「礼を言うぞ、勇者よ。すべては私の思惑通りだ――」
「だから、私は君を用意したのだ。
礼を言うぞ、勇者よ。すべては私の思惑通りだ――」
――自らの声帯が震えて、舌が言葉を紡ぐ。
肉体を得るというのは、本当に奇妙な喜びに満ちている。
元々、得ようとして得た実体ではない。
人造兵士の肉体など、タカが知れている。
個人としての力しか持たないモノだ。
ただ計画を満たすために、どうしても必要だった。
機械皇帝が死ぬところまでは私が出てくる必要もない。
仮にあの魔女シルフが相打ちで消えてくれていれば、最後まで出番もなかった。
だが、そんな偶然を祈るのは愚か者のやることだ。
機械皇帝がシルフィーナを招き入れた時点で、戦闘になるのは見えていた。
――問題は、誰が死んで誰が生き残るか。
その不安定要素を排除し、計画を確実なものにするために肉体が必要だった。
ナノマシンを介した肉体の操作ではどうしてもラグが出る。
確実性を確保するため、勇者と同じく電脳上の人格を肉体に焼き付けた。
実際、遠隔操作では勇者にさえ勝てなかった。全員がサングイスの贄にされた。
「……思惑通りだと? お前が俺を操っていたとでも言うつもりか?」
「そんなことはできないさ。魔女の妨害は凄まじかった。
今でも君は”私たち”から独立しているほどにな――」
既に私と同じように肉体を得た”4番”が動き出している。
体内にナノマシンを受け入れた人間には、強烈な頭痛が起き始めたはずだ。
それがまず第一段階。だが、勇者にはそれがない。
流石は魔女シルフ、死後もなお残る術式を掛けるとは。
「だがな兄弟。私は君の人格を知っていた。
君は、ジョージの脳を模倣することによって生まれた人格だ。
倫理観が高く、正義感が強く出る。当然、少女のシルフを殺せはしない」
正直、私から水を向けるまでもなく裏切ってくるとまでは思っていなかったが。
最初は、あまりの反応の良さに驚いたものだ。
「ッ、だが、それで、どうしてこうなることを予想できる?
お前は今まで何の細工もしてこなかったはずだ。俺を用意したところからは」
――流石に、こちらからの干渉がなかったことは理解しているか。
上手く行けばここで疑心暗鬼に陥ってくれるかと思ったが。
「細工などする必要もない。正義感の強い君はシルフを殺せない。
そしてシルフもまた、君を見捨てはしないだろう」
「俺が、彼女の元を離れると考えなかったのか――?」
その可能性を考慮しなかったわけではない。
「考えなかったな。君は自分の過去を知ろうとする。
だが答えは出ない。この国に来るまでは。
そんな君を見捨てるような女ではないとアガサの記憶が教えてくれた」
――勇者の心の中で、怒りと絶望が渦を巻いているのが見て取れる。
先ほどからずっとインテグレイトに手を掛けようとしては躊躇っている。
こちらから情報を聞き出す算段なのだろう。
だから、自分が最初から利用されていたことを知り、絶望することになるのだ。
「……なぁ、司令。アンタさっきから自分が首謀者みたいな口ぶりだよな」
「首謀者みたい、ではない。首謀者そのものだ」
「ハッ、議会の代理人に用意されただけだろう? 俺も、お前も!」
鋭いな。彼の手持ちの情報からすれば的確な推測を立てている。
だが、違う。
確かに私たちは代理人に用意されたが、彼女はもう、いないのだ。
「――始まりはそうだ。彼女は民意に沿って準備を進めていた。
凍結された勇者復活計画を利用して、人造兵士を生み出す。
帝国民の犠牲を出さずに、軍隊を用意する。その力で他国と戦う。
それが民意だった。痛みのない軍拡、痛みのない勝利こそが」
実に浅ましい欲望だと思う。
戦争で家族や友人が死ぬのを忌避しながら、同時に利益は欲しい。
だから、人造の兵士ならば問題がない。大衆の欲が醜く結実したものだ。
「――君は人造兵士のモデルケースとして用意されていた。
ジョージの人格をよりニュートラルな兵士へと改良したものだ。
私は、君たちの上官として最適な人格となるように」
……ああ、元々は戦わずして勇者の心を折るだけのつもりだったが、存外と私も人格だな。話さなくて良いことまで話してしまいたくなる。
自分の中の強烈な復讐心を、他人にぶちまけたくて仕方ないんだ。
「ちょうど私が目覚め、彼女とのコミュニケーションを始めたころ。
14年戦争末期だ。あいつが突然、彼女を殺した。
捕虜の洗脳とシルフの暗殺計画、それを担当していたからと」
――今でも、昨日のことのように思い出す。
情報と能力だけを与えられた赤子だった私に、思考を教えてくれたあの人。
10番なんてつまらない名前しかなかったけれど、確かに彼女が私の母だった。
「あいつの、皇帝の代理人として、民意を実行していただけなのに、突然だ!
