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『ひと口食べればわっくわく♪ ワクワクあふれるわっくわくバーガー♪』

『ひと口食べればわっくわく♪ ワクワクあふれるわっくわくバーガー♪』


 ――交易都市アディンギル。

 ここは、人間の国では珍しく機械帝国との交易が盛んな都市だ。

 14年戦争よりも前から、帝国との交易を続けているらしい。


『ひと口食べればわっくわく♪ ワクワクあふれるわっくわくバーガー♪』


 帝国との交易により巨万の富を築いた都市なだけあって、最初に立ち寄った街とは何もかもが違う。詳しい記憶はないが情報として知っている機械帝国の景色に近いように感じる。


「なぁ、シルフィ」

「なんだ? やっぱりメガワックを頼むかい? わくわくは大きい方が良い」

「いや……俺はチーズワックで良いよ」


 アディンギルに入って数日。

 シルフィと朝食を食べに“わっくわくバーガー”に来ていた。

 情報としては知っている。帝国で最大の規模を誇るハンバーガーチェーンだ。


「たくさん食べないと大きくなれないぞ~」

「いや、俺の方がもうデカいし、今さら変わんねえよ」

「む……確かにそうだね。それで何か聞きたいことでも?」


 話の腰を折られたもんですっかり忘れていた。


「いや、さっきから流れてるこの奇怪な音楽はなんなんだ?

 “ひと口食べればわっくわく”って」

「ワクワクあふれるのさ。実際、食べればワクワクは溢れるぞ」


 シルフィは経験済みのようだな。ワックのハンバーガー。


「いや、ずっと同じテンポで歌ってるだろ? こんな場所で。疲れないのかなと」

「――ふふっ、お前、本気でそう思っているのか? ジョン」

「違うのか? あまりにも声と演奏が同じで人間離れしてるとは思っていたが」


 俺の言葉を聞いたシルフィがくすくすと笑っている。


「どうやらお前は録音という技術を教えられていないようだな」

「録音? ああ……音を記録するという諜報活動については少々」

「別に諜報に使うだけが能じゃないさ。こういう使い方もできるんだ」


 ふむ……盗み聞ぎして証拠を残すだけではないということか。


「じゃあ、奇怪な歌声は別の場所で録られたものが再生され続けていると」

「そういうことだな。たぶん録られたのは機械帝国だろう」


 なるほど……ひと口食べればわっくわくと。

 妙に頭に残る音楽だ。こういうので印象に残すんだろうな。


「おまたせしました。メガワックとチーズワックです。ごゆっくりどうぞ~」


 持ってきてくれた店員は、迷わずメガワックを俺に、チーズワックをシルフィの方に置いて去っていった。


「……教育が必要だな」

「やめとけやめとけ。そりゃ誰だってこう思うよ」

「うむ……格安店で怒るのも、こちらの行儀が悪いか」


 細身で小柄なエルフの少女と俺を見比べれば誰だって俺がメガワックを食うと思うのは仕方のないことだ。これでも帝国軍人として仕込まれている程度には筋肉質だしな、俺の身体は。


「――おっと、悪いな。ジョン」

「いや、食ってワクワクになろうぜ?」


 スッとメガワックセットとチーズワックセットを取り換える。

 熱々のポテトが旨い。


「このブラックソーダってのが良い味出してるよな」

「ああ、いつ飲んでも同じ甘さというのはそれだけで芸術的だ」

「……そういえばシルフィ」


 メガワックの包みを解いて口に運ぼうとしているのを見ていると、本当に大きいな。メガワックバーガーは。シルフィの顔くらいあるぞ。


「むぐ……なんだ? ジョン」

「――いや、うちの司令が言っていたことなんだが、エルフってのは自然派だと言うじゃないか。だから体内ナノマシンに反対していると」


 いや、そもそもこの話自体が全くのデタラメだったんだろうか。


「そういう考えを持つ者が多いのは事実だ。

 もっともエルフが他種族の話に首を突っ込むことは稀だけどね。私くらいで」

「そんなエルフの君としては、わっくわくバーガーみたいのは良いのかい?」


 この安定された味、なにかは知らないが、前に食べたサンドイッチとは別物だと分かる。何かで均整化されているなと直感的に理解できるのだ。


「化学調味料、保存料、着色料、まぁ、様々なものをバリバリに使っている食品だからな。言いたいことは分かるよ」


 そう言いながら、もぐもぐとメガワックを食べ進めるシルフィ。

 表情は満面の笑みで、本当においしそうだ。

 俺のチーズワックとは全くの別物なんじゃないかと思ってしまう。


「――だがな、ジョン。エルフ、ドワーフ、人間、全ての歴史は支配の歴史だ」

「どういうことだ……?」

「我々人族は、自然を支配することでその生活を安定させてきた」


 自然を支配すること、か。


「例えばジョン。知らぬ自然の動植物を食べることにどんな危険があると思う?」

「そもそも食って安全なのか分からないとかか?」

「そうだ。でも、それを食って死んだ奴がいたから、食べられないと分かる」


 ――人々が語り伝えてきたものとは、そういう経験則の塊だ。

 そんなシルフィの言葉が重く響いてくる。


「そして未知への危険と同時に、時間の話もある。

 動物に対する狩り、植物に対する採集はどちらも時間が掛かるし、不安定だ。

 それを短縮・安定化させるため、人族は家畜を飼い、農業を始めた」


 ニヒルな笑みを浮かべながら更にメガワックを食べ進めるシルフィ。

 あんなに頬張っているのにまだまだ残っている。


「自然を支配する人族の歴史とはこれだ。

 自然派などと言っても、本当に自然を加工していない人族など存在しない。

 当然、私たちエルフも例外ではない――」


 ……なるほど。

 確かに畜産や農業が自然の加工、自然への支配と考えれば理屈は通る。

 自然を支配して人間がより良い明日を迎えること。それこそが人の営みだ。


「つまりこのハンバーガーというのは、人間の歴史の結晶というわけだよ。

 自然支配の究極形と言っても良い。どこでも同じ味が食べられるのだから」


 ふむ。そう聞くと、この何気ないチーズワックもとんでもないものを食べている気になってくるな。


「だが、この化学調味料が人体に毒だったらどうする?」

「――その時は、私自身も歴史の礎になるだけさ。

 食べられないものを食べて死んでいった、偉大な先駆者たちと同じようにな」


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