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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
57/63

5.分岐点の主役 -1-

「見てくれは変わった気がしないんだけどね。体や髪が白いのは何時かの変化からそのままだし」


横で車を運転する蓮水さんがポツリとそう言った。

私に掛けられた、彼女達からの処置で普段かけているメガネが不要になった程度の見た目の変化が見られたが…蓮水さんのいう通り、それだけで、見た目は知ってる人が見れば"白川紀子"だという事は間違いない。


でも、それで良いのだという。

知っている人が見ても、その人には私が"白川紀子"だと思われないらしい。

例え自ら打ち明けたとしても信じてもらえないそうだ。


「まぁ…蓮水さんにもいえますよね」


私がそう言って彼女の方に目を向ける。

蓮水さんに至っては、見た目上の変化は一切無いと言えた。

強いてあげるなら…私達が浴衣ではなく洋服を着ているという点だが…それは自分達でやったことなのだからノーカウントだろう。


私は煙草の箱を取り出して一本咥えると、火を付ける前に蓮水さんの方を見て口を開く。


「それで…拠点を移すんでしたっけ。都内に?」


そう言ってから煙草に火を付けて、車外の景色に目を移すと、湾岸線から見える人工的な都会の景色が目に入った。


「そう…レコードを見る限り、この先に起きる大規模流入をせき止める初動で僕達の出番があるからね」

「確か…羽田空港でしたっけ?何処かと同時に近いタイミングだったような」

「ほぼ同時。紀子の時は羽田だけが初動で押し切られて、そのせいで全国からレコードキーパーを集める羽目になった」

「はい…それで私達も東京に行きました」

「そのタイミングで僕達は動く必要があるみたい…具体的にはその初動ミスをフォローするの」


蓮水さんがサラリと言った一言。

私はほんの少しの間言葉が出てこなかった。


記憶を辿って行けば…このタイミングで入って来た異世界の人間の勢いが強すぎて対処しきれなかった…はず。

それを私と蓮水さんで対処すると言っているようなものだ。


「……出来るんですか」


私がポツリと言うと、蓮水さんは苦笑いを浮かべて肩を竦めて見せる。

言葉ではそう言った物の、蓮水さんも完璧に出来るとは思っていないらしい。


「少しだけ歴史を変える位なら、問題は無いんじゃない?」

「完璧は求められてないですよね」

「そう。多少粘れば良い」

「それで、事が起きるのはまだ少し先ですが…それまではフリーですか?」

「ああ。そのつもりだけど…折角湾岸線に居るのだから、現場の下調べはしておこうと思ってね」


蓮水さんはそう言うと、彼女のレコードを私の方に寄越してきた。

私はそれを受け取ると、適当なページを開いてみる。

すると、そこには羽田空港の詳細な地図が浮かび上がってきた。


「急襲に近いとはいえ、殺して良いのであれば鎮圧できるはず。幾ら錬度の低い人間だったとしても…それを跳ねのけて都内に展開したと来れば、ただ適当に出現位置を決めて出てきた訳じゃないと思う」

