02
重く溜め息を吐いていると、今度は郵便受けから見慣れた小鳥が飛び込んできた。紙で出来た愛らしい容姿のそれが、更なる頭痛と溜め息のもとだと知っていたが、素知らぬフリして燃やしでもすれば懲戒免職ものだ。渋々差し出した私の手に舞い降りた小鳥は、スルリと本来の姿である封筒の形に変化する。相変わらず無駄に高度な古式魔術だと思いつつ、その『指令書』に目を通せば、見慣れた文字で端的な文章が浮かび上がる。
『サミュエル・ド・マルジェリ殿。パートナー同伴の上、直ちに局長室まで来られたし』
読むまでもなかったと思いつつ、目を通し終わった直後に燃え上がる紙を横目に、残りのコーヒーをグイと飲み干し重い腰を上げる。呼び出しがあった以上、非常に不本意ではあるが『あの男』を起こしに行かねばなるまい。ご丁寧に『パートナー同伴の上』とまで書いてあったのだから。あの性格の悪い古狸の、澄ましたような笑みが目に浮かぶようだ。
ドスドスと足音も荒く部屋の奥へと向かい、隠されるようにして存在するドアを申し訳程度にノックし、ガチャリと無遠慮に開ける。もはや長年の習慣となってしまった行為は、惰性的に繰り返される。
無機質な黒で統一された私の部屋とは異なり、そこは色彩に満ちた芸術家の庭だった。
息も凍るような大陸の冬と言う季節と植生を、まるきり無視したような極東の桜が、零れんばかりに狂い咲いているが、これはいつものことだ。肩をくすぐるように重くしなだれている花房を避けるように歩けば、鼻先を柔らかな花弁がヒラヒラと掠めていく。
足元には、とても希少であるはずのリコレクション・ローズ……銀色の花弁を持つ『記憶の薔薇』の蕾が、静かに目覚めの時を待っている。かつて私が種を与えたものだが、たった5つの種からここまで増やしたらしい。
木々の隙間を縫うようにして、水晶のようにきらめく美しい鳥がこちらに向かって飛んでくる。無駄に高度な古式魔術で水から生み出されたその鳥は、冷たさも重みも感じさせないまま、慣れた仕草でフワリと私の肩に止まった。
「……お前の主は」
私の溜め息混じりの声に、水の鳥は翼を広げてその方角を指し示した。それに従って歩けば、恐らくこの部屋の主がいるだろう場所に近付くほど、床に散乱するラフスケッチの密度が高くなっていく。その中の数枚に私自身の顔を発見して、どことなく気不味い思いで視線を逸らす。あの馬鹿……いつもいつも、私を描くなと言っているのに。