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薄汚れた裸身に、浮いた肋骨が微かに浮き沈みしているのを確認して、あの時に感じた安堵と怒りを忘れはしまい。どれ程ボロボロになっても息を呑むほどに美しいアメジストの瞳と、輝くような散らばる銀髪は、永遠に失われたはずだった遠い日の憧憬そのもので。
私は既にその頃からパートナーとは反りが合わなくて単独行動を繰り返していたが、この時ほどそんな自分の偏屈に感謝したことはない。私の推測が正しければ、フェリックスは貴族の中で最も命を狙われている存在のはずだった。
この世の魔術師が使う魔法は、基本的に西洋の古式魔術を発展させた現代魔法である。風火水土の四元素に、光を加えた五属性を根幹とし、実際には異端とされる闇魔法が存在するが今は割愛する。魔法に属性付けが成されたことによって汎用性の高まった現代魔法だが、世に言う無属性の系統外魔法は時代を追うごとに、名家や派閥が門外不出などの悪しき風習で縛り始めて徐々に失われつつある。
そんな中でも、フェリックスの生まれたロレーヌ家は、記憶と精神とに干渉できる古式魔術の唯一の使い手で、そもそも一族の者以外に適正者がいないために広められなかった幻の魔術を持って生まれる『奇跡の血』と呼ばれた大貴族だった。それが、ある日突然に一族が皆殺しにされると言う、前代未聞の凄惨な事件が勃発し、貴族界を震撼させた。
どうして彼らが抹殺されたのか、様々な憶測が飛び交ったが、真実は闇のまま。似たような事件が起こる事もなく、世間は一族の事を少しずつ忘れていったが、私があの日の事を忘れた瞬間は一度としてない。ロレーヌ家の血を受け継ぐ証である銀髪とアメジストの瞳を、咄嗟に金髪とブルーの瞳に幻影魔法で変えたのは正しい判断だったと今でも思う。
特課は様々な能力を持つ者の寄せ集めで、その中でも私は医師・薬師として所属する、ある意味異端な存在であった。人間を見下している貴族達は、医師がいなければ生きていけないクセに、人間の技術を多用する医師達を忌み嫌っていた。
私は運良くと言うべきか、弱小貴族の出でありながら大貴族であるドルレアック師の傘下にあったため、敬遠されながらも一定の地位を獲得できたが、普通はそうもいかない。幼い頃は、光と水属性である癒しの魔術に適性を持ってしまった事に運命を呪ったものだが、この瞬間のためにそう生まれたのだと運命論を信じたくなるような幸運だった。