絶対に追放したい勇者 vs 絶対に追放されたくない無能
ここは、とある城下町のとある盛り場。
賑やかな夜の酒場で、二人の若い男が激しい言い争いを繰り広げていた。
「お前はこのパーティーには不要だ! 追放させてもらう!」
「なんでそんな酷いことを言うんだ!」
「そんなこと俺が言わなくても分かるだろ! 俺達のパーティーは、勇者の俺、魔法使いのリュリュ、それでお前はなんだ、自分で言ってみろよ!」
「僕は、何でも屋のペペだ!」
「そうだ、お前は何でも屋だ! だけど、お前は何でも屋のくせに、近頃何か仕事をしたか!?」
「何バカなことを言っている! 僕は仕事しかしていない!」
仕事一筋十数年だ、と自慢気に胸を張るペペ。
しかし、勇者の怒りは留まることを知らない。
「じゃあ今日のドラゴン戦、お前は何をしていた!?」
「僕か? 僕は、ひたすらにドラゴンの前で踊っていた!」
「ただのバカじゃねぇか!」
「もう無我夢中だった」
「大バカじゃねぇか!」
「実際、死ぬかと思った……」
「それは、こっちのセリフだ! 突然ドラゴンに不気味なダンスを披露し始めたお前のフォローで、こっちは死ぬかと思ったんだぞ!」
「いや、待て。あれは不気味なダンスではないぞ」
「えっ?」
「ブレイクダンスというやつだ!」
「やっぱり大バカじゃねぇか!」
「まぁまぁ、落ち着け、勇者。ブレイクダンスは、今この城下町で大ブームなんだぞ? 急にどうしたんだ。何か悩みでもあるのか?」
「俺の最近の悩みは、もっぱらお前だよ!」
勇者は舌鋒鋭く、何でも屋のペペを攻撃していく。
「今ここにリュリュがいないから言わしてもらうが、お前、最近リュリュの身体を触りすぎじゃないのか?」
リュリュは俺の彼女だぞ、と鬼のような形相でペペに詰め寄る勇者。
リュリュには、昔から隠れたファンが多かった。
自らを大魔法使いと誇称するくらい性格にやや難があり、顔も絶世の美女とは言えなかったが、見る角度によっては鼻の下を伸ばしてあげてもいいかなと思えるくらいの肉体的ポテンシャルを秘めていた。
すると、ペペは――
「はっきり言って、触っている!」
正々堂々と、自らのセクハラ行為を白状した。
「あぁ? 随分と正直じゃねぇか、ペペ。お前、とうとう俺に追放されるのを覚悟したのか?」
「それもちょっとやそっとではない!」
「えっ?」
「死ぬほど触っている!」
「シバくぞ、テメコラ!」
「もう許さん!」と、酒場のテーブルから立ち上がり、拳を振りかざす勇者。
それに対し、「いや、許せ!」と、その拳をつかんで制止するペペ。
勇者はSランク級の冒険者である。ともすれば、今日のドラゴンだって一人でまともにやり合えるくらいの力を持っている。
しかし、そんな彼がハァハァと息切れするくらい全力を出した割に、ペペは未だに涼しい顔で、「許せ! 許すんだ、勇者!」と、加害者とは到底思えない厚かましさをぶちかましている。
ついには関節をきめられ、「こいつ強ぇ……。武闘家にでも転職しろよ、マジで……」と、弱々しく呟く勇者。
ただ、そんな勇者には、ペペを追放する最後の切り札があった。
「お前、俺の財布から金を盗んでいるだろう」
これはもう普通に犯罪である。
もしこれが本当なら、ペペの同意なんていらず、勇者は強制的にペペをパーティーから追放することができる。
すると、突然。
後ろ手を取り勇者をテーブルに押さえ込んでいたペペは、その力をゆるめ――
「正直に言う!」
「あぁ、言え! そして俺にお前を追放させろ!」
「勇者の財布からお金を盗んでいるのは、リュリュだ!」
「ハハハ! ようやく音を上げたな! これで、お前は俺のパーティーから追放……えっ?」
「今まで黙っていたが、僕は貴族の息子だから金には困っていない」
「それ、マジ?」
「キゾク ウソ ツカナイ」
「なんでカタコトなんだよ。テメェ、怪しいな……」
「証拠ならある! 実は――」
そして、場面は変わり、ここは城下町の隅にある闇カジノ。
