06
ケルベロスの悪しき風習(そう思っているのは私だけらしいのだが)として『パートナー制度』というものがある。もちろん妻帯者は対象外だが、パートナーと公私の生活を共にすることによって互いを深く知り、背中を預け合えるような信頼を築く。お互いの足りないところをパートナー同士で補う事によって、捜査の効率を上げるというものだが、私に言わせれば余計なお世話でしかない。不足な点は、不足で結構。他人が近過ぎる距離にいると、かえって集中できずに能率が下がる。そんな考えが根底にあるから、フェリックスとパートナーを組むまでは、パートナー関係が長く続いた試しがなかった。
ただ、フェリックスとパートナーを組み出してから、気付けば数年の年月が経っている。それでも我々の腕には、正式なパートナー契約を示す濃青色の腕章が未だについていない。フェリックスに押し切られる形で始まった臨時パートナー関係だったが、我々はずっとそこ止まりだ。自分から言い出すのも何となく癪で黙ってはいるが、彼が何も言ってこないため、そのままになっている。
「……行くぞ」
また思考の淵に落ちて行く前にと促せば、嬉しそうに後ろを付いて来る。その距離感にもはや慣れ切っている事実を、なるべく考えないようにしている。
我々の住んでいる宿舎から、目と鼻の先にケルベロスの本部はある。一歩足を踏み入れれば、毎日の事だと言うのに空気が騒つく。
『マルジェリの犬だ……』
『昨夜の一斉検挙、あの二人が陣頭指揮だろ』
『ド・マルジェリの取り調べとか、いっそ犯人が哀れだよな』
『って言うか、珍しく朝早くね』
『どうせまた局長だろ。お気に入りだし』
『しーっ、聞こえるぞ』
既に聞こえておるわ、馬鹿め。相変わらず好き勝手に言ってくれるヤツらに、もはや溜め息すら出ない。それよりも『犬』呼ばわりされて、逆にどことなく嬉しそうな顔をする、このポヤポヤ頭を一発殴りたい。足早に局長室へと向かい、腹立ち紛れに荒いノックをする。
「サミュエル・ド・マルジェリです。命に従い、参上しました」
「入りなさい」
ドアを開ければロマンスグレーの紳士……もとい、性格の悪い古狸が、想像通りの意味深な笑みを浮かべて座っていた。因みに意味深なだけで、特に意味はない。
「おはよう、サミュエル。フェリックスも、よく来てくれたね」
「……おはようございます、局長」
「師匠とは呼んでくれないのかね」
「公私の区別はつけるべきだと思いますが、局長」
「はぁ……相変わらず可愛げの欠片もない。本当、フェリックスが弟子だったら良かったのに」
「俺はシモン師匠一筋ですから。ドルレアック師のことは、もちろん大好きですけど」
「まあ、あの人が相手なら勝てる気はしないがね」
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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