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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
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3.近似世界の番人 -5-

雨をかき分けるようにして去っていった車。

水しぶきが私達の車に打ち付けて…エンジン音は徐々に遠ざかっていく。

そして、再び規則的な雨の音だけが聞こえてくるようになった頃、私達は顔を見合わせた状態からようやく動き始めた。


「紀子も知ってるのかい?」


蓮水さんが後ろに振り返りながら尋ねてくる。


「はい…初瀬さんですよね?私がレコードキーパーになったばかりの頃、一瞬だけあの2人の下に付いていた事があって」

「そう…か、3軸の2010年代半ばなら…有り得ないことでもないか」

「元々日向の人で、何処か別の区域の担当になっていたらしいんですが…私達がレコード違反したのを機に戻ってきて…でも、1月も経たない内に忽然と消えてしまって…何やら、レコードの扱いに対して重大な違反をしたとかで、時空の狭間に飛ばされたと聞いています」


私は今すれ違った車に乗っていた2人組の男女の事を話した。

男女、というよりは夫婦が正しい表現か…


「蓮水さんは…レコードの都合で?」

「そう。アリスもショウも、僕がレコードを持ち出して間もない頃からの付き合いでね。旧知の仲さ」

「そうなんですか…にしても、あんな車に乗ってただなんて…」

「乗ってたよ。紀子が関わったのは短い間の事だろうし…話から察するに君達のお守りをするための一時的な事だったろうから、車は持ってきてなかったのかもしれないけど」

「あんな田舎に車も無しに…?」

「あれは彼らのお気に入りだから…レコードキーパーになってから、20周年記念として買った車さ」


蓮水さんはそう言って小さく口元を笑わせながらこちらに振り返ると、直ぐに前に向き直って、サイドブレーキのレバーを降ろした。


「兎に角、追いかけよう…彼らはここに居るべき人間じゃないことは明白だ。レコードを見る限りここは1994年7月3日…3軸の可能性世界…そして彼らは本来可能性世界に存在しないという事は分かってる」


そう言いながら、ギアをローに入れた蓮水さんは、アクセルを吹かした後にクラッチを繋いで止まっていた車をコマのように回転させた。


丁度半回転…先程通り過ぎて行った車よりも少し低いエンジン音を唸らせながら向きを変えた車は、雨に濡れた舗装路を蹴飛ばして進み始める。


「それと」


ギアを2つ変えたところで、彼女は急に表情を消して口を開く。


「銃の用意を…少し入用になるかも」


そう言って煙草を口に咥えた蓮水さんを見た私は、少々驚いた顔を浮かべて頷いた。


「え?…銃を?」


私はそう聞き返しながらも、内側に括り付けた拳銃を取り出し始める。


「そう。居るはずもない存在で且つ…"レコードで探知出来ない"存在。それは僕と紀子だけで良いだろう?」

「そうじゃないなら…前田さんのような存在…?」

「そう。可能性世界から3軸へ…バレずに世界を移動する方法を調べずとも、彼らが知ってるだろうさ」

「え?…え?…」


困惑する私に、彼女は煙草の煙を漂わせながらこちらに顔を向けてくれた。

そして直ぐに前に向き直ると、煙草の煙を吐き出すついでに一言、教えてくれる。


「僕が知りうる限り、レコードから外れた最古の存在だから」


それを聞いた私は更に表情を変えた。

それと同時に、手にした拳銃の銃口に消音器を取り付ける。


「…あの2人は3軸の人なんでしょうか…?」

「さぁ?分からない。僕もレコードから外れた彼らに出会うのは初めてだから…」

「初めて?」

「ああ…話にしか出てこなかった。今更目の前に出てこられても…何も用意は出来てないんだ。ただ…」

「ただ…?」

「あの2人が"僕達が探し歩いている何か"を知ってるのは間違っちゃいないと思う。レコードから外れた先に何があるのかを…」


彼女はそう言うと、口元に小さな苦笑いを浮かべた。

私はそれを聞いてる間に銃の確認を行う。

初弾が薬室に送り込まれている事を確認した後で撃鉄を戻し、安全装置をかけて…それを膝の上に置いた。


電話ボックスから抜け出たこの世界…出てきたのは日向に程近い海沿いの道だったお蔭で、蓮水さんの運転する車は直ぐに日向に入る細い道に入って行く。

舗装の凹凸にある水溜りにタイヤを取られて、時折嫌な滑り方をしつつも、鼻先の長い、乗り慣れたスポーツカーは雨を掻い潜って突き進んでいた。


細い道を抜けて…目の前に海が見えて来る。

やがて道が突き当たって、直角に90度左に折れて…更に先に進むと、眼下には見慣れてしまった故郷の光景が見えた。


急な下り坂を降りて、真ん中の花壇で向日葵が項垂れているロータリーを越えると、日向の商店街へと入って行く。


「何処に行ったか調べますか?」

「いや。家を知ってる」


私の提案を断ると、蓮水さんはこちらに顔を向けた。


「紀子も良く知ってる家だよ」

「え?」


その言葉を交わした直後、商店街を抜けて…最初の交差点を越えて直ぐの所にある、車1台分の小道へと入って行った。

細い道だ…コンビニの横を通り抜けて…一気に視界が開けた場所の右手側…見覚えのありすぎる一軒家の軒先に、先程の車が止められていた。


「……」


私は唖然とした表情でその車を見つめている。

そこは、私がレコードキーパーだった頃に使っていた大きめの一軒家。

当時面倒を見てくれていた初瀬さん夫婦からは、一言も"自宅"だなんて事は言われずに…レコード違反をする前も、ただの廃墟紛いの空き家だったイメージしか無い場所だった。


