2.空想世界の異端者 -2-
「1つ弾が出来てしまえば、後はレコードに要請して増やしてもらえる。便利なものだよね」
彼女はそういうと、銃を置いて私の横にやって来る。
横に座ると、背をソファの背もたれに預けてふーっと溜息を付いた。
「そういえば、前田さんと違って人は殺さないって言ってましたけど、何か理由はあるんですか?」
私は、横に座った彼女に尋ねる。
蓮水さんは私の言葉を聞いてこちらに顔を向けるが、口を開かなかった。
「いや、その…前田さんと同じ組織にいたってはずなのに、変だなって。あの人、害虫駆除みたいなノリで人を撃ってましたから…」
「……そうだね。同じ組織といえど、世界が違ったせいか、毛並みが全然異なってたからかな」
「……毛並み?」
「そう。前田千尋がいた組織は特高警察そのもの。情報を集めて人を攫ってきては非道な手で尋問に掛けるか…そもそもサッサとこの世から消えてもらうか…そんなことを日常的にやってた組織だよ」
「うわぁ……」
「僕達はそうじゃなかった。情報屋みたいなものだよ。情報を集めて…必要とあらば脅威に対処する…人知れず、僕達の仕業だとも思わせずに…自然に脅威を消滅させるんだ」
「じゃ、じゃぁ…人を殺したりしないっていうのは…」
「ご法度。人が死ぬっていうのは、思ってる以上に影響が大きいんだ」
彼女はそこまで言うと、煙草を一本取り出して咥える。
「…今回の世界だってそうだ。人は一人も殺さない。どうせ、消えるまで待てば勝手に消える世界だから」
彼女は火をつける前に、そう呟く。
私も、彼女につられて煙草を一本咥えると、彼女のライターを借りて火をつけた。
この世界に来てから半日が過ぎた。
青空模様だった空は、今はすっかり暗闇に染まっていて、この部屋も明かりが灯る。
行動といえば、夕方になる前に一回マンションを出て、夕飯の材料を買出しに出た程度。
それ以外は、何もない休日と代り映えのしない、ただただダラダラとする時間だった。
日付も変わる頃。
私はベランダに出て、ボーっと下に広がる世界を眺めながら煙草を吹かす。
とっくに蓮水さんは寝室で眠りに落ちてしまっている。
私も同じタイミングで布団に入ったが、寝るに寝られず起きてきたといった所だ。
レコードキーパーから外れて…蓮水さんに出会ってまだ1日目。
レコードキーパーになって、ようやく慣れだしてきた頃だったのに、また私の生活は一変した。
それは眼下に広がる、私が何時か空想していた世界が雄弁に伝えてくる。
まだ1日。
それは、こうやって眠れずに居た時にレコード違反を感知して、レナと共に学校へと向かっていたあの瞬間から、まだ体感では24時間経ったかどうかくらいだ。
ボーっと、何をするでもなく、唯々吸い始めた煙草を吹かしていると、不意に眼下にある公園に視線が泳いだ。
「ん……?」
私は煙草を咥えたまま、視線に映る人影に目を凝らす。
暗い街灯の下に映った2人組の男女。
一人は目付きが鋭い、ダークカラーのスーツ姿の長身男性。
一人は蓮水さんに似た髪型で…白髪の女性。
私はその2人を見止めた瞬間には、煙草を口から取って部屋に戻っていた。
テーブルの灰皿で煙草をもみ消すと、急いで寝室の蓮水さんを起こしに行く。
「蓮水さん!起きて!」
そう言いながらも、多少手荒だけど、彼女の手を引いて強引に体を起こす。
彼女は眠そうに目を開けながら、焦った様子の私を見て直ぐにベッドから降りてくれる。
「どうかした?」
「前の公園に…パラレルキーパーの2人が居ます。芹沢さんと前田さん」
「え?」
蓮水さんは私の言葉を聞くなり、少しだけ驚いた顔をしながらも、パッと寝間着を脱ぎ捨てて、直ぐに昼間の格好に着替えだす。
「他は?」
「居ないです」
「そう。2人だけであることを祈りましょう。準備して。ルガーは持つだけ。コルトは閃光弾を入れておくこと」
彼女はそう言って私の背を押す。
私はそのまま寝室を出て、棚を開け、彼女の言う通りにした。
古い拳銃は、浴衣の中…お腹に付けたベルトにひっかける。
コルトM79の方には、彼女に言われた通り閃光弾を1発詰め込んで…棚にあった15発程度の擲弾を浴衣の左右の袖口にあるポケットに入れた。
私が準備を終えた頃、蓮水さんも寝室から出てきて、棚の中からさっき出来たばかりの麻酔銃を取り出す。
さっきは一発だけだった弾薬も、気づけば弾倉4つ分に増えていて、彼女はそれを浴衣の中に仕舞いこんだ。
「知ってる2人を見て直ぐ動けたね。声を掛けても僕は君を責めなかったのに」
「さっき、誰であろうと僕以外は敵だって言ってたじゃないですか。それに、あの2人、ちゃんと武装してましたし」
