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魔法都市・キュアノス
大陸有数の実力を持つ魔法使いが集うこの大都市では、他の都市によく見られる『学校』というシステムが存在しない。ただでさえ少ない魔法使いを、同じレベルで一斉に学ばせるのは逆に効率が悪いということで、基本的に師弟制度がとられている。
師匠にも人気不人気があり、人気の師匠には弟子入りするのも大変だが、この男は西洋古式魔術の大家とも呼ばれる高名な魔術師に見初められ、養子にされるほど溺愛されている魔術の申し子なのである。
本人は絵を描くこと以外には特に興味もないのに、様々な機関から引く手数多であるらしく、どうして労働環境の悪いケルベロスに居続けるのか、誰もが不思議に思っている。まあ、特課にいる者ならば誰もが知っていることなのだが……
「サミュエル」
名前を呼ばれ、反射的に手を差し出す。長年の習慣で自然と繋がれた手から、柔らかな魔力が流れ込んでくる。
感覚共有。彼以外の魔法使いには到底真似の出来ない、とんでもなく高度な古式魔術なのだが、彼はこれがなければまともに生活する事ができない。
この男、フェリックス・ロレーヌは全色盲だった。赤色色盲とか、青色色盲とか、何か一つの色だけが見えないと言うのはまだ一般的な話だろうが、全色盲は話が違う。全ての色が見えないと言うのは、いったいどんな世界なのか、知っている者は少ないだろう。
ただ、色が見えないことによって、彼が苦労しているところに出くわした記憶はない。何せ、本当に色が見えていないのかと疑うくらい、正確な色彩の絵を描く男だ。どちらかと言えば、彼が苦しんでいるのは太陽光の強さと視力の弱さだった。大陸の弱い太陽光でも、突き刺すように眼が痛むほど光に過敏で、視力も殆ど何も見えていないレベルで悪い。だから普段はそれらのハンデに対応できるような、特殊な加工をした眼鏡をかけなければ生活できないのだが、この馬鹿はそんな自分の生命線をよく壊す。
だから、こうして私と『感覚共有』をしなければ、一歩も外に出ることができない。もちろん、共有する感覚は視覚だけだし、私からフェリックスに受け渡すだけの一方通行でしかない。色のない世界に興味はないのか、と訊かれたことはあるが、他人の領域に足を踏み入れることはそもそも私の好むところではない。それを言えば、そもそもこうして他人と生活することさえ、従来の私を考えれば有り得ないことではある。