4.分水嶺の1つ前 -5-
蓮水さんの運転する車は、海沿いに沿って走る高速道路を通って、何処かの大きなサービスエリアに入っていった。
リハビリがてら注射器で行う処置を終えた私達は、素直に家に帰るのではなく、適当にドライブに出かけたわけだ。
「ふー…」
車を降りて煙草を一本咥えると、先に煙草に火を付けていた蓮水さんが、持っていたライターで火を付けてくれる。
「ありがと」
サービスエリアに立ち寄ったからといって、直ぐに店の中に入るわけでもなく、私達は車に寄り掛かって一服していた。
「どう?都会は」
「まだ観光客気分ですよ」
「だよね」
「そう言えば、この世界って3軸ですよね?」
「そうだけど?」
「…じゃぁ、私とかレナが居るんじゃないですか?」
「どうだろ…見てみようか」
だらけた空気の中で私達は言葉を交わす。
蓮水さんが車の屋根にレコードを載せて適当なページを開くと、この世界にレナが居るかどうか?というのを尋ねた。
「…」
「…」
文字が飲み込まれて、直ぐにレコードが答えを返してくる。
返って来たのは、簡潔に纏められた1文だった。
"平岸レナ レコードキーパー 北海道勝神威市 年齢15"
私達は返って来た文を見て顔を見合わせる。
私は無言で蓮水さんが手にしたペンを欲しがる仕草を見せると、彼女はペンと立ち位置を手渡してくれた。
恐る恐る…といった形で、答えを表示してきたレコードに更に尋ね始める。
その内容は、自分の事…
単純に「この世界に白川紀子は何人いるか?」という問いを投げかけた。
「……」
同姓同名を含めればそこそこ挙がると思うが…書き手の意図を汲んでくれるレコードに余計な心配は要らない。
"2人 1人は書き手本人 1人は日向町に存在"
簡単な文章で返って来た答えを見た私達は再び顔を見合わせた。
「蓮水さん、この世界…」
「聞こうか」
「私がレコードキーパーになって間もない頃の3軸です」
緊張感のない声色で告げる、そこそこ重大な事実。
私は彼女にペンとレコードを返すと、彼女はそのレコードに更に文字を書き込み始めた。
「何かが起きてると言われれば…思い当たるのは一つ…東京で大規模な可能性世界からの流入があって、そのせいで昭和にまで逆戻りする羽目になったんですよ」
「なるほど…そこで暫くした後で、紀子は僕の目の前にやって来たと」
「はい…でも、蓮水さん、私達がこの世界に来れたところを見る限り…」
「"一歩進んだ世界"とやらは、未来の世界じゃ無いみたいだ。ほら見てよ」
蓮水さんはそう言ってレコードを私に見せてくる。
彼女が何て問いかけたのかは分からないが…レコードが私達にさせようとしていることは、それこそ、私が以前体験した大規模な異常を救えというお達しだった。
「遠い昔の記憶を掘り起こして貰う必要がありそうだ」
「そうみたいですね」
「レコードが必要事項を後出ししてくる事自体、違和感を感じるけど…何はともあれドライブと洒落込んでる暇は無かったらしい」
蓮水さんはそう言って苦笑いを浮かべると、私もそれに誘われて小さく苦笑いを浮かべて見せた。
それから、どちらが先にというわけもなく、揃って車の中に戻り…彼女はエンジンをかけて直ぐに車を発進させる。
そこそこ大きな…私にしてみれば簡単な迷路のようにも見えるサービスエリアの細い道を迷うことなく進めていって、高速道路へと再び合流した。
「それで…これから何処へ?」
「落ち着いて話せる場所に…家に戻ろう」
「了解です」
「ああ、確認なんだけど」
「何でしょう?」
「この時代に起きる"事件"はまだ先の話だよね?」
「……どうでしょう。時期はあまり覚えてないのですが…4月の中…下旬ごろだったような」
「分かった。まぁ…帰ってからにしましょうか」
・
・
マンションの一室まで戻ってくると、蓮水さんは居間のフカフカなソファに腰かけるのではなく、私達が"パラレルキーパーの棲み処"から出て来たクローゼットがある部屋の扉を開けた。
私達が出てきたときには、クローゼットが備え付けられていた以外には何も無い…殺風景な部屋だったが、外に出て帰ってきてみると、その部屋には幾つかの家具が追加されている。
化粧台よりも大きな、何かの作業台のような台に…中には武器が整然と並べられたガラス張りのケース。
2人分の大きなロッカーも部屋の隅に配置されていて…私はそれらの家具とケースの中身を見ただけでこの部屋がどういった部屋なのかを理解できた。
「人は殺さない主義のままですよね」
ケースの中に並んだ複数種類の銃火器類と、ピカピカに磨かれたナイフの類を見ながら尋ねると、蓮水さんはコクリと頷いて、作業台に寄り掛かる。
「そうなんだけど、暫くはそんな贅沢も言ってられないしさ。さっき、拳銃はマカロフに持ち替えたでしょ?」
「はい」
「次は拳銃以上の物が入用になるかと思ってね。覚えてる範囲でいい…どんなことがあったのか聞かせてよ」
彼女はそう言って私の目をじっと見つめてくる。
真っ赤な双眼に射抜かれた私は、少しだけ息を飲むと、近くにあった椅子に腰かけて頭を手で押さえた。
「苦い思い出しかないですが…まぁ、銃は入り用になります」
