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フェリックスが目覚めて、既に数日が経過していた。目覚めた彼は、やはり記憶を失っていて、私の関わる十三年どころかその手前の記憶ですら怪しくなっていた。記憶を失くした者から事情聴取などできるはずもないと捜査はあっさり打ち切られ、やはり茶番だったのかともはや怒りすらも湧かなかった。
フェリックスの眼は医務室の明かりでも浴び続けるのは良くないと言う理由から、すぐに元の自室に戻ることが許された。彼は記憶を失ってパニックを起こすこともなく、大抵は眠っているかボンヤリとするかで実に手の掛からない病人だった。
前と変わらないように見える安らかな寝顔を見詰めながら、もう幾日も眠っていなかった事に気付く。道理で頭が上手く働かない訳である。日中は今までのようにケルベロスの仕事を続けるサイクルに戻っていたが、格段に捜査効率が下がっているのは明らかだった。
魔力痕跡を辿るフェリックスの『眼』が無いというのも大きな理由の一つではあるが、彼が私にとってどれだけの精神的支柱であったのか思い知らされた。自分では難しく考えがちな場面も、彼がいればひどくシンプルな解を導けたし、ストレスを受けてもいつまでも引きずらずに済んだ。彼はとっくの昔に、紛れもなく、私のパートナーだった。
失ってから気付くなんて、そんなベタで笑えない結末を許すつもりはない。ただ、早く戻ってくれと、気持ちばかりが焦って、私は未だに『鍵』の謎を解けずにいた。恐らくあの箱を開ける鍵なのだろうが、それが何の箱なのか思い出せないまま。
眠る彼の手を取れば、幼子のような熱を持っていた。記憶を失ってから、彼は何かを護るかのように眠り続けていた。起きている時は、いつも着けていた古臭い銀鎖のロケットを握り締めてボンヤリと壁を眺めていた。
今まで気にしたことはなかったが、そのロケットにも目立たないが小さな鍵穴がついているようで、一度良く見せてくれと頼んだが、頑なに離そうとはしなかった。それも何かの鍵なのか、何かを私が見落としているのか、あるいは資格がないのか。
(こうして触れていれば、伝わるだろうか)
触れる事で人の心を知る彼ならば、戻って来て欲しいと言う私の願いも聴こえてはいないのだろうか。彼の記憶は、消えたのではなく眠っているだけだ。だから、記憶の淵に眠る彼に、私の心が、叫びが聴こえれば良いと。
お前が目覚めたら、伝えたい言葉が沢山ある。それでもどうせ、私のことだから、その半分も伝えられないに決まってる。そんな情けない男でも、それでもただ優しく寄り添ってくれる無垢な魂。ただ、眩しかった。どんなに憎まれ口を叩いても、それでもお前の生まれるずっと前から、お前の幸福を願っていた。
私などに、と思っても、どのみち手放す事など出来やしないのなら。
(少しだけ、許せ)
お前の傍らで眠る事を
落ちて行きたい。お前の眠る、記憶の淵まで。私を連れて行け。
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