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「……だから君は、シルフィを助けてくれたんだね」

 ――大丈夫なつもりだった。なんてことはないはずだった。

 自分と同類である人造兵士なんて、何人相手にしても問題ない。

 そう思っていたし、それは事実だった。


 だけど手に残る感触が、築いた死体の山が、俺の心を駆り立てる。

 ……今、俺が殺したのは、俺自身だ。

 彼らを”人間じゃないんだから殺していい”と割り切ることは容易い。


 そう思うための論理ならいくつも思いついている。

 そもそも、こんな場所で造られた人間が人間であるはずがない。

 だけど、そんな論理は、全て俺自身に跳ね返ってくる。


 俺だって、俺だってそうなんだ、俺だって彼らと同じモノなんだ……ッ!


 何が、自らの家族を失うという痛みがない、だ。

 ……何が、民意を抑える最後のブレーキを外すための人造兵士だ。

 だったらどうして、どうしてこんなにも俺の心は痛むんだ。

 造られた兵士自身の痛みは、勘定にさえ入れてくれないのか……?


「ッ――」


 最後の1人にサングイスを突き立ててからしばらく、俺は加速思考の中にいた。

 どうしても自分のやったことを正当化できなくて、頭を冷やしていたのだ。

 ……結局、答えが出せたわけではない。それでも先に進まなければいけない。


 今の俺はかつてないほどの血を吸っている。

 同類という仲間たちの血を吸って、かつてないほどの力を手に入れている。

 この力があれば、最初に届かなかった刃を――


 ……こちらが状況を認識した時、2人の戦いは既に極まっていた。

 アガサの放つ強烈な光線攻撃を受け止めるシルフィが、そこにいた。


 あんな攻撃を受け止め切れるはずがない。

 そして仮に受け止められたとしても、後はない。


 つまり、次の瞬間には戦いの決着がつく。

 シルフィが生き残れば機械皇帝を殺めるだろう。

 そうでなければ彼女は助からない。


 加速思考の中で覚悟を決める。

 ……今だ、今しかない。

 シルフィを助け、かつ彼女に親友殺しの咎を負わせずに済むのは今だけだ。


「シルフィ――ッ!!」


 意を決し、サングイスを握り直す。

 一足で距離を詰める。普段なら詰められるような距離じゃない。

 それでも吸血剣が注ぎ込む力がそれを可能にした。


 そして、アガサの放つ光線を切り結び――


『ほう、ここで君が』


 ――血に染まった刃を機械皇帝の胴体に突き立てた。

 ここまで斬り殺してきた人造兵士たちの血が、そのまま力になった。

 防ぐことも躱すこともさせず、金属を貫き、内部に刃は貫通する。


「……言っただろう、役目は俺が引き受けると」


 何度やっても、この感覚に慣れるということはない。

 人を殺すという感覚。

 今日だけで相当の数を経験してしまったが、それでも。


 だが、これでシルフィに親友殺しの役目をやらせずに済んだ。


『……流石だな。流石は、私とシルフィで造り上げた勇者(ジョージ)だ』


 吸血剣が胴体を貫通したことで、外骨格の内部を満たす保存液が押し出される。

 既にヒビの入っていた頭部の強化プラスチックが割れていく。

 人間の寿命を超えた彼女の素顔が外気に触れる。


「ありがとう、ジョン……これで、自由に……」


 スピーカーではなく、彼女の声帯が揺れ、言葉が紡がれる。

 そして、彼女の右手が俺の頬に触れた。

 ……金属の冷たさが、肌に刺さる。


「しかし、これがサングイスか……これがジョージを……」


 自らの腹部に突き立てられた刃を見つめ、溜め息を吐くアガサ。

 その口元から白い吐息が零れてくる。

 ……全てが、彼女が人間であることの証明だった。


「アガサ――」


 死に行く彼女に、何か言葉を掛けるべきだと思った。

 そう思ったのだけれど、俺には何の言葉も思いつかなくて。


 こことは違う世界から連れてこられ、役割を担わされ、その中で出会った恋人を失い、彼の蘇生を望みながら国家を作り、やがてその国家のために用意した統治システムに呑み込まれていった女。


 彼女の成してきたことの果てに、俺は生まれた。

 彼女の知らぬところで、彼女とシルフィの技術を用いて。


 そんな俺が、今の彼女に掛けるべき言葉なんて、何もないような気がして。

 加速思考まで発動してしまったというのに、俺は、何も言えなかった。


「っ……優しいんだな、そんなところまで、あいつそっくりだ」


 時を進めた先、俺の表情を見たアガサは静かにそう呟く。

 俺は、ジョージに似ていると。


「……だから君は、シルフィを助けてくれたんだね」


 アガサの瞳が、俺を見つめていた。俺を見つめ、柔らかに微笑んでいた。


「……気に病むな、私のことも、彼らのことも」


 そう呟き、俺が斬り殺した人造兵士を見つめるアガサ。


「……これはすべて私の罪だ。だから私が連れていく」

「いや、俺は、俺が殺したんだ。彼らは、俺と同じ、人間だった」


 こちらの言葉にフッと彼女は笑う。

 その口元から静かに血液が零れ落ちる。

 内臓から逆流した血液だろう。もう、あとは時間の問題だった。


「……そう、かもしれん。彼らも君も同じように人間だと。

 それでもだ、ジョン。君はシルフィを助けた、自分の意志で。

 だが、彼らにはそもそも意志が与えられていない」


 自分の意志で、シルフィを助けた……この俺が。

 確かに俺は最初、縛られている彼女を見て、殺してはいけないと判断した。

 司令からの命令に背いた。あれが全ての始まりだったんだ。

 ――ここまでの旅路は、あの瞬間に始まった。


「そう簡単に割り切れぬかもしれない。だけどな、ジョン。

 その一点だけで君と彼らは違うものだ。

 君には、私とシルフィが造った霊魂が宿っている。彼らは肉体だけだ」


 死に行くアガサが、自分に気を遣ってくれていることが分かる。

 ……人造兵士たちを、彼女自身を殺したこと。

 そのことを気に病むなと、罪悪感を和らげようとしてくれているのだ。


 自らの命を手放す、最後の一瞬まで、俺なんかのことを。


「……アガサさん、俺は、」


 何も言葉にできなかった。

 それでも彼女は俺の言葉を聞いて静かに微笑んでいた。


「優しい子だ、私なんかのために泣くんじゃない……」


 言われてから気づく。自分の頬を伝う感覚に。

 そして、彼女の指先がそれに触れて――


「――君みたいな子が、こんなものを持っているとロクなことにならない」


 最期の力で、彼女は自らの腹部に突き立てられたサングイスを叩き折った。

 吸血剣と引き換えに、腕の外骨格もズタズタに破損する。

 ……中身が無事であるはずもない。強烈な痛みが走ったはずだ。


「……シルフィのこと、頼む。あの娘はああ見えて寂しがり屋でね」


 500年前の仲間たち、その中で一番小さかった彼女を置いて逝くこと。

 それだけが心残りだとアガサは口にする。

 途切れ途切れの言葉で、最後の想いを紡いだ。


「ああ、必ず……シルフィのことは、俺が……!」


 こちらの言葉に頷くアガサ。


「……さよなら、ジョン、シルフィ」

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