3.近似世界の番人 -4-
蓮水さんは錆びついた拳銃をテーブルに置くと、次々にケースの中身を出してはテーブルに置いていく。
どうやら、ケースは蓮水さんに支給されていた"仕事道具"の入れ物らしかった。
「"ガラクタ"になったけれど、これは僕が"現役"だった頃に支給された品々でね……」
拳銃の後には、その弾倉や消音器…肩当て代わりにもなる木製の入れ物が出て来て…それから、何時か触ったことのある不思議な形のマシンガンが出てきた。
そこからは、身に着けられる大きさの工具類や小さな本の類…注射器や何かの薬剤も出てきたが、それらは一様に古びていて、とてもじゃないが使えそうに無い。
「結局、僕は1961年の秋に死んだ。そしたら…最初に紀子と出会ったあの場所で目覚めたんだ。不思議な電車の中で、目を覚ませば目の前には一誠が居た」
蓮水さんはケースの中身を全て出し切ると、そう言って私の方に顔を向ける。
「最初は訳が分からなかった。死ぬ直前の記憶は残っていて、目の前には見ず知らずの人間に見ず知らずの場所…最初は険悪だった。まぁ、信頼してなかったよね」
「険悪?…腹の探り合いみたいな?」
「そうそう。互いに口数も多い方じゃないし…自然と他人を疑うように育ったわけだし。でも、互いに互いを頼るほかに手立てが無い事も分かってた…」
「へぇ…2人とも、そんな気はしませんが」
「最初の時から比べたら大分変わったんだよ」
そう言って砕けた笑みを浮かべる。
私は今の目の前に居る蓮水さんからは想像もつかない事を聞かされて、曖昧に苦笑いを浮かべるほかなかった。
「電車を降りて…あの空間…今でこそパラレルキーパーの拠点になっている商店街は映画の為の作り物のようだった」
「そこへも小野寺さんと共に?」
「ああ…行き先がそこしか無かったから…そこで、当時はまだ"先輩"が居た」
「…へぇ…?でも、"最古のパラレルキーパー"だったって…」
「彼らは1950年以前の世界しか見られなかったのさ。僕と一誠はそんな彼らに教わりながら…レコードを手にして…そこからすぐに"先輩方"は消え失せて、レコードの言うとおりに働き出した」
「その、先に居た人やレコードを疑ったことは?」
「最初の内は疑っていたけれど…アレコレやるうちに自分の理解の範囲を越えていると分かってね…そこからはずっと従順なままだ」
彼女はそう言うと、机の上に並んだマシンガンに手を伸ばす。
例に漏れずそれも錆びついていてとてもじゃないが弾丸を放つことは出来なさそうだ。
「見ず知らずの2人から始まって…体感で数か月しか立たないうちに、僕のこのケースの中身は要らなくなった」
「…へぇ…小野寺さんも?」
「どうだろう。僕はこれを捨ててから人を殺した覚えは無いけれど…彼の場合は本当に特殊な事件だと銃を手にしていた気がする…」
「意外…あの人が銃を持ってるのって想像出来ないです」
私がそう言った直後、入って来た扉が急に開かれた。
「え!?」
驚いて席を立ち、パッと振り返る。
突然の出来事で…周囲の光景はスローモーションに切り替わり…視界の隅には、驚く私とは対照的に、普段の嘲笑気味な笑みを浮かべた蓮水さんが見えた。
「……お、小野寺…さん?」
入って来たのは、見覚えのある人物。
それこそ、今話題に上がっていた小野寺さんその人だった。
「懐かしい話をしているなと思ってね。少し聞き入ってた」
彼は普段と全く変わらない様子でこちらに近寄ってくると、空いていた椅子に座る。
「何時から居たんですか?」
「え?あー、そのケースを置いた当たり?蓮水は気づいてたよ」
彼は悪戯に成功した子供のように口元を砕けさせた笑みを浮かべてそう言うと、直ぐにその表情は掻き消される。
「ま、思い出話はそれまでにしてくれ」
そう言って、小野寺さんは私と蓮水さんを交互に見つめると、小さくため息をついた。
「……2人とも、どうやってこの世界に来たんだ?」
そして、少々間を置いてからそう切り出す。
私と蓮水さんは顔を合わせて首を傾げた。
「来たらダメだった?」
顔を見合わせた後、蓮水さんは何時もの態度を崩すことなく聞き返す。
やってきた場所は、勝神威のあのマンション…つまりは、小野寺さんや芹沢さんが使っている拠点なのだ。
そしてそれを用意したのも小野寺さんだと…蓮水さんはそう言っていたから…この問いが投げかけられる事自体がおかしな事だった。
「ああ…出来れば今すぐに別の世界に行って欲しい。少し厄介な状況でね」
どうやら、目の前の彼はそれを知らないらしい。
つまり…あの拠点を使っていいように改変してくれた小野寺さんではない。
その小野寺さんよりは"前"の時間軸に居る小野寺さんの様だった。
「そう。僕達もこの世界に少し目的があったのだけど…あと半日程居たらダメ?」
「出来れば今すぐに別の世界に移動してほしい。最悪、この世界の崩壊に巻き込まれる事になる」
「そんなに大事なの?さっき来たばかりだからアレだけど…そうは見えない」
「表層はそうだろう」
小野寺さんはそう言うと、テーブルに置かれた"ガラクタ"を避けて彼のレコードを開いて見せてくる。
ページの左側には、見慣れた真っ赤な文字の羅列…レコード違反者達の名簿…
ページの右側には、何処かの町の地図が浮かび上がっていた。
「日向で何か起きてる?」
地図を見てすぐに、日向だと気づいた私は小野寺さんに尋ねた。
