07
ジャン・ドルレアック
ケルベロスの現局長にして、残念ながら私の師匠だ。私が着けている蜘蛛を象ったピンは、この人の派閥に属していることを示していて、元々は彼の家紋をデフォルメしたデザインなのだとか。ケルベロス内部だけでも、このピンを着けている者は多い。
彼のことを、偉大な魔法使いとして尊敬はしている。だが、好きかどうか問われれば、顔が引攣らざるを得ない。それは多分にこの人に責任がある、と抗弁したい。ただ、良いように雑用を押し付けたり、地味な嫌がらせをしたり、幼い頃の黒歴史を毎日のように耳元で囁かれたりしたら、誰だって嫌いになると言っても信じて貰えた試しがない。
この人は外面が本当によくて、高潔で聡明な魔法の番人と認識されているが、私にとってはただの迷惑な因業じじいである。そんな彼も、フェリックスの天真爛漫さには絆されていると見え、類い稀な才能もあいまって隙あらば自分の門下に引き抜こうと画策している。
「局長、本題を」
淡々と促せば、じっとりと湿度のこもった視線を投げられるが、鉄の意志で無反応を貫く。
「せっかちな男は嫌われるぞ、サミュエル。まあ良い。昨日検挙された奴隷取引組織の話は承知しているな」
我々は頷いた。何ヶ月もケルベロスで追っていた組織である。
「彼らの隠れ家の一つと思しき場所が発見された。普通のアパルトマンの一室だが、重要な証拠が残されている可能性がある。彼らの手によって消される前に、それらを回収して来てくれ」
……どうにもキナ臭い依頼だった。普段の仕事と比べて『簡単すぎる』のだ。対象の本拠地に単独で突撃せよとか、工作員に成りすまして情報収集して来いとか、大規模に展開された街一つ破壊できる攻撃魔法が完成する前に元を叩けとか。いつもはそんな無茶振りばかりしてくるくせに、敵がいない可能性の方が高い空き家で、それこそ下っ端構成員でもできるような家探しをして来いとは。
「局長」
「君達だけで、回収して来るように。分かったな」
「っ、はい」
有無を言わせない口調と視線に、反射的に姿勢を正して返答する。
「行きたまえ」
促されて部屋を出れば、どっと疲労感が襲って来た。
「ドルレアック師は、相変わらず仕事モード怖いよねえ」
声を潜めもせずに堂々と言い放つフェリックスに、呆れた視線を送っておく。あの人相手に、ここまでのんびりとした態度でいられるのはこの男くらいのものである。
「行くぞ」
「はぁい」
間延びした返事と共に、フェリックスは端末に地図を展開させた。目的地は『人間』の居住エリアにあるようだ。まあ、貴族エリアで堂々と犯罪行為を行えるものなど、そうは居まい。今回の案件のことを思い、チラリと彼の横顔に視線を走らせるが、いつものポヤポヤとした表情をしていて何を考えているのか分からない。それでも、この男の生い立ちを思い出し、胸に鈍痛が走る。悟られないよう、そっと心臓の上を握り締めて。
今日も私は、私の罪と共にある。
*
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
お気に召して頂けましたらブクマ・評価★★★★★応援お願いします。