第1話「日常」
はじめまして、越入文志と申します。
至らぬ点が多くあるとは思いますが、
1作目の第1話、悔やみなく、読んでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
男は走っていた。歳は三十くらいだろうか。服は白のノースリーブ、靴は履いていない。額は汗でぐっしょりと濡れ、足は真っ黒で傷だらけになっている。
ふらふらと千鳥足で何とか走っているというようだった。
足は今にもつりそうな状態だ。
しかし、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。男は追われているのだ。
それも、得体のしれない何かに…。
「なんなんだよ、なんなんだよ!あいつ…!」
ここまで来るのにどれほど走っただろうか。家からだいぶ離れた神社に男は足を踏み入れようとしていた。
「影神神社…こんなところまで来ちまったのか…」
あたりに木々が生い茂った長い石段を男は駆け上った。
なぜ神社を目指しているのか。
その時の男にはその思考回路を読み解く余裕もなかった。
『得体のしれない何か』はすさまじい速さで石段を登ってくる。
まわりには灯り一つない。真っ暗な中ただ前だけを向き、ひたすらに走る。
石段は長いが、なんとか頂上が見えてきた。もう少し、もう少し…。
「もう…無理だ…」
ついに男は力尽き、座り込んだ。
体力を極限まで消耗したせいか、息が荒い。男のぜぇぜぇという声とも言えない声が夜の神社にこだましている。
『得体のしれない何か』もそれに気づいたのか、速度を落としゆっくりと男に近づいて行った。
「なんで…お前は…疲れて…ないんだよ…」
男は最後の力を振り絞り、『得体のしれない何か』に語りかけた
が、『得体のしれない何か』は何も答えずただ、男に近づいていく。
「なんで…俺…なんだよ!」
男は〝自分にそっくりな〟『得体のしれない何か』に向かって叫び声をあげた。
しかしそれも無駄だった。
『得体のしれない何か』は男に向かって手を伸ばし、そして男の肩に触れた。
次の瞬間まるで時が止まったかのように、二人の男は停止した。
少しの表情も変わらず、少しの動きもなく、ただ白い光が男たちを包み込み、そして、
消えた。
それ以来、その男のことを見た者も、聞いた者も語る者も世界からいなくなった。
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【6月1日】
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
少年は走っていた。
額は汗でぐっしょりと濡れ、靴は真っ黒に汚れて…まではいないが、使い古されているようで、ぼろぼろだ。
でも、ここで立ち止まったら、今まで走った分が無駄になる。
そう自分に言い聞かせ、少年はいつも通りの道をがむしゃらに走っていった。
後ろからは見慣れた顔のやつが走ってくる。
「また遅刻か?結人」
黒山悟は余裕の表情を見せながら僕を追い越していった。
「くっそー、やっぱ速いね。悟は」
僕も何とか追いつこうとはするけど、やっぱりスタミナと日々の運動量が違いすぎる。
一直線に走っていた道を左に曲がり、さらにそこからスピードを上げる。
すると、交番が見えてきた。交番の前には警官の赤石さんが立っている。毎日そこで挨拶運動をしているのだ。
「おはよう、影野君。さあ、ラストスパートだ!」
「おはようございます。赤石さん」
僕は一言だけ返し、スピードを変えず、交番を横切って行った。
「今日も平和だ。さっ、仕事仕事!」
なんとか目的地へと辿り着いた時にはすでに到着していた悟が二階の窓から手を振っていた。
そんな余裕あるなら早く教室行きなよ。
と心の中で文句を言う。
雲伝高等学校、この町で唯一の学校であり、僕と悟の目的地。
「はぁあ、また遅刻しちまったよ」
「そ、僕らはただ遅刻をした。それだけだよ、悟」
「おい、何言ってんだ影野。言い訳ぐらいしろ」
「あ、ごめんなさい。」
一時間目の担当の先生に注意を受け、謎の発言をした自分に反省しつつ謝る。
「ばっかだなーいっつも遅刻じゃねえかお前ら。また遅刻指導かぁ?」
「お前もお前でうるさいぞ。雅哉」
クラスからドッと笑いが起きた。
今僕たちを馬鹿にしたのが束須雅哉。
