない」


 意外と素直じゃないな。

 まぁ、確かに歳のことだけじゃないというのも事実か。


「分かった分かった。ま、俺に何もなければさっさとオサラバしようぜ。

 あんな目のイッちまった連中に顔を覚えられてたら夜も眠れねえ」

「――そうだな。あの手の奴らは仕事でやっている奴より厄介だ」


 ある意味で、あの剣聖ウォーレス少佐よりも厄介ということだな。

 いや、よく分かる。実際、力はともかくあの感じはヤバい。


「――ジョン。病院にはお前ひとりで行け。予約状はこれだ」

「どうして? 案内してくれるんじゃなかったのか?」

「野暮用さ。診察が終わる頃には病院に行くよ」


 正直なところ不安だが、ここで引き留めるのも情けないか。


「分かった。病院で待ってればいいか? それともホテルに?」

「うむ……病院で良い。それじゃあ、また後でな? ジョン」


 そう別方向へと歩いていくシルフィ。

 ――このあと、俺は彼女を見送ったことを深く悔やむことになる。

 情けなくても別れるべきではなかったと。

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