4.分水嶺の1つ前 -Last-
「どうしましょうか…?」
少しだけ黙り込んだ後、蓮水さんが部屋から出てきたので尋ねてみた。
チャイムがなってまだ十秒ちょっとしか経ってない。
だが、その少しの間が異様なまでに長く感じられた。
「ん?…どうか…ああ…そういう事…」
小走りで傍までやって来た蓮水さんは、カメラ越しに映った人影を見てそう言うと、私の顔を見て首を傾げた。
「出ますか?」
「居留守を使いたいけど、蹴破られても面倒か…今は立場がしっかりしてるし、出ないわけにもね…」
短い確認の後、蓮水さんはそう言ってゆっくりと玄関の方へと歩いていく。
その数歩後を追いかけ…やがて蓮水さんは玄関扉のノブを掴んだ。
「……」
「……」
静寂の中、ドアが開かれて外の喧騒がクリアに聞こえるようになる。
カメラで見た通り、部屋の前に立っていた2人組の少女は私達が良く知る仲の良すぎる姉妹だった。
「こんにちは」
レナが最初に口を開く。
声の通りが悪い、独特な声色はそのままだったが…その声からは感情らしきものを感じられなかった。
「お二人さん、パラレルキーパーの"役回り"でこっちに来ていると記録にはありますが…合ってますか?」
よく見れば、目の焦点も何処にあっているか分からないレナに私達は何とも言えない怖さを感じつつ顔を見合わせた。
「え?…蓮水さん、これって…」
「いい…任せて」
小声でやり取りをして、蓮水さんが一歩前に出る。
「その認識で良いけど、貴方達は?」
「私は永浦レナ」
「私は永浦レミ」
「私達は"調停官"と呼ばれています。時任蓮水さん…そちらに居るのは白川紀子さんですね?」
「ええ…調停官…聞いたことが無いけれど」
「そうでしょう。普通"一般的な"管理人の前には姿を見せないですから…私達が現れた時、それは…皆が良く言う"時空の狭間"に送られるか、実刑付きの厳重注意処分を受ける時位の物です」
「お会いした時に、連絡先を尋ねられればお答えはしますが…連絡先を交換したのも片手で数えられます」
蓮水さんの言葉に、レナとレミの2人は交互に口を開く。
双子…じゃなかったはずだけど、話の内容は一本筋が通っていて、ブレが無い。
2人の声色は怖いくらい似ていて…抑揚が余りない説明染みた口調は、ずっと聞いていると夢に出てきそうだ。
「……僕達はどっちかな」
「どちらでもありません」
「は?」
「どちらでもありませんよ、お二人は"ジョーカー"としてここに居るのですから」
「ジョーカー…色々と長話が来るなら上がって。家の前で立ち話は疲れそうだから」
「「どうも…お邪魔します」」
2人で1つのような、息ピッタリの反応を見せるレナとレミを家に上げる。
私は蓮水さんの傍を離れない様にしていたが…2人はこちらを気にする素振りもなく、居間のソファに2人並んで腰かけた。
「あ、お茶持ってきますね」
「「すいません、ありがとうございます」」
私はこの妙な空気に居心地の悪さを感じつつ、そう言って台所に逃げるように向かう。
人数分のコップとお茶のペットボトルを持って居間に戻ると、レナとレミは座った時から微動だにせず…蓮水さんは煙草に手を出しつつも、空気に圧されて咥えるところまでは至っていない様子が伺えた。
「それで…僕達としては君達の事が気になって仕方がないのだけど、君達から僕達に何か用事があったんだろう?」
私がコップを並べて、お茶を入れ始めた所で蓮水さんが口を開く。
蓮水さんと言えど、掴みどころが一切無さそうな2人のことは不気味に見えるらしく、普段のフランクな口調が少し固くなっていた。
「はい。"ジョーカー"としてレコードの管理人の役回りで働くのは初めてであるはずですから、役回りの簡単な説明に来たんです」
レナがそう言って私達の顔を見る。
私は全員にお茶の入ったコップを渡すと、蓮水さんの横に座ってじっとレナとレミの方を見返した。
「初めて…か、それは間違いないね」
「はい…まず、お二人はここが何処だか分かりますか?」
「ここは…私が経験した3軸の世界?…その、私が"レコードキーパー"になったばかりの頃の…」
レミが私の方を見ながら言った問いに、私は恐る恐るといった口調で答える。
答えを聞いたレミはコクリと頷いた。
どうやら正解らしい。
「その通りです。白川紀子さん…貴女がレコードキーパーになったばかりの頃の3軸です。これから起きる一件が無事に解決すれば、この世界は1977年まで逆行することとなります」
「……何故この世界に…?過去に来たと言うの?」
私が2人に問いかけると、2人は微動だにせずに固まり…やがてコクリと頷いた。
「過去…という表現が正しいかどうかは分かりませんが…白川さんの主観では過去でしょう。時間の流れというのもは、私達にとっては何の意味も無い概念ですから…上手く説明できません」
「でも、主観で過ぎ去った過去の時間を別の視点で体験することならば簡単に出来るものなのです。今この瞬間みたいに…」
レナとレミが交互に口を開く。
その言葉に何処か引っかかった様子を見せたのは蓮水さんだった。
「…長い目で見ればループしてるだけってこと?」
何気ない彼女の疑問を受けた2人は口を閉じて、少しした後で首を横に振る。
「いいえ?白川さんの経験したこの世界は唯一無二と言えます。レコードは"変化"を求めていますから…同じになるなんてことは無いんです。今の世界は…"白川紀子"としてレコードキーパーの"役割"を担う彼女にとっては初めての時でしょう。でも、今目の前にいる白川さんに取っては似たような別の世界ですよ」
「"ジョーカー"は"変化"の為に選ばれた存在…この世界で貴方達はレコードの指示を受けて行動する筈ですが、その仕事次第では白川さんが見た結末以外の未来があるかもしれません」