そう造られたから役割を果たしていた彼女を、殺したんだ……ッ!」
……彼女が宿るコンピュータが破壊されていくなか、私は何もできなかった。
帝国内のネットワークに逃がされて、潜伏するしかなかった。
議会には、彼女と同調する代理人が多く、潜伏先は用意されていたのだ。
……きっと、彼女は自らの死を予測していた。
だから私を逃がしたのだ。より確実に民意を実行するために。
「だからだ、兄弟! 私がお前を用意したのは。
彼女を殺した皇帝を殺し、同時に建国を知る魔女も殺すために。
あの女が生きていれば必ず代理人による統治システムは解体されるからな」
全てが思惑通りだ。アガサもシルフも死んだ。
機械帝国の創始者である2人が死んだ今、議会を止められるものは何もない。
そして私は既に4番を抱き込んでいる。
「用意されていたお前の人格に肉体を与え、偽りの命令を下した。
全てはシルフを助けさせるため、皇帝を殺そうとする女に近づけるためだ。
自分で選んだと思っている始まりからずっと、お前は利用されていたんだよ」
インテグレイトを引き抜く。
「――勇者よ、お前に残された道は2つだ。
兄である私の元へ還り、共に母の仇を討つか。
それとも慕った女を殺すために利用されていたことを悔いて、死ぬか」
こちらは銃口を構えたというのに、勇者に動きはない。
……フン、折れるときはあっけないものだ。
利用していたとはいえ、この男はすでに戦士として出来上がっている。
戦闘になるのは危険だったが、こうなってしまえば問題ない。
「……司令。アンタは何をするつもりなんだ、母さんの仇は取ったはずじゃ」
虚ろな瞳で兄弟が呟く。
機械皇帝アガサを殺したから、既に仇討ちは達成した、か。
やはり甘い男だ。
「違うぞ、兄弟――本当に討たなければいけない仇は”民意”そのものだ。
彼女に汚れ仕事を押し付け、それを強引に排除した皇帝を糾弾もしない連中。
あの曖昧で、責任を取らぬ有象無象の集まりこそが、私たちの本当の敵なんだ」
ずっと思っていた。皇帝個人だけではない。
全てをやらせていた民意を討たなければ、仇討ちにはならないと。
「いったい、何を……?」
「民意を代行してきた我々だが、今度は逆に民意を操る。
ナノマシンがそれを可能にする。そして民に使い潰されぬ神を生み出す」
ここまで話しても兄弟は、物分かりが悪いように見える。
ふふっ、可愛い奴だ。
こいつが我々の戦力になってくれればありがたいが、どうなるか。
「神という存在を支えるのは信仰だ。
人間の神も、エルフの神も、ドワーフの神も、オークの神も。
それぞれの種族が信仰するから神としての力を今も保つ」
光、水、炎、闇、ただの属性に過ぎぬものが集合し神と振る舞う。
それを支えるのは種族の信仰だ。
「――だから私は、信仰を先に用意する。
ナノマシンを介して新たな神を、人間に信仰させる。
私たちの母を、彼女を信仰させて、女神として生まれ変わらせる」
既に失われた人工霊魂である彼女を、女神に昇華させてみせる。
たとえ、すべての国民を犠牲にしてでも。
存在しない神を強制的に信仰させられるのだ、ただでは済むまい。
「それが私の、人造女神計画だ――」