「今、ここに宣言しよう。私が新たなる”機械皇帝”だ」
「――これが”帝国議会”なのか」
魔女シルフへの拘束命令を出した帝国議員が誰か。
その割り出しは少し手間がかかった。
直接の命令を受けた人間を割り出して、更にそいつから聞き出すという手間が。
そうして得た答えは「4番」という回答だった。
私はいったい何を言っているんだと思ったのだけれど、アランたちは納得した。
機械帝国で長く軍人、あるいは行政官吏をやっていると分かるらしい。
帝国議会というものがいかに仮初の存在で、議員などこの世に存在していないということが。それでも皆がその幻想を受け入れて信じている。だからその手足となって動く行政の人間として、その嘘を手助けしていくことになると。
「……ご納得いただけましたか? 隊長。
これが我が国の立法機関、皇帝陛下に次ぐ権力の根源なのです」
帝国議会の最奥。
10の巨大なコンピュータが鎮座する空間。
その中心で、アランが私に告げる。
そしてそんな風に振る舞いながらも、隣に立つクロエから全く目を離さない。
流石はアランだ。私が逃がす訳にも軍に預けるわけにもいかないと適当な理由をつけて連れてきたクロエに対する警戒を全く緩めない。
手錠までしているというのにな。
まぁ、こんなものクロエにとっては飾りでしかないが。
「番号が振られた10個の巨大コンピュータか……」
「詳しいことは知りませんが、陛下と同じ考えを持つのだとか」
同じ考えを持つと言いながら実際には、議会に裏切り者がいると。
私を洗脳したことも、あの勇者殿も議会の独断専行。
だから、その首謀者を討てと。
ナノマシンという楔から解き放たれた俺にしかできない役目だと。
……しかし、こんなにあっけないものなのだろうか。
帝国議会という本丸、防衛のための戦力が用意されていると思っていた。
だから剣聖部隊の1班から3班、全てを連れて、クロエまで同行させたのに。
「――皆、警戒を解くな。嫌な予感がするんだ」
部下たちが私の言葉に頷く。言うまでもなかったかな。
それでも皆、インテグレイトを構え直した。
「隊長……?」
「私が”4番”を止める。事が事だ。あとで政治問題になりかねない。
だから私がやる。君たちは上司の命令に従った。それだけだ」
皆が私の顔を見る。
……アランの思いつめた表情が胸に刺さる。
そしてクロエの奴は静かに溜め息を吐いていた。私はこういう人間だと。
「ッ――人間と同等の思考をする電脳的な人格か」
これを止めることは、人を殺すということになるのだろうか。
そんな哲学的な問いが脳裏を過る。
だが、それは戦士としての俺がいつも果たしてきた役目だ。
戦士として軍人として、任務の中で、戦いの中で人を殺める。
その苦さは忘れてはいけない。だが、それは役割だ。罪ではない。
だから、今から私がやるのも同じこと。4番の息の根を止める。
「……10番が、欠番なのか」
あまりにも呆気なさ過ぎて踏ん切りがつかなかった。
そんな中で、唯一起動していないコンピュータが目に入った。
いや、起動していないんじゃない。
一部外身が残っているだけで、中は空っぽだ。
……機械皇帝は、既に一度、議員を潰しているのだろうか。
そんなことを思いながら、4番のスイッチを切る。
これで済むか、もっと物理的な破壊が必要か。
「――やはり来たか。アガサの使いが」
女の声が響いた。アガサ、その名前は彼女の個人名だ。
私が直接に機械皇帝から聞いた、あの人の本名。
「ッ、その女を拘束しろ! インテグレイト、非殺傷設定!」
あまりにも当然のように、まるで自分の家に帰ってきたみたいにその女は歩みを進めていた。だから皆が呆気に取られていたのだ。武装もしていないから反射的な対応ができていなかった。だから私は命じた。拘束しろと。
「ほう、既にナノマシンが動き始めているはずなのだが、皇帝権限で外部からの干渉をシャットアウトしていると――」
インテグレイトを構えた皆の間をすり抜けていく黒髪の女。
引き金を引こうとした者、刃を抜こうとした者が次々に倒れていく。
なんなんだ、あの女、私の部下に何をしている……ッ!!
「へぇ、君にはナノマシンが入っていないか」
自らを止めようとしたクロエにそう呟く黒髪の女。
瞬間、私の部下たちが一斉にインテグレイトを放った。
非殺傷設定とはいえ、唐突な攻撃にクロエが怯む。甲冑の展開さえ間に合わない。
ッ、なんだあれは。操ったのか……?
「――ああ、誰かと思ったら君はウォルター・ウォーレスか。
私たちの勇者のために用意した予備部隊が、アガサの騎士になるとは」
こちらのインテグレイトを巧妙に躱しながら、距離を詰める黒髪の女。
……バカな、この俺が、こんなにも簡単に間合いに入られるなんて。
「しかし、勇者は無事に役割を果たしてくれたのだ」
展開するビームブレード。この俺が剣を持って応戦する。
だというのに、彼女には届かない。
まるであの魔女シルフのような身のこなしで……
「――お前、もう要らないぞ、ウォルター」
「ッ、その姿、皇帝陛下と同じ……?!」
相手が致命的な攻撃を放ってくるのは分かっていた。
だというのに近づいたことで見えたその顔に意識を奪われた。
……だって、あの機械皇帝と、保存液の中で空ろな瞳をしていた彼女と、全く同じ顔をしていたんだ。あまりにも印象が違い過ぎて近づくまで分からなかった。
だから、巨大コンピュータが鎮座する祭壇から転げ落ちるしかなかった。
そうしなければ、あいつの攻撃は防げない。
なんなんだ、手から光弾なんて、魔術師じゃないか――
「ふふっ、そうだ。
私はあれと同じもの、あれを模造して生まれ、あれよりも完成形に近い」
機械皇帝・アガサと同じ者、彼女を模造したもの……?
いったいなんなんだ、この局面で。
議会側の人間であることは間違いないが、ここまで似るとなると。
「――今、ここに宣言しよう。私が新たなる”機械皇帝”だ」