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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
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5.分岐点の主役 -2-

視線の先に映ったのは、路肩に止まった大きな積載車。

それだけでも目立つのに、それに積まれていた車はもっと目立つ車ばかりだった。

私には車種がどうとか言えることは無いけれど…レナの周辺の人達が乗っていそうな車…と言えば、何となく分かるだろうか?


「なるほど。既に混ざり込んでる人が手配していたと」

「そうらしい。彼もレコードに映らないけど…車は映り込んだよ。ナンバーから調べてみたけど、盗難車だ。盗難に遭った段階で車がレコードから消えて改変されてるから、元の持ち主は持っていた事すら分からない」

「……盗みの途中でレコード違反が起きそうですがね」

「盗む瞬間だけだろう、気を付けるのは…終わってしまえば、その車はレコードキーパーが乗る車と遭遇するのと同じ程度の影響しか受けないだろうし」

「そんなものですか…して、ここからどう動きましょう?」

「レコードからはここで事が起きた時の初動ミスをフォローする事だからね…手を出して良いかちょっと迷ってる」


蓮水さんと私は、入り口から少し離れたところで、停車している大きな積載車を見ながら言葉を交わす。

実際、私達は動こうと思えば直ぐに動ける状態にあるのだ。

銃は懐に入っているし…だけど、それを決行に移すにはそれなりの理由づけが必要に思えた。


今の私達はレコードの管理下にある"レコードの管理人"

久しぶりに、管理人という立場が私達に与えられていて…私達は少し動きづらさを感じていた。


「初動のミスのフォローなら、あれを見逃しているのもミスに入るのでは?その場に居れば…普通に違和感を感じて、調べて、パラレルキーパーを呼ぶくらいは出来そうなものですが」

