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「技術屋同士、魔術師同士、死力を尽くして、全てをぶつけ合おうじゃないか」

 ――アガサは既に変わり果てているものだとばかり思い込んでいた。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。

 彼女自身はまだ変わり果ててなどいなかったのだ。

 自らの造ったシステムに囚われ、逃れることができなくなっているだけで。


 ……私はまた、同じ轍を踏んだことになる。

 オークの国で生まれた復権派による混乱、私はあの芽を摘める立場に居た。

 けれど実際にはそれができなくて、あの結果を招いたのだ。


 ……もし、私がまだアガサの元に居たら。

 一度去ったとしても、少しでも顔を出していたら。

 14年戦争の調停よりももっと前に、機械帝国の内情を調べていたら。


 こんな、こんな結果にはならなかったのかもしれない。


『やはり君が介錯人か、シルフィ――』

「……自分で腹も切れないくせに、よく言うよ。アガサ」

『ああ、そうだな……本当にすまないと思っている』


 ――あの外骨格、人間がその寿命を踏み越えるための生命維持装置。

 私は、アガサがあれに入っていくのを止められなかった。

 彼女を人間のまま生かし、死なせてやることができなかった。


「いや、謝るのは私だ。

 この国を造った義務を、貴女の友人としての義務を、果たしていなかった――」


 ――だから、今からその義務を果たす。


 まず、アガサを守るために展開された魔力障壁を破壊する。

 あれは構造的に正面からの魔力弾を受けることに長けているが、それ以外の方向からの圧力には弱い。


 重力を少し操作すれば、簡単に崩壊する。


『流石だな、シルフィ』


 そう呟いたアガサが両腕を構えた。

 ……いいや、アガサ自身の判断ではないのかもしれない。

 あの外骨格も彼女自身もネットワークの一部。

 それが私という外敵を前に、生存を望むゆえの、それだけの行動。


「アガサ――」

『何かな、シルフィ』

「……存分に抵抗しろ。システムに流されるんじゃなく、お前の意志で」


 こちらの言葉に彼女が息を呑むのが分かる。


『正気かい? 私に本気で戦えだなんて。もしそれで君を負かしてしまったら』

「フン、私はそのために力の全てを取り戻してきたんだ。

 技術屋同士、魔術師同士、死力を尽くして、全てをぶつけ合おうじゃないか」


 静かにこちらの言葉に頷くアガサ。

 瞬間、彼女の重力操作が襲い掛かってくる。


 ……結局、どうして異世界から来た彼女が、神官のように魔法を使えるんだろうかな。そこは分からずじまいだが、こうして魔術師としての彼女と戦うのならば思うことができる。ここから先、一切の遠慮はいらないと。


『ああ、流石だ。流石はエルフの巫女、魔王殺しの力だ――』


 彼女が放ってくる全ての魔法を退ける。

 重力を掛けられても、自分自身を強化することで対抗し――

 炎には水を、光には鏡を、水の弾丸は凍らせて落とす。

 あらゆる攻撃を防ぎ切ながら、最後に構えた光線銃を重力によって握り潰す。


『……ああ、これほどの力があって、どうして、どうしてあの時!』


 どうして魔王に勝てなかったのか。どうして、自爆術式を使ったのか。

 ……そんな怒りが籠められた拳を私は敢えて受け止めた。

 魔導甲冑、その兜で拳自体は防がれるが、それでも衝撃は届く。


 今の私なら、あんな術式を使うことはなかった。

 それでも思ってしまったんだ。

 エルフの国でそう望まれ、そう生まれてきたから、それが役目だと。


 ルドルフも、カルロスも、ジョージも、アガサも、そんな必要ないって言ってくれていたのにそれを信じることができなくて、粘ることができなくて、だから私が死ぬはずだったのに、私はジョージを身代わりにして……!


「分かっている。それでも私は――」


 あの日の後悔は、今でも魂に染みついている。

 ……ジョンが自分を殺したいはずだと思い込むほどに。

 だが、この後悔ゆえに、今、歩みを止めるのは同じことだ。

 自分を犠牲にしようとして、ジョージを失ったあの時と。


 私は、生きなければいけない。私が生きてアガサを終わらせてやらなければ。

 永遠の時を生きるエルフの私が、人間の摂理を踏み越えた友を終わらせる。

 それが役割なのだ。解放を望む彼女に対して私ができる役目。


『……そうだ、それでいい』


 虚肢ではない。自らの拳を叩き込んだ。

 アガサを守る外骨格、その顔面に。

 可動部が破損して、金属が剥がれ落ちる。


 ――私は、400年ぶりに彼女の顔を見た。

 保存液に浸され、虚空を見つめる彼女の顔を。

 見る限りでは目立った劣化はないが、それでもやはり異常だ。


「400年前、私はお前を止めなきゃいけなかったんだ。

 人間でなくなろうとするお前を、止めなければ。だから――」


 アガサと拳を交わす。およそ魔術師同士とは思えない原始的な戦い。

 機械帝国を生み出した私たちとは思えない、子供の喧嘩だ。

 だが、あらゆる魔法をぶつけ合った後に、残るのはこれだけだ。


 こちらの魔導甲冑には魔力が流れ、あちらの腕には光線剣が仕込まれているが、それさえも飾り程度の意味しか持たない。ただひたすらにどちらかが倒れるまで拳を叩き込み続ける。金属が軋み、歪んでいく中で。


『――ええい、どこまでも邪魔をするつもりか! これは私とシルフィの、ッ!』


 この場所、ジョンが生まれた研究室。そこに仕掛けられていた罠が発動する。

 いくつかの自動砲台が開かれ、こちらに無数の光線が放たれる。

 それ自体は大した問題じゃない。防御術式を走らせれば魔導甲冑で防げる。

 そこから重力操作で砲台を破壊することも容易い。


 だが、問題は、アガサの外骨格に仕掛けられた砲台が開いたこと。

 あれの設計は心得ている。

 胸部に仕掛けられた銃口からは、アガサ自身の魔力と機械による光線が組み合わさった異常な威力の攻撃が飛んでくるだろう。


「来なよ、アガサ。お前の全力で――!」

『……フン、後悔するなよ、シルフィ!』


 この機械魔術式は、アガサ自身がその気でなければ放てなかったかもしれない。

 私はその最後のブレーキを外させた。

 理由は簡単だ。これを防ぎ切って、次の瞬間に終わらせる。


 ――この愛しい戦いに、幕を引くのだ。


「っ、流石だな、アガサ……!!」


 魔導甲冑そのものに魔法をかける。

 防御力を高めながら、アガサの攻撃を受け止める。

 ――リタに用意してもらった逸品だが、これで終わってしまうだろう。

 それでも、直後に活路が生まれる。文字通り私は私の死力で、アガサを……っ!


「シルフィ――ッ!!」

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