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「美味しいです」
「お前さんは、本当に美味そうに飲んでくれるから良い。そういう時だけは、素直な顔だ。フェリックスの奴は、何を飲もうが味を分かっちゃいないから、これを飲ませるのはちと癪に障る」
肩を竦めるクレメール師に、思わず苦笑が零れる。人の緊張やら苛立ちやら、そういったネガティブな感情をいつの間にか霧散させてしまうところは、本当に実の親子のように似ていると思う。
「それで何か相談事か、サミュエル。それもドルレアックの奴には言えないような」
そして、このやけに鋭いところも。この人相手に、下手な小細工だとか隠し事だとか、端からそういうものは通用しないのだと、嫌というほど分かっていた。
「自分が、心の奥底では一番に信頼していた人が、実は一番の極悪人だったとしたら?」
「そいつの事を信頼していたのは、そいつが一番の善人だったからか?」
「っ、いえ」
それは全く違うだろうと思った。私の知る限り、師匠は最高に性格の悪い因業じじいだったし、全くもって公明正大な人間でもなかった。
「それじゃあ、どうして怒ってる」
私はハッとさせられた。私は、怒っているのか。どうして……どうしてだろう。
それはきっと、自分が預けているだけの信頼を、返されていなかったからだ。自分が押し付けていた師匠のイメージを、手酷く裏切られたからだ。自分の知らないところで、何もかもが進んでいて、自分だけが何も知らなかったことに憤ったのだ。決して、正義感から生まれた美しい怒りなどではなく、のけものにされた子供が喚いているだけだった。
「私は、自分が恥ずかしい……」
「自分を恥ずかしいと思えるなら、お前さんはまだ、ヒトの道を踏み外しておらんよ」
「何が、何が正しくて、どうすれば間違いなのか……私にはもう分かりません」
「善悪の基準なんてもんはな、そんなの人次第だ。善悪を勝手に決めていた儂が言うのも、とんだ皮肉だがな。極悪人の妻だの息子だのからしてみりゃ、自分たちの生活と大切な人間を脅かす警察の方が悪だろうよ。さあ、言ってみろ。お前は、どうしたいんだ?」
真っ直ぐな言葉が、胸を突く。私は、どうしたいのか。そんな事は、考えてみたこともなかった。どうすれば正しいのかと、そればかりを考えていた。
もちろん、世の中の法と正義に照らせば師匠のしていることは明らかに間違いで、それを看過せずに訴えることが正しいことではあるのだろう。それでもあの人は、私にとって唯一人の師匠なのだ。いたずらに彼の名を、尊厳を貶める事は、私の望むところではなかった。
一度、師匠と話してみるしかない。私にそれだけの度胸があるのかは、また別問題だが、とにかく今回のことはどのみち報告しなければならない。後のことは、それから考えよう。どのみち、いくら考えようと、あの人が何を思ってこんな事をしでかしていたのかなんて分かるはずもないのだ。
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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