「ふむ…入ってくるのはどういった類の連中?」
「分からないですが…勝神威のレコードキーパーさん達が知っていたような…」
「そう。知っている顔だけど、先に起きる出来事の話を聞くことも出来そうにない…か」
「はい…ただ、ドッと流れ込んでくるように入って来たのに間違いはありません。勝神威の流入は、レナ達が迅速に対処したと聞きました。他の地方で起きた流入も…ですが…東京、羽田で起きた流入は対処しきれず…」
「そういうこと…か。急襲に近いならこの辺りのレコードキーパーが対処できるはずもない」
「…それで、全国のレコードキーパーが集められたってわけ」
「そうです。私や…仲間にとっては2度目の大事件でした」
私は当時の出来事を頭に思い浮かべながら言った。
まだ、レコードキーパーになって日の浅い頃に巻き込まれた大事件。
誰もが銃など手にした事も無かったのに、急に銃を持って人を撃てと言われた日の事だ。
「レコード越しに集合がかかって…私達は最後の方での合流だったんです。それでも東京の方で起きた流入事件の次の日には東京入りが出来て…私達は他の大勢と同じように手あたり次第に違反者や流入してきた人を処置して回ることになったんです」
「なるほど…なるほど…当然、注射器だけじゃ済まないよね」
「はい。途中からは銃での殺害が指令として下ってましたが…私達は子供でしたし、何より銃なんて持ったのも初めてだったので……」
「ありがとう。あらすじは分かったよ」
蓮水さんはそう言うと、寄り掛かっていた台から立ち上がり、武器が満載なガラスケースの戸を開ける。
「軸の世界にそこまで被害を与えられる連中だもの。注射器程度で動きは止められない…だからこその銃による処置。どうせ相手も持ってたんだろうし」
「そうですね…日本じゃない光景でした」
「だよね。覚悟の据わった連中が送り込まれてるんだろう」
彼女はそう言いながら、ケースの中に置かれていた一丁のライフル銃を取り出して私に見せる。
「見たことは?」
そう尋ねられた私は首を左右に振る。
弾倉が持ち手よりも後ろにある、特異な形状をしたライフルに見覚えは無かった。
使い方は…何となく、昔触ったことのあるロシア製の銃に似ているから何とかなりそうだが。
「小さくて高火力なものってレコードに書いたらこれが出てきた。僕達の役割は裏方だ」
「そういえば…そもそも、この世界を救えって…何をすれば良いんですか?」
「さぁ?レコードはただただ救えとしか言われていないよ」
「え?」
「僕達は飽くまで何かの"代わり"さ。何がどうして…紀子にとって"過去"となる世界に来ることになったのかは知らないし、誰が欠けたのかも知らないが…この先起きる一件絡みで立ちまわることは確実…」
「……はぁ」
「レコードから詳細な指示が出ないという事は、事が起きるまで僕達はじっと待っていろって事だろう。懐かしいね、このもどかしさ」
蓮水さんはそう言って笑うと、手にしたライフルを作業台に置いてもう一丁、同じものを台の横に立てかけた。
「マカロフを」
「あ、はい…」
拳銃も、私と彼女の分を台に置いて…蓮水さんは作業台の引き出しを開ける。
「何度でも確かめるけど、なるべく勝神威や日向のレコードキーパーと関わらぬよう…パラレルキーパーとも関わらぬように動く事を第一目標にする」
「はい」
手を動かしながらも、蓮水さんは淡々とした口調で話し続ける。
「レコードが彼らのカウンターパートの役を押し付けてくるなら、その時は覚悟を決めるしかないけどね…再びレコードの管理人になったのだから、ペナルティもきっとやってくるだろうし」
手持ち無沙汰になった私は、彼女の少し後ろに立って彼女の手元をじっと見つめながら言葉を返した。
「そうですね…どんなペナルティなのかは…考えたくも無いですが」
そう言って、私は何気なく煙草の箱を取り出して、煙草を一本口に咥える。
「……」
「……」
会話が途切れ、聞こえてくるのは蓮水さんが銃に何かを取り付けている…金属が擦れるような音と…若干の都会の喧騒。
煙草を咥え、箱をポケットに仕舞う代わりにライターを取り出して火を付けた。
煙草に火を付けて…ふーっと、最初の煙を吐き出した私は、何気なく部屋を出て居間の方に歩いていく。
都会の一等地にある高層マンションの一室。
作りこそ豪華だったが、防音性はそれほどでも無いらしく…外の音は耳をすませばそれなりに聞こえてきた。
「ああ、紀子の部屋はそっちの奥にある扉の奥の部屋だからね」
「あ、分かりました。ありがとうございます」
居間に出た私に蓮水さんが声をかけてくる。
私は彼女に言われた通り、居間の奥の…少々凝ったデザインの扉のノブに手をかけた。
"キーン・コーン"…………
その瞬間を見計らったかのように鳴る呼び鈴。
私は訪れる筈のない来客に心臓が早鐘を打ち出した。
「蓮水さん…」
「カメラ付いてるから、確認して」
そう言われて、私は小走りで玄関の方へと向かっていく。
そして、インターホンと連動するカメラの映し出した映像に目を向けると、私の目を大きく丸く開かれた。




