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我に返った俺は、自分が震えている事を自覚していた。
そうだったのか。そう、だったのか……
全てを置いて駆け出す。ちょうど記憶の中の母さんと、ディアナと同じように紙片を胸に抱いて、宿舎への道をただ駆け抜ける。階段を一足飛びに上がって、慣れた廊下を進む。音を立てて部屋のドアを開けるが、いない。今の時間なら、まだケルベロスの本部にいるかもしれない。いてもたってもいられずに、もう一度来た道を駆け抜ける。はやく、はやく。
気持ちが零れて、息が出来なくなる前に、貴方に会いたい。
エントランスに飛び込めば、ギョッとしたような顔で誰もが振り返るけれど知ったことか。階段を駆け上がれば、ちょうど局長室からサミュエルが出てくるところだった。
「っ、フェリックス……一体どうし、っ!」
「お願い……名前を、俺の名前を呼んで」
ぎゅうぎゅうと、子供の頃に戻ったように抱き着きながら、いつの間にか彼の身長を越えてしまっていた事に気付く。サミュエルは戸惑いながらも、あやすようにポンポンと俺の頭を撫でた。
「フェリックス」
「……うん」
「どうかしたか」
「『薬草大全』の、記憶を見たんだ」
「……そうか」
サミュエルは、それだけで何があったかを察したようで黙り込んだ。
「貴方だったんだ。俺に名前をくれたの」
「子供の頃の話だ」
「あんなに素敵な意味があったなんて、知らなかった」
「お前はもっと、古式魔術の言語を勉強しろ」
照れ隠しのようにデコピンをされて、だらしなく顔が緩むのを自分でも感じる。
「俺、天涯孤独の身じゃなかったんだ」
「お前には、クレメール師がいるだろう」
「でも、じーちゃんとは血が繋がってるわけじゃない」
「私とも血が繋がっているわけではない」
「でも、名付け親だよ」
「……仕方のない奴だ。そもそも、お前が私を独りにしないと言ったのだろう。自分の言葉には、最後まで責任を持て」
早口でそう言われた言葉と、差し出されたものに目を見開いた。
「うそ……これ、本当に?」
それは、ずっとずっと憧れていた、正式なパートナー関係を示す濃青色の腕章だった。
「不要なら」
「いりますっ!いります、いりますっ!」
必死になってひったくり、いそいそと腕章を着ける俺に、サミュエルがくつくつと喉奥で笑う。からかわれたのだと気付いたが、そんな事はどうでも良くなるくらいに嬉しかった。
ようやくこの人に認められた。この人のパートナーだと、胸を張って言えるこの日を、待っていた。
「サミュエルのも、付けていい?」
「いきなり破いたりするなよ」
「しないよ、そんなこと……はい、できた」
たった一枚の布切れ。ほんの小さな違いなのに、ピンと背筋が伸びる気がした。
「どうかな」
「なかなか、似合っているぞ」
「サミュエルもね」
顔を見合わせて笑い合う。明日も明後日も、その先もずっと、こんな風に歩いていけるだろうと確信があった。他の誰にも務まらない。互いの代わりなんて、どこにもいない。
「これからもよろしくね、相棒」
「生意気な奴だ……仕方ないから、よろしくされてやる」
こつりと、慣れない仕草でぶつけ合った拳は、どこまでも不器用で。
そして、どこまでも俺達らしい、始まりの日だった。
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