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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
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5.分岐点の主役 -5-

一体どういう事だろう?

そんなことを考える暇もなく、私達はあの場を後にした。


それからの2日は、ただ日向で過ごしたというだけで…何もヒントらしいものは得られず、私達は初日の深夜に見たポテンシャルキーパーによる"私"への処置の事で話題は持ち切りになっていた。


ただの処置には見えず…

彼女達は"少し検知が早まった"と言った。

それは、前の出来事があったからこそのセリフ…

言葉が示す前の出来事は、きっと私への処置だろう…


「何処かで一息付けるまではお預けだね」


だけど、今の私達には、コーヒーでも飲みながらお喋りをする暇は無い。

日向を後にして勝神威まで戻り…東京まで戻れば、この世界の行く末を変える仕事が一つ待っていたからだ。


羽田に降り立ち、何も変わりなく止まっていた車に乗り込み…高速道路へと出た私達は、奇妙な感覚を味わいながらも、徐々に指令が降り始めたレコードを確認しながら行動を開始していた。


「レコードの言ってることはどうします?」

「一旦スルーしよう。まだ人は余ってるから、そっちに回して、僕達の出番は帰って物を取ってからだ」


レコードを開き、久しぶりに見る"異常状態"に対して、私は蓮水さんに言われた通りの処置をしていく。

今の私達はレコードキーパーの立場にいるが…微妙に位が高い位置に居るのだろうか?

普通は受けざる負えないような仕事でも、レコードにペンを走らせれば、簡単に他の人間にその指示を投げることが出来た。


まだ、私達の出番があるような時間じゃない。

空港周辺にも、レコード違反者たちはそこそこの数が湧いている状況ではあるものの…東京にいるレコードキーパーの数を考えれば十分に処置出来る数だった。


"空港の一件のフォロー"…それは、突如としてやってくる、大規模な別の世界からの流入を切欠とした羽田空港の機能停止の件を指している。

その時がやってくるのは、"何故か先読み出来るレコードによると"今日の夜…

その時が来るまでは、適当に現地のレコードキーパーに仕事を押し付けつつ…その一方で現地のレコードキーパーをそれとなく羽田空港周辺へと集めておく必要があった。


「指示出しなんて出来ましたっけ」

「パラレルキーパーなら普通だったんだけど」

「私は覚えないですよ。勝神威の部長さん辺りならあったのかな…」

「ああ…その辺もあるかもしれない。まぁ、兎も角、レコード違反者の数を理由に彼らを武装させて空港周辺に…そうじゃなくとも、都心には展開させておいて」

「了解です」


結構なスピードで駆け抜けて行く車の中。

私と蓮水さんは軽い会話を弾ませる。


レコードにズラリと並んだ赤文字の指令を次から次に捌いていき…ようやく見開きの1ページに収まる程度になった所で、蓮水さんはウィンカーを挙げて高速道路を降りて行った。


拠点にしているマンションは、高速を降りて直ぐの所にある。

私はレコードを閉じると、代わりに煙草を咥えてシガーライターで火を付けた。


「結局、どうやって歴史を変えましょうか」


煙を吐き出す合間に、私はそう言って窓の外を見る。

まだ異常が起きる前の…99年の平和な都会の景色が見て取れた。


「アイディアはある?」

「無いです。ただ…あんな銃を用意したのは意外だなって思いました」

「そうかな」

「はい…実弾入りの銃ですらハッキリ分かるくらい嫌な顔してたのに…って」


高速を降りて、車の流れが一気に遅くなりだした最中。

私の言葉を聞いた蓮水さんは、少し間を置いてから口を開く。


「……覚悟は決めてたんだよ?パラレルキーパーになった当初に。僕が僕であることを忘れさせてくれる程に忙しければ、それで十分だったんだけど…そうじゃないなら、どうしてもあの感覚は体に残るのさ」