クラスのムードメーカーである雅哉は人を小馬鹿にするようなことが多いが、雅哉曰くそれも一つの笑いを生み出すテクニックであり、悪気はないらしい。
まあ、別に気にしているわけではないからいいんだけど。
ちなみに将来の夢はお笑い芸人。
毎日夜の十一時からやっているラジオ番組『爆笑!ワラワラジオ』も欠かさず聴いていると言っていた。
「遅刻指導面倒だよなぁ、ほんとなんで感想文なんて書かなくちゃいけないんだよ」
悟がやれやれといった感じで言うとそれにすかさず、
「遅刻したからだよッ!それに感想文じゃなくて反省文な!」
ビシッと雅哉がツッコミを入れる。
「やれやれ…さ、授業始めるぞ!」
先生の合図にはぁ~いという声がところどころ上がり、授業がスタートする。
一時間目、社会。町の歴史を教科書の通りなぞっていく。
それだけの授業。黒板に何かを書き込むチョークの音が教室に響く。その黒板には見向きもせず、
僕は目を閉じた。
この雲伝高等学校には、三つの校舎が存在する。
まずは第一校舎、主に一年生はこの校舎を使う。
次に第二校舎、一年生が第一校舎を使うのに対して、この校舎は主に二年生が使う。
僕のクラスがあるのはこの第二校舎だ。
そして、職員室や図書室を始めとした特別教室の多い第三校舎。
二時間目、国語の時間は図書室での調べ学習。
一時間目が終わり各々が図書室のある第三校舎へと向かう。
校庭の隣に位置した図書室の窓、校庭ではソフトボールを楽しむ一年生の姿が見えた。
ふと、校庭の柵をまたいだすぐ隣にある道に目が行った。
まただ、またいる。
その道に一人の若い男の人が立っていた。
すごく奇妙で不思議な人。頻度は詳しく知らないけど、いつも一枚の写真を持って聞き込みをしている。
「この人を知りませんか?」
この一言を繰り返す。
おかしいよね?「この人を見ませんでしたか?」とかだったらわかるけど、
「知りませんか?」なんて聞く意味ないから。
しかも全員そんな人は知りませんって答える。
これだけだったらまだその人を探しているのかな。
とかしか思わないけど、その写真の中に写っている人っていうのが日によって変わる。
よくわからない。ほんとによくわからない人だ。
一時は調べようかなとか思ったけど、まずその人に話しかける勇気が僕になかったところで調査は断念した。
< < < 六時間目 < < <
キーンコーンカーンコーン
僕は心の中で小さくガッツポーズした。
六時間目終了のチャイム。退屈な時間の終わりの合図。
今日の遅刻は前の反省文を書いた日の後から数えて三回目の遅刻だったから反省文は書かなくてすむ。
悟はどうやら今日で四回目の遅刻だったらしく、放課後の遅刻指導に呼ばれるはめになっていた。
今日はサッカー部の練習が試合だけだと喜んでいたのに、不運なことだ。
生徒会が考案し始まったこの遅刻指導。
遅刻四回毎に放課後、生徒指導室で用紙三枚程度の反省文を書かなければならない。
この遅刻指導ができてからというもの、遅刻者は激減したそうで、先生たちは喜んでいた。
その反面、生徒たちの中でこの取り組みに反抗する者が出てくるのではないかと先生たちは心配していたそうだ。
しかし、そんなことはなかった。
皆が皆、生徒会長・隠寺沙枝の考えた政策だと聞いただけでその支援をした。
男子は隠寺生徒会長に嫌われないようにと、遅刻をしないように努力し、
女子は隠寺さんの言うことだからと遅刻指導に反抗する少数派を説得した。
そして、この取り組みは見事、学校の規則の一つとして成立した。
なぜ皆が生徒会長を慕うのか。
その答えは明白だ。
隠寺沙枝は誰も文句が言えないほどの優等生で、クラスメイトはもちろん各委員長たち、先生、そのほか多くの人たちと分け隔てなく接し、時には喧嘩の仲介に入ったりと、まさに完璧であった。
極めつけはその容姿。
纏めない長い黒髪、静かに燃える青い炎のような瞳、生活リズムを気をつけているのがよくわかるほど混じりっけのない美しい肌。
清楚なイメージの強い彼女は男子たちからの人気が高く、年に一度行われる、生徒たちの投票で色々なジャンルのランキングをつけるイベントで、彼女は学年トップ3の美人に選ばれた。
とは言っても、遅刻をする者は必ずいるのだ。
そう、多数派がどれだけ多くても少数派が存在するのは事実。このクラスにも…
このクラス内で遅刻指導に苦しめられてるのは、
僕と悟しかいなかった。
僕は教科書とその他もろもろを片付け、ショートホームルーム(SHR)が終わるのを静かに待った。