「そう思うよね。なら…別にやったって良いかと思えてくるんだけど」

「ど…?」

「あそこに載ってる車がね。フェラーリにポルシェに…って、顛末を知ってさえいれば、誰が乗ることになるのかが想像つくラインナップだから、ここで潰して良いのかなって」


蓮水さんはそう言うと、積載車の上に載った赤と黄色の車を指した。


「あー…」


そう言われた私も、曖昧な返事を返して言葉を失う。


「ここでアレを消すと、ずっと後で処置される事となる芹沢俊哲の扱いが大きく変わることになる。彼の動きが分からなくなるというのは大きなリスクのように思えるんだ」


私は蓮水さんの言葉に頷いて意見に同意すると、改めて彼女の方に顔を向けた。


「正直、レコードの管理人に戻ったっていうのがまだ実感わいてないですよね」

「ああ…そこでいきなりこちら側から仕掛けるような真似をするのが怖くてさ。分かってくれる?」

「はい。ちょっとリスキーかと」

「……現地レコードキーパーへの警告だけに留めましょうか。あとは、あの車たちが何処に運ばれるかを見届けておけば…事が起きた時に動きやすくなる」


彼女はそう言うと、小さく肩を竦めてからレコードを取り出し、レコードにペンを走らせ始めた。

私は煙草を取り出して一本咥えると、火を付けて一服し始める。


遠くに見える積載車は、私達の会話が終わるのを待っていたかのように動き始めた。

機械の音を響かせながら、一人の男が載っていた車を降ろし始める。

載っていた車はどれもこれも少々派手なエンジン音を響かせながら、ゆっくりと降りてくる。

6台…それなりに時間を掛けて、ターミナルの路肩にズラリと並べ終えた光景を見た私達は、顔を見合わせてヒューッと口を鳴らした。


「少し古い高級車の見本市だね」


蓮水さんがそう言ってニヤリと笑う。


「今の時代だと…あー、価値が出てくる前の底値の時代か。なら、古いポンコツの集まりとも言える」

「時代遅れの車ですか」

「まぁ、型遅れの物ばかりだね。この時代にレコードキーパーに支給される車は…ああ、問題ないな…十分追い回せる」

「?」

「あれ、レコードキーパーの頃って車が必要なら支給されなかったの?」

「あー…されたような、されなかったような」


私は曖昧な過去の記憶を辿りながら答える。

思い出そうとしても、私の仲間で車に乗れた人は居なかったし、それから視野を広げてもレナやレンが乗って来た派手なスーパーカー位しか思い浮かばなかった。


「レコードが時代に合わせて支給品を決めてるの。銃とか車とか、指定が無ければ必ず決まった品が支給される。ホテルで用意された銃とか車を使ったことはあるでしょ?」

「はい」

「それがレコードが定めた"支給品"…」

「へぇ…」

「…ここに車を置いてそれっきりなのかな?」


蓮水さんが再び車の方に目を向けてそう言うと、車を運んできた男は積載車の方に戻っていて、運転席のドアを開けた所だった。


「まさか…ここに置きっぱなしにするわけは…」


私はそう言いかけたが、積載車がゆっくりと発進して視界の奥に小さくなっていくのを見てしまうと、言葉を最後まで紡ぐことを諦めて口を閉じる。


「まぁ、杜撰であってくれるのなら、ココの木偶の坊達でも楽な仕事になるだろうね」


蓮水さんはそう言って笑うと、私の手を引いて歩き出す。

私は少し驚いた顔を見せると、彼女はすまし顔のまま私の方を見て口を開いた。


「僕達は裏方だ。後は現地の人間に任せるとしよう」


 ・

 ・


駐車場に戻り、車に乗って湾岸線を通って…向かう先は何処か分からない。

車に戻ってから暫くの間は、私も蓮水さんも無言だったが、道が混雑し始めて速度が落ち始めた頃、彼女がポツリと口を開いた。


「あそこまでお膳立てしてやれば、僕達の出番は無いと言いたいがね」


少し毒気を混ぜたような言い方。

私は煙草を灰皿に捨てながら、彼女の方に顔を向けた。


「……まだやることがありそうですね」


私がそう切り返すと、蓮水さんは口元を笑わせる。


「空港の方は良いと思ってるよ?現地のレコードキーパーで名前を見たことがある数名に警告を出して行動に移させたし…顔を知ってるパラレルキーパーにも連絡してるから」

「じゃぁ、他の場所にも何か問題が?」

「そう。僕も紀子もこの事件の顛末を詳しく知らないだろう?レコードの指示はあの空港でのミスを取り返すことだけだから、これで仕事としては終わりで良いと思うんだけどさ」

「……」

「もう少し調べたい事があるんだよね」


そう言った蓮水さんは、私の方に目を向けると目を細めた。


皆まで言わなくても分かるだろう?


そう言いたげな視線。

私はそんな彼女の視線を受けて、頭を回すと幾つか思い当たる事があった。


「3軸の…この世界に居る私の事とかですか?」


少しの間を置いた後。

私がそう尋ねると、彼女はコクリと頷いた。


「紀子の事もそうだし…今となっては昔の僕達…"レコードに感知されない存在"の事も、行く先々で出会った千尋の事も…何故か襲ってくるようになったポテンシャルキーパーの事も、何一つだって分かってないじゃないか」

「ああ……」

「今の僕達は、それを通り越して別の存在になっただけ。悩み事が減ったけど、謎は謎のまま」

「じゃぁ、それを調べに…?」

「そう。何処から調べるか、取っ掛かりは無いに等しいけれど、唯一この世界には紀子が居る。まだ、レコードキーパーに成りたてのね」


彼女はそう言うと、ウィンカーを上げて高速道路の出口の方へと車の鼻先を向ける。

どうやらココで降りる車はそこまで多くないらしく、ノロノロとした流れはスムーズなそれに変わった。


「幸いにも、事が起きるまでには時間がある…数日だけだけど。レコードの状況を見たって2泊3日で帰ってこれば問題ない」

「事件が起きるのは週末ですからね…じゃぁ、今から日向に?」

「ああ…荷物とか揃えてね。今の僕の立場じゃ、北海道の拠点は使えないから…」

「なるほど」


私は彼女の言葉にそう言って頷くと、変わり映えした車内の光景を見回す。


「そう言えば、"調停官"の処置のお陰で私達は知ってる人に会っても最早認知されないんでしたっけ」

「そうだね」

「なら…車とか銃も戻します?」

「これが気に入った?」

「いえ…違和感だらけです。変わったばっかだからだと思いますが」

「…んー…まぁ、変えない方が良いと思ってるよ。銃と車はね…僕達が乗ってるうちは認識されないだろうけど、ちょっと離れてる間に誰かが見て僕達だと気づくかもしれないし」

