「この少女がテロ首謀者だという確証がない限り、殺すことはできない」
「――罠が仕掛けてある。どうやら敵の警戒線にまで到着したらしい」
了解した、勇者よ。
事前に伝えた通り陽動部隊が動くまではそこで待機してくれ。
それと、私との通信に発声は必要ないぞ。
“思考通信”についてのレクチャーを忘れたのかね?
(……そうだったな。目覚め立てで調子が戻っていないようだ)
いや、その割によくできているじゃないか。
くれぐれも忘れるな、敵はエルフだ。
あの長い耳はどんな些細な音も逃がさないだろう。
(ああ、分かっているさ。しかし、あの温厚なエルフがテロとは)
奴らは、私たち機械帝国が導入を進める体内ナノマシンが気に入らないのだ。
神が生み出した自然なる人体への冒涜だと声明を出している。
皇帝も狙われた。忘れるな、勇者よ。君が失敗すれば、陛下の命が危ない。
(敵の首領・シルフィーナは皇帝暗殺を企てている、だったな?)
そうだ。だから我々は報復行動に出ている。
しかしここは領土としては“エルフの国”だ。
だから一切の証拠を残してはいけない。
(……それでエルフの村を焼くというわけか。気が進まんな)
ああ、村と言ってもテロリストに占領された村だ。
女子供は殆どいない。首領の“魔女シルフ”を除いては。
(ッ――村の向こうが明るくなった。始まったのか、司令?)
うむ。たった今、陽動部隊からの通信が入った。
作戦開始だ、トラップに気を付けて進め。君の目的は、魔女シルフだけだ。
なるべく敵には見つからないように行動しろ。
(ああ、心得ている)
――流石の手際だな、よくこれだけのトラップを突破した。
(所詮は人間の仕掛けたものだ。予測は立てられる。
いや、敵は人間ではないが、どちらにせよ同じようなものだ)
思惑を読めば仕掛けが分かるということか。その感覚を大事にすることだ。
――さて、勇者よ。眼前に見える建物がテロ集団の根城だ。
おそらく首領もこの中にいるだろう。
陽動部隊のおかげで敵の大半は出払っているが、ゼロではあるまい。
(戦闘は避けられないということだな?)
ああ、もう一度武器の説明をしておこう。
君が持っている拳銃についてだ。
(……光線銃と聞いているが)
そうだ。機械帝国でも最新鋭の光線技術を導入した銃剣だ。
これを装備しているのは、帝国でもまだ君と陽動部隊しかいない。
(銃剣なのか? その割に見た目は普通の拳銃にしか見えないぞ)
ああ。既存の銃剣、ライフル銃の先端にナイフを装備するものとは違う。
フロントサイトとリアサイトの間、銃身に溝があるだろう?
そこからビームブレードを出せる。
(……ビーム、ブレード?)
そうだ。光線銃のような一瞬の射出ではなく、剣としての安定性を持った運用が可能ということだ。
――剣と銃の統合、それこそがこの“光線銃剣・インテグレイト”の特性だ。
(なるほど。しかし全てが光線というのも確実性に欠けるんじゃないか?
バッテリーが切れたらおしまいってことだろう?)
ああ、そういうことになる。
急場の作戦だったからな、カートリッジの予備もない。
しかし、この作戦中に切れることはないだろう。我が帝国の技術を信じろ。
(ふん、調子の良い話だ――)
そう言うな、君の不安は現実にはならないさ。勇者よ。
さぁ、建物に潜入するのだ。細心の注意を払え。
(……随分と人気がないな。陽動部隊が役割を果たしてくれているということか)
……ああ、結局のところ、この建物にいる敵は、この部屋だけのようだな。
何かに手間取っているようだが、ここら辺で情報を得るのも良いかもしれない。
今のところ、首領らしき人物も確認できていないのだから。
(――そうだな、敵はエルフが3人。
そして縛られている子供が1人……いったいあれは誰だと思う?)
