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部屋に戻れば、フェリックスが珍しく起きていて、ボンヤリとこちらを見詰めていた。
オルゴールに入っていた、小さな金色の鍵。私は既に、何の鍵なのか知っていた。
「……お前のロケットを借りたい」
「貴方が俺の、大切な人なら」
ゆったりとした声で返ってきた言葉に、息が止まる。今更ながら胸を張って、そうだ、と確かに言えるのか。そうである、資格があるのか。分からない。
「……そうありたいと、願う」
正直に告げると、彼の持つ雰囲気がふっと和らいだ気がした。
「どうぞ」
あまりにもあっさりとロケットを明け渡すフェリックスに、呆然と受け取りながら、それが正しい答えだったのだろうかと首を捻る。手渡されたロケットは彼の体温で温かく、息づいているかのように感じられた。
アンティーク調の凝った装飾に隠れるようにして、やはり小さな鍵穴が存在した。二番目の金色の鍵を取り出し、鍵穴に充てがえば、ピタリとはまって呆気なくロケットは開いた。コロリと飛び出してきたものを慌てて受け止めれば、見覚えのあるそれは植物の種で。
「記憶の薔薇……」
リコレクション・ローズ
それは確かに、かつて私が彼に与えたものに違いなかった。昔から、植物を育てるのが上手い男だったから、私が持っていても仕方ないからお前が育てろと、いくつか種を押し付けた。それが今、彼の庭の中枢を彩っているものだ。
記憶の薔薇は、書いて字のごとくロレーヌ家の魔法と親和性が高い。だからこそ屋敷にはあれだけ咲き乱れているわけだが。記憶の薔薇は、自然とその場の光景を記録してしまうほどに外界の影響を受けやすい。例えそれが種の状態であったとしても。そもそもその記憶を読み取れるのがロレーヌの一族だけなので、知る者は皆無に等しいが。
手に持てば、その小さな種に膨大な魔力を感じた。それは確かに、長年親しんだフェリックスの魔力そのものだった。ここに、自身の記憶のバックアップを取っていたのか。
私は自分の部屋から、仕事柄よく利用する『薬草大全』を手に取って、リコレクション・ローズのページを開いた。そこには薔薇の種に眠る記憶を、開放する手立てが手書きで書き加えられていた。彼女が教えてくれた、その懐かしい言葉をそっと指先でなぞる。
フェリックスの眠る種を彼の手に握らせ、その上から包み込むように手を重ねて、ゆっくりと魔力と言葉を紡いでいく。
「……祈れ。目覚めよ。私は封じた者……解放せよ。芽吹け。栄えよ。私はまじなう者……その名において命ず。命あれ。咲け、蔓薔薇」
種が割れ、蔓が真っ直ぐに伸びてフェリックスに絡み付いていく。
咲き誇る大輪の薔薇。その花弁の隙間から、零れるように漆黒の鍵が落ちる。
『三つ目は、俺の一番大切なものを守る鍵』
ロケットに浮かんだ言葉に、そっとその鍵を手に握る。
主を傷つける事なく役目を終えた薔薇は、すぅと彼の身体に溶けるようにして消えた。
ゆっくりと息を吐き出す音と共に、伏せられた瞳が眠りの淵から目覚める。
「ただいま、サミュエル」
「……おかえり」
言ってやろうと思っていた言葉なんて、いくらでもあった。でも結局の所、言うべき言葉なんて、それだけしか残らなかった。
「真実を」
「後悔しないね?」
「ああ」
頷いた瞬間に、落ちて行く意識を感じた。