SHRが終わるといつも掃除の当番を確認してから教室を後にする。
さぼると当番ではない日に長時間掃除をさせられる掃除補充が存在するため、ある場合は行かざるを得ない。
先生たち曰く、掃除も授業の一環だそうだ。
僕は一度、掃除補充を受け、当番ではない日に授業終わりから放課後まで掃除をさせられたことがある。
それ以降、僕はこの掃除当番だけはきちんと守っている。
掃除当番表で掃除がないことを確認した後、廊下に出ると、先生に首根っこを掴まれている悟がいた。
おそらく、遅刻指導から逃げようとしていたところ、捕まったのだろう。
「あっ、…っおい!結人!友を見捨てるのか!お前は!」
その横を平然と歩いていく。どんまい、悟。
階段を下りて二階へ移動、さらに一階へ。部室のある第一校舎へと向かう。
その途中、大きなダンボール箱を持った少し小柄な少年に会った。
「よう、結人!」
「やあ、王子!」
「ちょ、その名前やめろって」
なはは、と彼は笑った。
彼の名前は城嶋奥次郎名前のおうじろうから取って王子。
彼はやんわりと拒否するが爽やかな印象にぴったりなのでそう呼んでいる。
王子は卓球部のキャプテンで優しく、後輩からも慕われている。
「今何してるの?」
「ああ、ちょっとピンポン球を運んでって先生に頼まれて、今運んでるとこだよ」
「へぇ、大変だね。頑張って」
ありがとな、と言い、照れ笑いする王子。
「じゃあ、また明日!」
「おう!」
体育館のある方向に歩いていく王子を見送り、結人もまた、第一校舎に続く道を歩いていった。
僕はこの学校の中で先生たちから最も異端視されている部活、オカルト研究部に所属している。
確かに、オカルトという響きから何やら不気味なイメージを持つ人も多いだろうが、
先生たちの評価はそこから来ているわけではない。
この部活にはある決定的な問題児がいるのだ。
部室があるのは美術室の隣の元々空き教室だった教室だ。
オカルト研究部ができる前は倉庫のような役割をしていたらしく、狭い。そして、埃っぽい。
部室の前に来てみると、電気は点いておらず中からは何の音もきこえない。
使用されていない教室は原則として鍵を閉める決まりになっているので、普通なら職員室に鍵を取りに行くのだが、
いや、違うと考え直し、扉に手をかけた。はたして、
扉に鍵はかかっていなかった。
ガラッと勢いよく開く扉と共にむわっとした空気と埃っぽい何かが勢いよく飛び出してきた。
それを手で払いのけ、僕は中に入った。
案の定、いた。
僕が見つめる先に。
キャスター付きの動く椅子に深く腰かけ、頭を後ろに投げ出した一人の少女の姿がそこにはあった。
「また寝てる…」
椅子の前に立ち、パンと、手を一回叩く。
すると少女はビクッと体を揺らし、静かに目を開け一言。
「起こさないでくれと何度言ったらわかる」
不機嫌そうに彼女は僕に言い放った。
ギロッと睨むその目は僕の瞳を一直線に貫いていた。
僕はその目からゆっくりと視線を外す。
「もう放課後だよ」
「ああ、もうそんな時間か。………私はどれくらい眠っていたんだ?」
「……」
彼女の名は憑間薊。
オカルト研究部部長。
纏めた長い黒髪、男子のように高い背丈。
いつも気怠げで、気が強く強情なイメージの彼女は、一部の男子生徒たちからの人気によって、
美人トップ3の一人に選ばれた。
容姿を考えると確かに頷けるのだが、彼女は一言で言うと生徒会長・隠寺沙枝とは正反対の存在なのだ。
彼女はとにかく、変人である。
その一例として、
登校して来ても、いつの間にかフラッといなくなってオカルト研究部の部室で授業を放って眠る。
というものがある。
ある時、それを問題視した先生が鍵を渡すまいと自分で管理し始めた。
でも、無駄だった。
初めの方は彼女もあきらめた様子で真面目に授業を受けていたが、三日経った頃、彼女はどこから調べたのか、
鍵を使わず扉を開ける方法を身に着け、いつでもどんな時でも授業を抜け出して部室に侵入し、眠っていた。
しかし、先生もあきらめなかった。
授業を受ける彼女を監視し、どこに行く時でもぴったりと張り付いた。
もちろんそんなことずっとし続けていたら生徒たちの間で変な噂になる。
ストーカー変態教師というレッテルを貼られたその先生はあきらめざるを得なくなった。
結果、彼女の完全勝利でこの「憑間VSストーカー変態教師事件」は終わりを迎えた。
「ところで、影野」
「なに?」