玄関に向かう最中。
私は蓮水さんと軽い言葉を交わして、靴を履いて廊下に出る。
「で、どうするんです?」
「こっち」
私が訪ねるなり、彼女はそう言って駆けだした。
入っていったのは、非常階段。
私は蓮水さんの後を追って非常階段を降りていく。
スタスタと、早歩き程度の早さで階段を降り切ると、彼女は外へ繋がる扉を開けずに、その横に張り付いた。
「待とう」
彼女の言葉にしたがって、私は蓮水さんの横でじっとする。
「彼らはエレベーターから上がってったかな?」
「どうでしょう…?」
「仕方がない。なるようになれさ。このままここを出て、どうすると思う?」
「さぁ…?」
「地下に潜るんだ。そこにこの世界の君の生家があったよね?」
「……廃墟だと思いますよ?」
「十分さ。彼らにどうやってお帰り願うか考えつくまででいい」
彼女はそう言って笑うと、扉に手を掛ける。
ドアを開けると、すぐ目の前はマンションの裏手だった。
高層ビルとマンションに挟まれた裏路地。
「あっ!」
私がそれに気づいて声を上げる間もなく、蓮水さんは冷静に引き金を引く。
「走れ!」
彼女の鋭い声に従って走る、私の横目では、蓮水さんに撃たれた人影が見えた。
白髪ではない…長身の男性。
芹沢さんだ。
私は倒れ行く彼を横目に見ながら、前を走る蓮水さんに付いていく。
路地を出て、マンションの前…さっき2人を見た公園に入っていく。
後ろを見ずに掛けていくと、昼間に地下を見下ろした展望台にたどり着く。
足を止めず、そのまま地下につながる階段に行き、そのまま下へと下っていった。
「千尋!こっち!」
私達の背後…少し距離のある方向から聞こえてくる声。
「こっち!」
その声を聞いてか聞かずか、蓮水さんはずっと続く階段の脇にある空間に私を引っ張り込む。
直後に聞こえてきたのは、派手な銃声。
一瞬前まで私が走っていた階段の足場が銃弾を受けて破壊された。
「一体何なんです?」
「知らない。煙幕はって地下に潜り込もう…」
数人分の、何であるかも分からない空間に立ち止まった私達。
私は手に持った銃の弾丸を、閃光弾から煙幕弾に切り替えた。
そして、腕だけを出して近場に弾を撃ち込む。
カラカラと音を立てたそれは、数秒もしないうちに真っ赤な煙幕を吐き出した。
「撃ってるのは前田千尋。マンションからだろう。そこからなら、降り切った先の路地に入れば見えなくなる。運試しだけど…面白く成って来たんじゃない?」
煙幕が張られる合間、煙草を咥えた蓮水さんはそういうと、口元に悪そうな笑みを浮かべる。
私もつられて笑うと、彼女はそのまま足を踏み出した。
「行こう!」
掛け声に合わせて私は走り出す。
背後から聞こえる轟音は、煙幕越しでも正確に私達の足元や傍の壁を撃ち抜いてきた。
「ヒュー…」
階段を駆け下りて直ぐの路地に飛び込む。
何人ものレコードが一気に破られるほどの派手な銃撃を掻い潜った私と蓮水さんは、足を止めることなく狭い地下の路地を突き進んでいった。
「レコード違反が…」
「放っとこう、レコードキーパーさん。可能性世界では余り気にしてないんだ」
一瞬立ち止まった時、震える声で言った言葉に、蓮水さんはさっきまでと変わらぬ淡々とした声で言った。
いつの間にか震えだした足元。
私は思わず手を伸ばして彼女の右手を掴む。
彼女は一瞬だけこちらを見て、全てを察したようだった。
少しだけ深く路地を進んで3つほど曲がり角を曲がったのち、蓮水さんは走るのを止めてゆっくりとした歩調になる。
口元に咥えていつの間にか火のついた煙草を煙らせた彼女は、私の左隣に来た。
私が顔を少しだけ左に向けると、口元を小さく笑わせる…何時もの嘲笑うような笑みを浮かべた。
「不安?」
「不安」
彼女の言葉をそのまま返す。
私は、振り向きたい衝動に駆られるが…振り向くとすぐ目の前に死が待っていそうで振り向けない。
いや、そもそもレコードさえ持っていれば死のうが直ぐに生き返るのだが……
ただ…ついこの前まで味方だったはずの前田さんが本気で私を狙っているのだとすれば…そこに恐怖を感じずには居られなかった。
「君に良いニュースと悪いニュースを聞かせてあげるって言われたら、どっちが聞きたい?」
蓮水さんは、そんな私の心境を知ってか知らずか、会った時のままの口調で言った。
同時に、不意に手を取られてどこかの家に入っていく。
空想上の世界で見たことのある廃墟…
マンションに住めることになった私が出ていった家。
見上げると、夜空が小さく見えた。
結構地下深くまで入り込んでいたらしい。
「悪いニュースで」