「さて…どうしようか」


1車線しかない道の真を塞ぐように止めて、エンジンを切った蓮水さんは、加えていた煙草を灰皿にもみ消して捨てて外に出る。

私も直ぐにシートベルトを外して外に出て…拳銃を持ったまま彼女の傍に並んだ。

雨と風のおかげで夏だというのに少し肌寒さすら感じつつも、私は両手を後ろ手に組んで彼女に付き添う。


「古い車ですよね。20周年でこれとは…」

「1952年以来のレコードキーパーだからね」

「そんなに昔からの人だったんですか」


特徴的な黄土色をした、四角い箱型のスポーツカーの横を通り抜けた私達は、2重になった玄関の、最初の扉を開けて中に入る。

ほんの少しの距離だが…軽く水滴をほろってから、蓮水さんがインターフォンのボタンを押した。


古い家独特の、何とも言えない電子音が鳴り響くと…中から人が動く音が聞こえてきた。

その音は徐々に近づいてきて…パチン!と引き戸のロックを解除する音がして…ゆっくりと扉が開かれる。


「はい…どちら様…」


扉の奥に見えたのは、私よりも少し背が高い程度の…小柄な女性。

年は20代半ば位に見えるのだが…妙に大人びていて、落ち着いている雰囲気を受ける。

彼女は初瀬有栖さん。

私が…私達がレコードキーパーになった際に"処置"してくれた人であり…最初の基礎を教わった人だった。


「あっ…」


有栖さんは扉の先に居る私達…浴衣姿の2人組を見止めると驚いた様子を見せたが、直ぐにクスっと笑って見せた。


「蓮水…随分と久しぶりじゃない。それと…ああ…紀子ちゃん。随分と変わったみたいだけども」


彼女は異質な組み合わせの私達を見ても動じること一つ無く、そう言って出迎えてくれた。

きっと、ビックリしていると思うのだが…この人は声を張り上げる場面が想像できない位に落ち着いている。


「アリス…僕と紀子の組み合わせに何か思うところは無いのかい?」


蓮水さんがそう尋ねると、有栖さんは私達を見比べて首を傾げて見せた。


「いいや。驚かないさ…あそこですれ違ったZが蓮水のだって、うちの人が気づいてさ、きっと来るもんだろうって思って待ってたとこ」


有栖さんは、漁師町特有の訛りのある声色でそう言うと、私達2人を見て手招きする。


「さ…入って。こっちも確かめたい事があるから」


彼女のペースで物事が進んでいく。

私と蓮水さんは顔を見合わせた後に、蓮水さんから家の中に上がっていった。

私は後ろ手に持った拳銃を、消音器を取ったのちに浴衣の中に隠して、彼女についていく。


玄関で靴を脱いで…廊下から居間の方に通されて中に入ると、そこには洒落た格好をしている男が1人、椅子に座って煙草を吹かしていた。


「よう。久しぶりだな…蓮水に、そっちは紀子か。随分と変わったこって」


昔の写真からそのまま出てきた日本人…と言えば良いだろうか?

シュッとしている童顔気味の顔たち丸み帯びた眼鏡をかけて…丁度よい長さの、パーマがかった黒髪に、ビシッと決まった正装のような格好が似合う男。

そんな彼は有栖さんの夫…昭三さんだ。


「久しぶり…さっき、君達のスカイラインとすれ違ってね。顔を出すだけ出しに来たのさ」


蓮水さんはそう言って、私の手を引いてソファに座る。

座ったのは、丁度よく普段の定位置になっていた場所…


昭三さんが一番奥の椅子に腰かけて煙草を吹かしていて…有栖さんはテーブルを挟んだ向かい側のソファに腰かけた。


「随分久々に出したんだ。調子を見るために。こんな雨だとは思わなかった…でも、帰り際に蓮水のZを見掛けてな?ああ、これは後で来るなって思ってたんだ」

「ショウ。それアタシが言ってる」

「ああ、そう。んだら、そんな事はもうどうでも良さそうだな?蓮水。随分とポーカーフェイスが下手になったんじゃないか?」


初瀬さん達は、そう言って蓮水さんの方に顔を向ける。

私も彼らにつられて蓮水さんの方に顔を向けたが、確かに彼らのいう通り、普段は表情を崩さないでいることの多い蓮水さんの顔が、心なしか機嫌が悪いように見えた。


「気にしないでくれ。自分の運を呪ってた所さ」


蓮水さんはそう言って誤魔化すと、浴衣から煙草の箱を取り出して一本咥えた。


「君達に会うのも久しぶりすぎてて、覚えてないことが多くてね。会えない間に確認したいことが山ほど増えたわけさ」


そう言って煙草に火を付けた蓮水さんは、レコードを取り出して適当なページを開く。

私は3人の様子を伺うだけで、何も話せることは無かった。


「まず最初に確認したいんだけど、君達は"レコード"を持っていれど"管理人"ではないよね?」


少しの静寂ののち、蓮水さんの声が、雨音がBGM代わりの居間に響く。

彼女がそう尋ねた直後、視線を2人に向けると、2人は顔を見合わせてから首を縦に振った。


「そうだな。でなけりゃ俺達はここに居ない」


昭三さんがそう答えると、蓮水さんは直ぐに次の問いを投げかける。


「…君達はどの軸のショウとアリスなんだい?」


短く簡潔に纏められた問い。

その答えも、直ぐに有栖さんの口から語られた。


「3軸、4軸、5軸、6軸…全てを経験してるの。その答えは曖昧になるわね」


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