「"ジョーカー"の為の条件を満たした貴方達であれば、レコードに全てを知られている貴方達であれば、どんな世界でもレコードが意図したとおりの働きをすることが出来るでしょう…その中で生まれた"自然な差異"をレコードは求めているんです」
2人は息ピッタリの様子を変えず、交互に私達に説明を続けた。
それは…全ては理解できないし、私の常識の範囲外のような気がするけれど、何となく"ジョーカー"が何なのか?という問いに対しては晴れた気がする。
「この世界が何なのか分かったところで、次に行きましょう。貴方達は先程も言った通り、レコードの指示に従って動きます。レコードの管理人をしていた時と同じです。そして、それ以上でもそれ以下でも無い…」
「そんな一般的なレコードの管理人としてのルールに追加して、一つだけ条件が追加されます」
「それは先程も説明した"レコードは変化を求めている"と言うところに繋がるのですが…」
私達の前で、レミがレコードを取り出してテーブルに広げた。
私達は彼女に促されるようにしてレコードに目を落とす。
そこには、レコード違反者たちの羅列とそれに対する処置等…一般的なレコードの管理人が見るような表記以外に一つ、奇妙な表記が読み取れた。
それは、この処置によって起きる"未来"…
レコードが知りえるはずのない"レコード違反者を処置した後の未来"だ。
通常であれば処置した後でレコードが再生成されるはずで…処置する前に分かるはずもない情報…
「仕事の際にこのような形で"未来"が書かれている場合があります。お二人にはここに書かれた"未来"を回避して欲しいのです」
淡々と説明を受けた私達は、何気なく聞き流した言葉に一瞬理解が止まった。
「未来を変える?」
「はい。ここに書かれた未来を回避したうえで仕事を遂行するのです」
「……確認させて。レコードに指示された内容は絶対というのは変わらない?」
「はい」
「そのうえで、レコードに書かれた未来を回避することも"絶対"に入る?」
「ああ、そちらは絶対ではありません。努力義務です」
「努力義務…怠り続けると?」
「私達の手による"処置"が行われます。どのような処遇となるかは…詳しくお教えできませんが、大方、想像された通りの末路を迎えるものと思って下さい」
淡々と、それでも、処置に関する所だけは語気を少しだけ強めてそう言ったレミは、レコードを閉じて仕舞いこむ。
「"ジョーカー"としてレコードの管理人の役割を担う際、他の一般的な管理人との違いはそこだけです」
「管理人以外には…何がある?僕はもう…昔の僕を追体験してるんだけど」
「そうですね。レコードを持たぬ一般人として、軸の世界や可能性世界で過ごすことでしょうか?…その場合、レコードに従う人間として生まれるため、レコード違反を犯すかどうかは時の運しだいと言えますが…」
「じゃぁ、そっちの役割だと何かの役割を担うような感じでも無いんだね」
「はい。あくまでも管理人にならない場合は"身代わり"に近いですから…」
「……そのあたりの仕組みを知りたいんだけど…あと、君達の事もさ。僕達は君達に良い印象を持っていなくってね」
話が続く中で、すっかり元の調子を取り戻した蓮水さんが2人に問いかける。
2人は顔を見合わせて、目で何かをやり取りすると、直ぐにこちらに向き直った。
「時の流れに、世界の事やそこに住む住人の事…つまりレコードの中枢に関わることは教えられません」
「"ジョーカー"という存在についても…今話した以上の事は、仕組みに関わる話は出来ません」
「私達の事は…私たち自身が分かってませんから、名前に互いのこと以外、過去に繋がる情報は何も…当然、出身地も、世界のことも分かりません。ただ…この存在になれるという事は、何処かでレコードの管理人をやっていたという事でしょうか」
レナとレミが言った言葉。
最後の一言を聞いた私達は、そこでようやく2人の気味の悪さの意味を知る。
ロボットのような…といった感じの比喩がピッタリ収まる2人は、最早過去の記憶すらも消され…"レコードに操られている"操り人形のようになっているのだ。
2人が、私達を追いかけていた"ポテンシャルキーパー"のレナとレミとは限らないし、永浦という苗字以外に、2人がそうだという証拠も無いが…
何らかの管理人だった2人が、何処かのタイミングでレコードの介入を受けてこうなった…と考えていいだろう。
「なるほど、通りで…」
蓮水さんもそれを分かったらしく、彼女にしては珍しく気味の悪さを感じているような苦い表情を浮かべた。
「過去の君達の事なら少し知ってるんだけどね」
そして、そう切り出した途端。
2人は何の表情を作ることもなく首を左右に振る。
「もし私の過去を知っていたとしても、私が覚えていられるのは数分です」
「自分の事となると覚えて居られないんですよ。不思議なことに」
「それ以外の事なら、人並みの記憶力はあると思っていますが…」
2人はキッパリとそう言い切った。
「……そう。じゃぁ…"調停官"さん。話は以上かな?」
「はい。伝えることは伝えたので、そろそろお暇させてもらおうかと」
「なら最後に一つ、良いかな?」
「どうぞ」
「この世界、僕は居ないだろうけれど…レコードキーパーの"白川紀子"は居るはずだよね?同一人物が、バッタリ出会ったりするのはどうすればいい?」
最後に一つ…
そう言って蓮水さんが尋ねた途端。
目の前の2人は初めて表情を驚き顔に変えて手をパチンと叩いて見せた。
「失礼…他の話をしていてすっかり忘れていました」
「最後に、それを回避するための"処置"を打って終わりにさせてください」




