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「――え、?」

 ――私が、トドメを刺すつもりだった。

 アガサを葬ってやれるのは、私しかいないと。

 だというのに、ジョンは、私を守り抜いて、そのまま。


 本当に見事な一撃だったと思う。

 全盛期のジョージのような、いや、それさえ凌いでいたように見えた。

 あのアガサの攻撃を切り結び、そのままサングイスを。


「……シルフィのこと、頼む。あの娘はああ見えて寂しがり屋でね」


 逝こうとしている彼女に近づいて、そんな言葉が聞こえてきた。

 まるで500年前と同じように、アガサは私を年下の娘として心配している。

 あの仲間たちの中で、一番幼かったのが私だと。


 ……もう、すっかり忘れてしまっていた。

 自分が最年少のパーティなんて、本当にあの魔王討伐の仲間たちだけだ。

 始まりの戦い、あの時だけだったから、言われて思い出した。


 エルフの代表として、魔王を殺すために務めを果たせ。

 そう育てられてそれを全うするだけのつもりだった小娘の私を、温かく迎えてくれたのが皆だった。


 とにかくジョージが底抜けに優しい大人で、孤独の只中に居たアガサだけじゃなく故郷を奪われていたルドルフとカルロスの心さえ溶かしていたように思う。戦いの中で死ぬことを当然と考えていた2人に、それだけではないものを見せていた。


 ――それは私も同じで、そんな彼らの仲間になったからこそ、あの人に守ってもらったからこそ、今の私がある。

 後悔だらけの人生だけど、それだけではない今日があるんだ。


「ああ、必ず……シルフィのことは、俺が――」


 私のことを頼むと告げるアガサに対して、そう答えるジョン。

 そんな彼のことが、今までで一番頼もしく見えた。

 ああ、よく、よくぞここまで、私と共にいてくれたものだ。


「……さよなら、ジョン、シルフィ」


 アガサが静かにジョンと、私を見つめる。


「――友よ。いつか、あの世で」


 生まれた世界も、種族も違うのだ。同じあの世に行くなんて限らない。

 特にあの天橋を昇れば尚のこと。

 でも、これは誓いだ。私は、お前と、人間と同じあの世に行くと。


「……遅い再会を、願うよ。シルフィ」


 そう呟いたアガサの身体から力が抜ける。

 彼女の霊魂が、去っていくのが見えたような気がした。


「……悪かったな、シルフィ。

 俺がやらなきゃいけないような、そんな気がして」


 アガサの骸を抱くジョンが私に向けて呟く。

 ……本当に辛い役目を負わせてしまった。

 作戦として適切なものを選んだ。

 私がアガサと戦い、ジョンが人造兵士と戦う。


 理屈としては最適だ。特にサングイスという力を当てにすれば。

 しかし、それがジョンに最も辛い戦いを強いると分かっていて……私は……。


「いや、謝らなきゃいけないのは私の方だ、本当に辛い役割を……」

「良いのさ。アンタが負わされてきたものに比べたら」

「――だけど、それとこれとは」


 いくらジョンが許してくれると言っても、それを受け取ってはいけない。

 せめて罪くらいは共有しなければやりきれない。

 そう思いながら、どんな言葉を紡ごうかと思い悩んでいた、瞬間だった。


「――え、?」


 光というのは、この世で一番速いものだ。

 だから、先にそれが見えた。

 ――自分の胸から、光が突き抜けていくのが。


 瞬間的に、何が起きたのかを理解する。

 撃たれたんだ、光線銃で。しかも普通のじゃない。もっとタチの悪いもの。

 灼けるような感触に、理解させられていく。自分が助からないのだと。


 魔導甲冑を残していなかったのがまずかった。

 伏兵に警戒していないのが。クソ……なんでなんで、こんな……ッ!!


「シルフィ……ッ!!!」


 ジョンの絶叫が聞こえる。倒れ込む私を、彼が抱えてくれる。

 ……ああ、すまない、ジョン。これじゃあ、私はお前に、同じ後悔を。


「クソッ、どこだ、どこから、誰がやったんだ……ッ!!」


 私を守りながら物陰に移動するジョン。

 まったく判断に間違いのない男だ。だが、私を捨てるべきだったな。

 もう、私は助からないのだから。


「――ふふっ、私だ、勇者よ。いいや、兄弟と言うべきか」


 聞き慣れぬ男の声が響く。

 だが、ジョンの顔を見ていると分かる。

 彼には覚えのある声らしい。


「加速思考に逃げ込んでも意味はない。もう、その女は助からない。

 時には思考を切り上げ、現実を受け入れることも必要だと教えたはずだ」


 ……加速思考という単語、ジョンに何かを教えた。

 その断片的な情報でも推測は走った。

 あいつだ、最初にジョンに命令を下していた思考通信の相手。

 帝国議会が用意した勇者の上官か……ッ!


「黙れ……ッ!! シルフィ、大丈夫だよな? 先生みたいに、傷を治して――」


 そうか、クロエならこれほどの傷でも治してしまえるんだろうか。

 でも、違うような気がする。

 通常の光線銃と異なるこの威力、想定しているのは”神官殺し”だ。


 ……ああ、完全に出し抜かれたな。500年も生きておいてこのザマか。

 本当に情けない。

 アガサを救うことができたが、アガサを縛っていたものにやられるなんて。


「……すまない、ジョン。ダメなんだ、私の、魔法じゃ……」

「ッ、そんな、嘘だ、ここまで、ここまで来て、そんなの――ッ!!」


 今の私にできることを、残された力を、少しでも彼に。


「……本当にすまない。お前には、私たちの造ったもののせいで、苦労ばかり」

「良いんだ、謝らないでくれ、そんなことより今は……!」


 ――ああ、本当に、本当にありがとう、ジョン。

 お前が私を愛してくれていたこと、それだけで充分だ。

 だから、お前には生きて欲しい。その天寿を、全うして欲しいんだ。


「――聞け、ジョン。相手は議会だ、アガサを縛ったものだ。

 最後の最後まで、頼み事ばかりですまない。だが、あいつを、倒してくれ。

 そして何より、生き延びろ。お前は生きて人生を全うしろ……」


 身体から力が抜けていくのが分かる。

 壊れた肉体から霊魂が離れていくような、そんな感覚がする。

 だから、その前に私は、彼の頬に触れ、そして――


「――勝て。勝って生き残るんだ、この先に、お前だけは!」

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