「今は仕方がない状況だからと言い聞かせてると」

「そう。パッと頭の中に、銃を使わない解決方法が思い浮かばなかったから…この前はあんな風に銃を用意してたんだ」


蓮水さんはそう言って自嘲染みた苦笑いを浮かべる。

私は、閉じていたレコードを開いて中身に表示されたレコードからの指令を読み直し始めた。


「それ、私が居るからでもありますか?」


レコードを確認しながら、私は彼女に何気ない口調で尋ねた。


「それは…」


実弾を見る時ですら、少し油断すれば随分と恨みの籠った視線を見せる彼女は、私と共に行動するときには率先して実弾入りの銃を手にするのだ。


私が荒事に慣れていないから…彼女と比べ物にならないほどに"一般人"だから、その判断は、特殊な過去を持つ蓮水さんらしい合理的な判断と言える。

だけどその判断は、オブラートに包まないで言ってしまえば…私が足手まといなだけとも言える。


私は、話の流れでそうなったとはいえ…何も込み入った今の時間に言わなくても良さそうなことを敢えて口に出していた。


自分でも、直後に後悔しそうな言い方だが…何故だろうか、今言っておいた方が良いように思えたから…


「答えづらいですよね。すいません…」

「いや、構わないけれど…少し不意を突かれたみたいでね」

「まぁ…ですよね」


私はそう言うと、レコードの一部に目を止めて目を見開いた。


「アイデア、ありますよ」


マンションまで後少し。

信号に捕まって丁度止まったタイミングで、私はそう切り出した。


「聞こうか」

「初動ミスをフォローすれば良いんですよね?」

「そう」

「なら…現地のレコードキーパーに交じって人を消していくよりも、相手側の足止めをして時間を稼ぎませんか?」


私の提案を聞いた蓮水さんは、こちらに顔を向ける。

言葉に発しなくても、少し不思議そうな感じで、腑に落ちていない様子なのは明らかだった。


「物理的に足止めするんです。消火器が破裂していたりとか…棚が倒れていたとか、その程度で良い。多少、レコードに影響は与えてしまいますが、レコードキーパーがこうやって一般道を好きに走ってる時ほど影響は無いと思うんです」


私は思いつく範囲での雑な説明を行うと、蓮水さんはポカンと口を開いた。


「状況が変わったからって、無理に実弾で人を撃つ必要は無いかなって…」

「なるほど…」


蓮水さんは小さな声で、腑に落ちたような反応を見せると、直ぐに前に向き直り車のアクセルを踏み込んだ。


「分かったけど、思い違いはしないで…紀子は足手まといでも何でも無い」

「……すいません」

「謝らないで、長い付き合いなんだ。人には得手不得手があるものさ…」


私は蓮水さんの方を見て小さく頷くと、彼女は何時ものような…会った時から変わらないであろう何時もの表情を見せる。


「……少し、固くなってたかな」


そう呟くと、私の方を一瞬だけ見て小さな笑みを見せる。


「レコードに指示を一つお願い」

「分かりました…一体何を書けば良いでしょう?」


 ・

 ・


マンションに戻り装備を整えた私達は、時間が来るまでに適当にレコードの指示をこなしながら、少しずつ羽田空港の方へと向かっていた。


私服の上に着た上着の内側に付けた装備は、数日前に呼び出したロシア製の銃火器では無い。

銃本体こそ違えど同じ種類の弾薬を使う拳銃と…非殺傷の手榴弾…後は細々とした小道具類…それらを身に着けて仕事に臨む。


「こんなものも作っていたんですね」


道中で4軒目の処置仕事を終えて車に戻ってきた後で、私は手にしていた麻酔銃を見て何気なく呟いた。


「何処の国の物なんです?」


蓮水さんが一瞬こちらを見たので、私は何気ない会話を広げようと彼女に尋ねる。


「ドイツ製」

「へぇ…」

「ハイパワーに比べて弾数で劣るから使わなかったの」

「それは…何時の話ですか?」

「生前」


彼女はそう言いながら車を走らせる。

この時代では大柄とも取れる車体…狭く車通りの多い東京の街中には向かない様に思えた。


「もうすぐ高速ですが…後はこのまま空港に?」

「そうするつもり。レコードを見ながら…空港に出た違反者は処置し終えたい。それが終わるか…目途が付けば、レコードと相談しながら布石を打ち始めよう」

「了解です」


大柄なスポーツカーが高速道路に上がっていく。

狭い道から、一気に広い湾岸線へと出ると、蓮水さんはアクセルを強く踏み込んだ。


「……」


Zの時ほどではないが、エンジン音が車内に入り込んでくる。

そして、それと同時に窓の外を流れる景色の流れが一段と早くなった。


「何処までもモッサリしてる」


蓮水さんが独り言のように呟く。

私は煙草を咥えながら、蓮水さんの方に顔を向けた。


「車も気になります?」


そう言ってから、煙草に火を付けて煙らせて、助手席の窓をほんの少しだけ開ける。

車内の音に風の切る音が加わった。


「気になるよ。殆どZしか知らないけれど…僕にはアレが一番性に合ってるんだと思う」

「…次の世界で車は変えましょうか」

「だね。次の世界にも寄るけれど」


蓮水さんはそう言って口元に小さく笑みを浮かべると、車のギアを一段上げた。

目を落とすと、Zの時には見たこともない6速の位置に収まったノブが見て取れる。


「さて…トンネルを幾つかぬければ空港だ」


スピードメーターの針が指している先を気にする様子もなく、蓮水さんは言った。

私は煙草の煙を吐き出して、灰を捨てながら頷いて見せる。


「何事も無ければ良いですが」

「そうだね。何事もなければ」


互いに言い聞かせるようにそう言うと、私は灰を捨て終えた煙草を再び口に咥える。


「レコードの管理人としてのリハビリは終えたとは言え…久しぶりの"本番"となると、少し緊張してきたかな」


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