分からん。敵はエルフのテロ集団だ、人身売買をしている可能性もある。
(思想犯が人身売買か? 矛盾しているように思うが)
異常者どもに常識は通用しないよ。戦いの理由を欲しているだけかもしれん。
さて、情報を聞き出すためには敵を殺さずに捕える必要がある。
そのためには、インテグレイトを非殺傷に設定するんだ。
(光線の出力を抑えることができる、だったな)
そうだ。銃の場合には全身を麻痺させる程度の出力の弾丸になる。
剣の場合は、生体とそうでないものを自動判断し切断の有無を判断する。
身体が麻痺して動けなくなる程度の威力というのは、銃と同じだな。
(なるほど、よくできた兵器だ。誤作動する可能性は?)
――3人いて3人とも死ぬことはない。存分にやれ。
そして、君自身に与えられた力を忘れるな。
(……“加速思考”か)
そうだ。君がどれだけの時間をかけて思考を重ねたとしても現実世界では1秒も経過しない。君の脳はそれだけの拡張を受けているというわけだ。
極限状況の中で思考を尽くし、最適解を選んでくれ。勇者よ。
だが、同時に忘れるな。あくまで加速思考は思考の時間を無限大にするだけ。
いくら考えても解決策がない時もある。
時には思考を切り上げ、現実を受け入れることも必要になるだろう。
(――了解した、肝に銘じておくよ。司令)
うむ。では、まず1人をインテグレイトで狙撃するんだ。
そこからの反撃は必ずあるが、加速思考で予兆を捉えれば、適切に対処することができるはずだ。
(分かった――仕掛けるぞ!)
部屋の中に突入、同時に1人に光線銃を命中させたか。
よし、思考を加速させろ。敵の動きを読むんだ。
(――2人ともナイフを抜いてくる。
1人は銃撃で間に合うだろうが、もう1人には近づかれる、防ぎきれない!)
ならば1人を撃ち抜き、インテグレイトのビームブレードを起動しろ。
ブレードならば銃撃のように狙いを定める必要なく、直感的な防御ができる。
しかし実体剣ではないから、ナイフを受け止めることはできない。
ナイフよりも先に身体へブレードを接触させろ、それで意識が奪える。
(……了解した、思ったとおりにやれると良いが)
大丈夫、君は勇者だ。必ずやれる。それだけの力がある。
――ほら、言った通りだったろう?
思い描いたことを実行するだけの身体能力が君にはあるんだ。
(……ああ、そのようだな。ありがとう、司令)
気にすることはない。これが仕事だからな。
しかし、誰から情報を聞き出す? 3人とも綺麗に意識を失っているぞ。
好きな奴を選べ。あるいは縛られている子供を解放してやるのも悪くない。
(……そうだな、まずはエルフの子供を起こそう。
テロの構成員に話を聞くより、嘘のない情報が手に入る)
良い判断――いや、待て、勇者よ。
(なんだ? この少女、汗が酷い。早く起こしてやらないと身体に危険が)
――そいつだ。
(何が?)
――その縛られた子供が、目標のシルフィーナ・ブルームマリンだ。
魔女シルフと恐れられる彼女がなぜ……。
「ッ?! 冗談だろ、ただのエルフの子供だぞ、司令!」
500歳を越えるエルフと聞いていたから、姿が幼いというのは知らなかった。
だが、他のエルフとは違う髪の色、水色の髪。
間違いない。シルフィーナだ。彼女はエルフの神に力を与えられているんだ。
「じゃあ、なんで縛られているんだ? こいつらの首領じゃなかったのか」
縛られていた理由は分からない。何かしらの仲間割れがあったのかもしれん。
とにかくだ、目が覚める前にトドメを刺せ。
インテグレイトの非殺傷設定を解除しろ。そして引き金を引くんだ!
「……本気で言っているのか?
もし違ったら? この子が魔女シルフじゃなかったらどうする?」
いいや、この少女が魔女シルフだ。
こいつを生かしておけば皇帝の身が危ない。
帝国軍人としての務めを果たせ、勇者よ。
「――ッ、その命令は承服しかねる。
この少女がテロ首謀者だという確証がない限り、殺すことはできない」