「言われてみれば…」

「あのZはそこそこ目立つんだ」


蓮水さんはそう言って口元をニヤリと笑わせる。


「空港のフォローが出来たところで、この世界の僕達の役目は終わるだろうし?そこから先の未来は紀子すら知らない領域に入る。ひょっとしたら昭和の世界には戻らないってことも十分に有り得る。僕達の知りたい事は今のうちじゃないと手に入らないかもしれない」

「この世界なら"何周か後"の私が居るってことですか」

「そういうこと…紀子も、ご両親も…ああ、まだレコードキーパーに成りたてなら、日向に行けばアリスに会えたりするのかな?」

「初瀬さんですか…?確か、この頃にはもう行方知らずになったはずですよ。この事件の時にはもう、私達だけで動いていたはずです」

「……そう。それは良い事を聞いた」

「?」


私は不敵な笑みを浮かべた蓮水さんの方を見て首を傾げる。


「この世界は絵具で言えば白だ。レコードの異常が何処までも可能性を広げてくれる。僕も考えを纏めたいから、話すのは向こうに付くまで待っててもらっていいかな?」

「は…はい」


私がそう言って頷くと、蓮水さんはハザードランプを付けて道の路肩に車を止める。

驚いた表情を更に深めた私に向けて、蓮水さんは窓越しに見える建物を指さして見せた。


「着いた」

「ここですか?」


東京の拠点は、私にとっては初めて訪れる場所だった。

初めて…と言うとちょっと違うかもしれない。

何度か通り過ぎたことがある、大きな通りに面するビルだった。

1階部分が店舗になっていて、その上に部屋が積み重なっていく形の…少々古い建物。


私と蓮水さんはエンジンを掛けたままの車を降りる。

そして、蓮水さんに案内されるがまま、1階のお店の入り口横にある殺風景な自動ドアを潜り抜けた。

エレベーターを呼ぶと、私達はボーっと突っ立ってエレベーターを待つ。


「ここの最上階。荷造りは済んでるからキャリーを取ってきて戻ってくるだけ」

「分かりました。…にしても、ここに拠点があったとは」

「パラレルキーパー時代でも何度かしか使ったことが無い。狭いワンルームでね…一時しのぎ程度のセーフハウスさ。ここにお金出して住もうってする人の気持ちは分からないよね」


降りてきたエレベーターに乗り込んだ。

古く狭いエレベーターだ。


「エレベーターも、何時落ちるか分かったもんじゃないですね」

「だろう?レコードによれば、どの世界でも2020年までには事故が起きるはずなんだ。今は大丈夫だけど」

「怖い怖い」


少々怖い音を出しながら上がっていくエレベーターは、急に動きを止めて、ポーンと電子音を響かせる。

目的の階に着いた私達は、2人そろって廊下に出る。

それから、蓮水さんの後について部屋まで歩いていき…鍵の掛かっていない扉を開けて中に入ると、玄関に2人分の小さなキャリーケースがポツリと置かれていた。


「着替え程度しか入ってない。後は銃の弾位か」

「フェリーですか?」

「いや?飛行機で行くつもりだったけど」

「…銃は不味いんじゃ…」

「大丈夫だよ。僕達に一般市民が反応する?」

「確かに」


短い会話を交わすと、私は蓮水さんに渡された赤いキャリーケースの持ち手に手を伸ばす。

ヒョイと持ってみると、中身は本当に着替え+α程度らしく、見た目の小ささも相まって随分と軽々と動かせた。


「銃とサイレンサー…予備弾倉一つは身に着けてるよね?車にあったりしない」

「しないです」

「オッケー…なら出発だ。2泊3日で北海道…丁度いい旅行だね」


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