彼は直ぐに首を縦に振って答える。
「ああ。3軸絡みでね…白川さんには言いにくいけど、君の父親が再び3軸に入り込んでレコードを壊さないように動いてる最中なんだ」
小野寺さんがそう言った瞬間、私は思わずピクっと反応してしまう。
蓮水さんに視線を向けると、彼女は曖昧に笑みを浮かべて煙草を咥えた所だった。
「レコードに異常は出ていない…君が生まれた世界でもそうだったんだけど、それが不思議でさ。でも、放っておくと2010年代の何処かで必ず時を戻す羽目になる…それは調べが付いてるんだ」
小野寺さんはこちらの意図を知ってか知らずか、何も気にする素振りを見せずに話してくれた。
「で、今は流入元になる世界の掃討中…レコードに僕達が出来る範囲で操作を入れて"意図的に未来を変えてる"最中。だから、そこに君達みたいなイレギュラーな存在が出ると厄介でね」
「……一誠、もしかして君は僕達を感知出来たの?」
「ああ。出来るけど?」
「どうやって?」
「レコードにちょっと仕掛けを追加したんだ。レコードに感知されない存在のチェッカーみたいなものをね」
「なら、僕達とは分からないじゃないか」
「君達は行先で判断した。勝神威の街中に現れて、そこから車でここに…8軸のこの工場に来るなんて、蓮水位のものだろうし」
小野寺さんは簡単にそう言うと、テーブルに置いたレコードを取って閉じるとポケットに仕舞いこむ。
「さて…兎に角、悪いけどもう直ぐ仕事に戻らないと…この工場の奥に君達が使う"電話ボックス"みたいなものは用意したから、そこから別の世界に飛んでくれ」
「…分かった。一誠を敵には回したくないし、そうするよ。行先は選べるようになってる?」
「いや。偶々見つけた"電話ボックス"を真似ただけだから、ランダムだろうよ」
「分かった。世界を選べるように改良しておいてよ?」
蓮水さんは普段の笑みを口元に浮かべながらそう言うと、私の方に目を向けた。
「だ、そうだけど?」
「行きましょうか」
私はそう言って席を立つ。
蓮水さんは、吸い始めたばかりの煙草を灰皿にもみ消すと、同じように席を立って私を手招く。
部屋の一番奥…工場の中へとつながるであろう扉の前に立った時、私は蓮水さんにつられて小野寺さんの方へと振り返った。
「そうだ。一誠」
蓮水さんは、そう言って口元に浮かべた笑みを消して声をかける。
「僕達を探し出す方法、ポテンシャルキーパーには内緒にしてね?」
「え?」
蓮水さんの言葉に、小野寺さんは一瞬首を傾げる。
私達は、その願いの答えを聞くことなく扉の奥へと進んでいった。
「永い時を過ごすのも考え物だね」
工場は殺風景で…何も置かれておらず、広々とした空間があるだけだった。
小野寺さんが言う"電話ボックス"がその空間の隅で異彩を放っている。
私と蓮水さんは直ぐにその中に入ると、慣れた手つきで電話をかけた。
「残念でしたね」
ベルが鳴り響く中、蓮水さんに並んで壁に寄り掛かった私がボソッと呟く。
「まだ…彼らを敵に回すのは早いだろうからね」
蓮水さんがそう答えを出すと、電話ボックスの周囲は砂嵐に包まれる。
思い返せば、電話ボックスを使った世界移動も久しぶりだ。
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砂嵐が晴れて、外の景色を見て…別世界へ移動した事を理解する。
蓮水さんに続いて電話ボックスの外に出た私は、降りしきる雨から逃げるように目の前に止まっていた赤いスポーツカーの助手席に乗り込んだ。
「ふー…」
車のドアを閉めると、直ぐにエンジンが掛かってワイパーがフロントガラスについた水滴を拭っていく。
どんよりと黒い雲の下の大雨模様…3つ並んだメーターの左端に着いたデジタル時計が15時36分を指していたが、外はそれ以上に時が進んでいるのでは?と思えるほどに暗かった。
「ここが何処か確認しよう」
蓮水さんはハザードを付けて、浴衣に仕込んでいたレコードを取り出して開く。
私は外の様子を伺っていたが…この場所が何処なのかは直ぐに目星が付いた。
「日向の近くです」
助手席の窓の向こうに見える海と…特徴的な岩を見て言うと、蓮水さんが直ぐに頷いてくれた。
日向からは離れる方向に車の鼻先が向いているが…ここをUターンすれば直ぐに日向に繋がるあの小道が見えてくる。
「場所については、何となくそんな気はしていた。世界は……」
蓮水さんがそう言ってレコードに目を向けた時、私は向かい側から迫ってくる、ライトを付けた車を目で追っていた。
目で追ったのは何の意図もない。
本当に何となく…ただ、この荒れた天気の中で…ただでさえ車通りの少ないこの場所ですれ違う事は珍しかったから…
遠くからやって来た車は、雨音すら掻き消すようなエンジン音を発しながら迫って来る。
それはノスタルジックな箱型の車で…珍しい黄土色をしていた。
「あ…!」
丸目のライトを点灯させて…背後には真っ白な水煙を上げながらやって来たその車とすれ違う刹那…私は中に乗っていた2人の男女の姿を見て声を上げる。
私の声につられて顔を上げた蓮水さんも、直ぐに私と同じような驚き顔を見せた。
「……あれ?蓮水さん今の2人を知ってるんですか?」
水しぶきを残して過ぎ去った車を見送った後で、私は彼女に問いかける。
彼女は珍しく目を見開いたまま、小さくコクリと頷いた。




