08
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「サミュエル?」
言葉も少なく(いつも少ないけど)歩いている彼に声を掛ければ、ゆるりと思考の淵から浮かび上がって、揺れていた視線が俺に焦点を結ぶ。
「どうした」
「……ごめん、何でもない」
「またか」
お前と言うやつは、と呆れたように苦笑する顔に、さっきまでの重苦しさがないことを確認してほっとする。この人に、悲しい顔をさせたくないと、思う。
普段は憎まれ口ばかり叩いているこの人が、俺のことをひどく大事にしてくれているのを知っている……その理由が、俺自身にないことさえも。それでもこの人が、俺の命の恩人である事は変わらないし、家族のいない俺にとってそれに等しい存在である事には変わらない。彼にとっては間違いなく、戸籍的にも感情的にも『他人』なのだろうけれど。
母さんのことも父さんのことも『記憶』としては残っているけれど、会って話したことはない。母さんの手の温もりも、父さんの声も、何を思ってこの名前をつけてくれたのかすら知らない。それでも、この人に救い出された日の事は、昨日の事のように憶えている。
俺は孤児院で育って、そこでの生活はとても幸せなものだったと記憶している。とにかくそこの院長は人が良くて、人が良過ぎて悪い人達に騙されたという、良くある話だ。孤児院の土地も、そこの孤児も、等しく売り払われた。
この世界には、魔法を使えない『人間』と、魔法を使える『貴族』という二つの種族が存在する。表向きには人間を不当に扱ったり、差別したりする事は法律で禁じられていて、力を誇示するためなどの理由で魔法を使用する事も厳しく規制されているが、そんなものはあくまで表向きの話だ。
現実には人身売買、臓器売買、数えればキリのない人間相手の暴力と犯罪が日々繰り返されていて、それを取り締まるのが俺たちケルベロスの仕事でもある。俺はかつて、そんな『良くある』奴隷取引に掛けられた。俺は銀髪で紫の瞳だからという理由で、高値で取り引きするオークションのために『保管』されていた。髪や瞳の色が特殊なものは、貴族生まれが多いからというのもあった。基本的には貴族が母体になって運営しているため、人間を扱う事しか出来ないから、俺という存在は目玉だったのだろう。
貴族生まれ、ということはもちろん魔法を使えるので、弱らせておくために魔力制御の首輪を付けられて、食事も与えられずに繋がれていた。魔法使いはちょっとやそっとの事では死にはしないと、奴隷商人は知っていてやったのだろうけど、保護された時にはまともな思考も保てていなかった。
吐息が凍りつくほどに、冷たい冬の日だった。手足の感覚なんて当たり前のようになくて、死の訪れる瞬間だけを、空虚な喜びと共に待つだけの時間で。重く力を奪う枷が外れて、ぼんやりと浮上した意識の中で、ただ優しい温もりと泣きそうに震えた声を覚えている。
『ずっと、君を探していた……』
それだけが俺の真実で、その瞬間からサミュエルだけが、俺の世界の全てになった。
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最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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