「この扇風機、壊れてるんだが」
不満そうな顔で薊は部屋の隅にある羽がむき出しになったぼろぼろの扇風機を指さした。
「そんなこと僕に言われても」
「暑ーーーーーーーい!!」
薊の叫びが部屋に響いた。
確かに暑い。
この部屋は風通しも絶望的で、エアコンもついていないため、夏にはサウナのようになる。
六月でもこの暑さ。
おかしい、この部屋は…
「呪われてるんじゃないのか?この部屋は!」
…薊が代弁してくれた。その時僕は気づいてしまった。扇風機のコンセントが刺さっていないことに。
「薊、それ、コンセント繋がってないよ」
「なにっ…」
しばしの沈黙。
「…まあそんなときもある。そもそもお前が私を起こさなければ私は暑さを忘れてずっと幸せに眠ることができたんだ!お前が悪い!」
「それはいいけど、熱中症には気を付けてよね…」
薊は顔を曇らせ、何かを言おうとしたが、口籠もり、そして心底悔しそうに、静かに頷いた。
結人は扇風機のコンセントを刺し、電源を入れた。
羽が鈍い音をたてながら動き始め、勢いよくまわり出す。
と、十秒としない内に何かが折れる音がした。
その瞬間羽は外れ、地面に落下する。
少しの間転がった後、羽は横向きに倒れ、そのカラカランという音とともに扇風機は完全に停止した。
「こ…壊れてるじゃないかーーーー!何が繋がってないよだ!ほら、私が言った通りじゃないか!
希望を持った私が馬鹿だった!」
「それはその…悪かったけどさ」
「あああああ、もういい!あのストーカー変態教師から拝借してくるとするか。私は見てしまった。
やつが高性能扇風機を持っているところをな」
「まだ根に持ってるの?烏針先生のこと」
烏針守夫、例のストーカー変態教師のことである。
まあほとんど、薊のせいなんだからそろそろその名前やめてあげた方がいいと思ってるんだけど。
「なに、元から根には持っていない」
「じゃあなんで…」
「この状況で私が思いつくことといえば今日職員室で見かけたやつの扇風機を奪うことくらいだ。
他に恨みがあるわけでもない」
駄目だ…明らかに考え方が普通じゃない…
「さてと、あいつらはまだか?」
「ああ、今日は掃除があるから遅れるって」
「じゃあ扇風機はそれまでの我慢だな。今日の話題を考えておくとするか」
「…もしかして、後輩たちに行かせるつもり?」
「もちろん」
僕は何も言えずうなだれた。
薊は一つぽつんと置かれた本来は教師用の机の上に散乱しているプリントを整理しながら今日の話題を考え始める。
仕方なく僕は後輩たちを待つことにした。
来て早々薊の身勝手で職員室に行かなければならない彼らの気持ちを考えながら。
< < < NEXT < < <
「えぇ?ドッペルゲンガーがでたって?」
「ああ、そうらしいよ」
「そんなのいるわけないだろ」
「でも、まったく同じ容姿をした2人の人間に会ったって人がいるのも事実だ」
「はぁ?そんなの普通に考えて同一人物だろ」
「いや、様子が変なんだって。明らかに違うらしいよ」
「へぇ、どんなふうに?」
「声をかけても答えず無口だったり、変な影を見たって人もいる」
「変な影ってどういうことだ?」
「なんか、立体的なんだって。形があるっているか…」
「はぁ、無口なのは機嫌が悪かっただけとか、変な影っていうのもただ光の当たり具合によって変わっただけだろ」
「うーん、そうなのかな…。でも気を付けた方がいいよ。自分のドッペルゲンガーに会ったら死ぬって話もあるし」
「もしそれが本当だったら誰か死んでるはずだろ。行方不明とかもまったくないんだから。この町は」
「まあ、そうだよね。やっぱりドッペルゲンガーはいないのかな。僕はいるにかけてたんだけど」
「おっと、休み時間が終わる。そろそろ行こうぜ」
最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
私が「小説家になろう」に投稿しようと決めたのは、数年前のことでした。
小説を少し書いては長期間休み、少し書いては全く別の新しいことに飲めりこみ、
創作活動に対して、のらりくらりと、真摯に向き合わなかった毎日を送っていました。
そして、今度こそ、自ら新しいものを生み出し、人を楽しませたいと思い、
今、やっと第一歩を踏み出せた気分です。
さて、これからの投稿周期に関しては、今のところ、
「1週間に1話」
の頻度で投稿しようと考えています。
よろしければ、またお願いします。