非合法な賭け金を要求してくることで有名なスロットの前には、今日も大負けし、激しく舌打ちをしているリュリュの姿があった。
「おい、リュリュ!」
「ああん? なんだテメコラ、私をどこの誰だと……って、あっ! 勇者~~♡」
確実に挽回不可能なタイミングで声色を変え、猫をかぶるリュリュ。
椅子の上で太々しくあぐらをかいていたが、バレていないとでも思っているのか、みずみずしい生足をそっーと降ろしている。
「単刀直入に言う! お前はこのパーティには不要だ! 追放させてもらう!」
「なっ、なんでそんな酷いことを言うのよ!」
「全部ペペから聞いたぞ!」
「ペペ? ペペこそ私たちのパーティーにいらないんじゃない? そうよ、人員整理なら無能のペペを追放するべきだわ!」
矢継ぎ早に、追放の矛先をペペに向けようとするリュリュ。
ペペは勇者の後ろで、ただ黙って立ち尽くしている。
すると――
「ペペは無能なんかじゃない!」と、勇者が怒鳴り声をあげた。
ひっ、と小さく悲鳴を漏らすリュリュ。
彼女は、焦りながら――
「そ、そうだわ! ダンスを踊ってあげるわよ? 勇者が望むなら、私エッチなダンスでも踊っちゃう!」
「踊りはペペで間に合っている」
勇者は、ドライにそう言い放った。
そして、「お前はヘイトを集めるために、ドラゴンの前でヘッドスピンができるのか? できないだろう!」と、容赦なくリュリュを突き放した。
「じゃっ、じゃあ、戦闘中、私の身体を触らせてあげる! エッチなところはダメだけど、肩や腰までならいくらでも許してあげるわ!」
「俺からも魔力を奪うつもりか?」
げっ、バレてる、というリュリュの独り言は、勇者の耳にもしっかり届いていた。
「全部ペペから聞いたって言っているだろう!」と、勇者は怒りを通り越して、もうほとんど能面のような顔になっている。
実は、リュリュは大魔法使いを自称しているくせに、魔力の燃費が悪く、人一倍魔力が枯渇するのが早かった。
なので、魔力が切れかかってくると、ペペに身体を触らせ、そこからぺぺの潤沢な魔力を吸いとることによって、自らを大魔法使いと嘯いていたのである。
今までペペは、それこそ常人なら干からびて死んでしまうほど、彼女に魔力を吸われ続けてきた。
「あ、あ、あ……。なら、お金! この世は全てお金が解決してくれるわ! 私、さっきスロットで大勝ちしたのよ! いくら払えば、私をこのパーティに置いておいてくれる?」
「まずはペペに借りたものを返せ」
勇者は冷静にそう言うと、夥しい量の借用書の束をリュリュに見せた。
「僕はいつでもいいぞ、お金なら腐るほど持っているからな。またいつでも言ってくれ。いくらでも無利子で貸してやる」
と、ペペはヘラヘラ笑っている。
「わぁ~、ありがとうペペ……じゃなかった、こここ、これはアレよ、アレ! 勘違いよ!」
「あとお前、俺の財布から金、盗んでいるだろう」
勇者はそう畳み掛けると、胸ポケットから小さな水晶玉を取り出した。
よく磨かれた水晶玉の中に、眠りこけている勇者の財布から札を抜き取るリュリュの悪い顔が映っていた。
「そそそ、それもアレよ、アレ! 勘違いよ!」
「これに勘違いもクソもあるか! もう一度言う! お前はこのパーティには不要だ! 追放させてもらう!」
「嫌っ! 絶対に嫌っ! 嫌ったら、嫌っ!」
ただでさえ騒がしいカジノの一角に、勇者とリュリュの叫び声が響き渡る。
絶対に追放したい勇者と、絶対に追放されたくない無能の、戦いの火蓋が今、切られた。
お読みいただき、ありがとうございました。
思い付きのコメディーだったのですが、気に入っていただけていたら幸いに存じます。
最後になりますが、小説ページ下部に、現在連載中の異世界コメディーのリンクを貼っております。
もしよろしければ、そちらもご一読いただけると嬉しく存じます。
(追記)なんと日間、週間、月間ランキングに載ることができました。初の追放もので不安だらけだったのですが、応援して下さいました皆さま、お読み下さいました皆さま、誠にありがとうございました。あらためまして、感謝の念×100!