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見慣れた銀の薔薇園の中で、少年が一人で座っている。俺はこの少年を知っている。何度も何度も記憶の中で母が呼ぶ、彼の名は
「サミュエルーっ!」
「ディアナ」
少年は読んでいた本から顔を上げ、酷く大切なものを呼ぶ声でその名を呼んだ。元気良く駆け寄って来た少女は、慣れた仕草で少年……サミュエルの隣に腰を下ろした。
「また難しい本?……『薬草大全』って、それ面白いの?」
「僕にとってはな」
「本ばかり読んでると、もやしになるのよ」
「全くもって非科学的だな」
「ものの例えよ、お馬鹿さん」
つん、と額を突かれて、少年が赤くなりながらモゴモゴと抗議する。彼は照れ臭さを誤魔化すかのように再び分厚い本へと視線を落とす。少女は気持ち良さそうに芝生に寝そべって、柔らかな陽射しを浴びながら、穏やかな二人きりの時間がゆっくりと流れて行く。
「ねぇ、サミュエル」
優しい静寂を、先程まで深く考え事をしていたディアナが破る。サミュエルは嫌な予感がして眉を跳ね上げた。こう言う神妙な顔をしている時のディアナはロクな事を言い出さないと言うのは、身を以て知っていた。
「子供に名前を付けるとしたら、どんな名前が良いかしら」
「………は?」
(子供?いや、まさか。まだ、そんな相手は居ないはず。いくら良家の子女とは言え、気が早すぎる……いや、将来?将来出来るとしたらの話をしてるのか?僕との……いや待て、僕は何を考えている?いや、そもそもなんで子供なんて話が出てくる?)
一瞬で頭の中をそんな言葉達が駆け巡り、赤くなったり青くなったりしているサミュエルに気付いたのか、流石にディアナも慌てて弁解する。
「あ、いや、ね!違うの!その、将来私が結婚して、子供が産まれたらどうなるんだろうって想像して。それで色々名前とか考え出したら、止まらなくなっちゃったのよ」
ディアナの言葉を聴いて、そういう事かとサミュエルは脱力した。相も変わらず発想が斜め上を行くと言うか、どうしてそこに至ったのか。
「ねぇ、何か案を出してよ」
「『ディアナ』が良い」
即答である。しかしディアナ本人はこの答えがお気に召さなかったらしく、むぅと口を尖らせた。
「ちょっと、サミュエル。真面目に考えて」
「……じゃあ、次点で『アルテミス』」
「却下、捻りがない。その上、男の子だった時どうするのよ」
何故こんな事を真面目に考えねばならないのかと疑問を禁じ得ないが、ここはディアナのためである。サミュエルは本腰を入れて彼女の納得しそうな名前を考え始めた。
「……Letitia……Felix」
ポツリと呟かれた音に、芝生に行儀悪く寝ていたディアナが飛び起きる。
「レティシア……フェリックス……素敵!どんな意味があるの?」
「ラテン語で『喜び』と『幸福』だ」
その生に喜びが、幸福が溢れるように、と
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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