「なるほど…そのための下調べですか」

「そういう事…北海道とか他の地域と違って、レコードキーパーの数は多いから…多少やられはしても抑えきれて当然だと思ってる」


彼女はそう言って、煙草の箱を取り出すと一本口に咥えた。


「木偶の坊の集まりとはいえ、その中には光る原石だって…それなりの地位に居るベテランだって居るのだからね」


 ・

 ・


高速に乗ってしまえば、羽田までの道のりはそんなに遠く感じなかった。

蓮水さんはこの辺りの道にもすっかり慣れた様子で車を転がしていく。


「この時代はまだ第一と第二で別れて無かったっけ?」


ボソッとした声で言われたが、私には答えが分からず曖昧な笑みを浮かべて首を傾げるだけだった。


「空港とは無縁に近い生活だったので」


そう答えると、蓮水さんは小さく笑って見せる。


「そんなものだよね」


彼女はそう言って車を駐車場の中へと進めた。

車は周囲に他車の見えない遠いところに止められる。


車から降りて、随分と大きく近代的に見える空港を臨むと、私達は揃って煙草を捨てて靴で火をもみ消した。

ふーっと、最後の煙を吐き出すと、2人並んで空港の建物を目指して歩いていく。

暫く歩き続け…自動ドアやエレベーターを幾つか越えて行くと、出発ロビーの周辺までやって来れた。


「お茶でもしながら、ノンビリ仕事に取り掛かろう」


蓮水さんはそう言って、私を出発ロビーの1つ上のフロアにある適当なカフェに誘う。

私は何も言わずに彼女の後を付いて行った。


適当にコーヒーと洋菓子を注文して…トレーに載せられて来たそれらを持って適当な席に腰かける。

互いに何も言わずに最初の一口に口を付けて、ふーっと一息つくと、蓮水さんはレコードを机の上に置いて周囲を見回した。


「この世界にはこのコーヒー屋さんがあるんだね」

「他の世界では違うんですか?…よく見てないのでどうとも言えないですが」

「違ったはずだよ。まぁ…時代が違えばテナントも変わるだろうから、ひょっとすると記憶にあるのは別世界の別の時代の記憶かもしれないけど」

「へぇ…蓮水さんは好みに合いますか?ここのコーヒー」

「嫌いじゃない…というか、泥水みたいなコーヒー以外なら、どれでも変わらないさ」


彼女はそう言って笑うと、レコードを開いて先程私に見せてくれた空港の見取り図を見せてくる。


「さて…どうしてこの空港で抑え込めなかったを考えてみよう」


私はテーブルの上に載った見取り図に目を落とす。


「さっきも見ましたが…広いですね」


素直な第一印象を口に出すと、私は狭い通路の方に目を止めた。


「この狭い通路は…?」

「裏側だ。航空会社の人が使う通路だったり…あとは物の搬入口。お土産とかさ、そう言ったたぐいがここを通って…表の方に出て来て店に卸すんだ」

「人目に付かなさそうですね」

「付かないけど、その分狭い」


蓮水さんはそう言うと、今私達が居るカフェのあるフロアを指した。


「どの施設も裏側は地味で暗くて狭い。うってつけだが…東京の、そこそこ数の多いレコードキーパー達を相手にこの通路を使うだけでは対処できないと思うんだけどね。やってくる連中からすれば、待ち伏せされてやられるのが落ちだ」

「まぁ…そうなりますよね。裏手の倉庫とかからでも…どうせ狭い道を通って…外に繋がったとしても、車が無ければ変な所を歩く羽目になるし…」

「そう。車が無い限りここから移動するならモノレール、電車かバスが良いところ。タクシーはバレて止められる」

「まぁ、無難に車を使いますよね。どう調達するかは分かりませんが」


私達はそう言いながら、幾つか適当な個所から最寄りの出口までの経路をなぞっては首を横に振る。

この空港は街の中…というよりも高速道路の途中…海の上にあるようなものだから、ここから東京の街中に抜けるにはどうやったって何らかの自由な移動手段が必要だ。


「幾つかの場所でほぼ同時に事を起こしているから…それなりに計画は練ったんだろうけどさ、ただ…出来たところで直ぐにどうしようもない現実が待ってるよね。誰かが先回りしてお膳立てしていれば良いのだろうけど」


蓮水さんはそう言って肩を竦めて見せる。

全くの同感だった私も、彼女と同じような仕草を取って見せると小さく曖昧に笑った。


「誰も見ていない所から出てくるのは、きっと簡単な事なのでしょうね。私がレコードキーパーだった頃にも合ったような気がします。日向で…」

「転移装置の基本的な仕組みが実装されていればね。僕達が使う電話ボックスに少し機能を書き加えれば良いだけだし」

「そう言えば何時かそんな話もしましたっけ」

「何時の話さ。ところで…ん?」


軽い会話の最中。

蓮水さんはふと遠くの景色に目を留める。

私の後方…私はクルリと振り返って蓮水さんの目線を追ってみると、微かに見える外の景色が目に映った。


「どうかしましたか?」

「ああ…通り過ぎてったから分からなかったよね。ちょっと移動しよう。話は歩きながらだ」


彼女はそう言って残ったコーヒーをクイっと一気に飲み干す。

私も急いでコーヒーを飲み干すと、カップを下げて蓮水さんの横に並んだ。


「当たり…あの車、レコードに存在しなかった」


カップを下げてる間に、蓮水さんはレコードを使って調べものを終えたらしい。

私の方を見てニヤリと笑うと、彼女はレコードを私に寄越した。


「レコードに存在しない場合、感知も何も出来るはずが無いよね」


渡されたレコードには、尋ねられた内容は何も見つからなかったとの返答。

これだけでは、蓮水さんが何を尋ねたのかは分からない。

私は首を傾げながら蓮水さんにレコードを返すと、彼女は足を進めながら口を開いた。


「大型のトレーラーだ。何台かの車が運ばれていたけど、空港にそんなもの必要無いだろう?」

「確かに…」

「空輸かもしれないけど、あんな大きなのがこっちを通るというのは少し不自然な気がする」


彼女はそう言って空港の自動ドアを抜けた。

私もその後を追って外に抜け…足を止めた蓮水さんの横に立つ。

そして、彼女と同じ方向に首を動かすと、明らかに不自然な光景が見えてきた。


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