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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
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3.近似世界の番人 -2-

私の問いに蓮水さんは一瞬体を硬直させたが、直ぐに元に戻ってトーストに齧りついた。

そして、直ぐに彼女は首を左右に振る。


「ん…居ないはずだよ。さっき確認した」

「何時の間に…」


気の抜けた口調で答えた蓮水さんは、残りのトーストも食べ終えると、皿とカップを流しで洗って片付けた。

私もそれを手伝ってサックリと終わらせた後、武器庫の方へと歩き出した彼女の後に付いて行く。

重たい扉を開けて…暗い部屋の電気を灯すと、日本の中にあるとは思えない部屋が目に映る。


「…いつ見ても凄いですよね」


左右の戸棚や壁に、所狭しと並べられた銃火器を見てポツリと呟いた。

映画で見る武器庫の映像よりも、もっとごちゃごちゃしているように見えて、種類毎に分けられて整然と並ぶ銃器。


「こんなに種類が無くたって良いのにね」


蓮水さんが部屋を見回しながら言った。

彼女の言う通り、立てかけられているもの、置かれているもの…どれを見ても何一つ同じ型の銃は無い。

何時だったか、レナに連れられて入った時には"古今東西の殆どはここにあるはず"と冗談めかしに言っていたが、あながち間違いではないように思えた。


「僕の目的は、こんな酷い物じゃなくて…」


先を歩く蓮水さんは、そう言いながら部屋の一番奥へと進んでいく。

ズラリと銃火器が並ぶ部屋の一番奥は、工房のようになっていて…大きなテーブルがあったはずだ。

そこまでたどり着くと、彼女は私の方へと振り返る。

テーブルの方に向けられた手の先に目を向けると、綺麗に並んだ品々が目に入って来た。

どれもこれも…一部を除いては見たことがあるものばかりのように見えたが、どれもが記憶よりも少し違う見た目をしている。


「暫くは1990年代に囚われる事になるから、幾つかは前使っていた物よりも新しい時代の物を…そうじゃないものも、君とはぐれていた時期に改良したんだ」


そう言って、彼女は私達の間近にあったものから手に取って行く。


「拳銃は前と同じ。だけど弾を少し改良したのと、銃身を1.5インチ程、長い物に換装した。そのおかげで射程も安定性も伸びてるよ。でも、改良のせいで木製ストックの中に入らなくなったから、今回からホルスターに入れて持ち運ぶ 」


最初に取って見せてくれたのは、以前私が持っていた拳銃。

マットブラック一色の銃で…蓮水さんのものには中国語が書かれていたが、私の持つ物には色こそ同じだが、何の刻印も打たれていなかった。

持ち手やレバー類…弾倉の挿入口は元々カスタマイズされていて…蓮水さんの言う通り、新たに銃口付近が少々延長されている。


彼女は拳銃を置くと、その横に置かれていた小さな拳銃を手に取った。

黒い銃だが…小さく貧弱そうな…縁日のくじ引きの外れ商品に付いてきそうな代物。


「これはドイツ製の銃で、この前まで使ってたコルトみたいなもの。弾もこれに合わせて小さくしたから、良い事ずくめでしょ?」

「確かに…それも一発ずつのやつですか?」


私は目の前にあった、蓮水さんが手にしていないもう一丁の方を手にして尋ねる。

蓮水さんは、私の横で手にした銃を慣れた手つきで操作し始め、パコっと銃の真ん中部分を折って見せてくれた。


「なるほど」

「君に持ってもらうのはこの2丁。弾は多めに持ってもらう事になるけどね」


蓮水さんはそう言って手にした銃を置くと、部屋の壁に掛けられていた浴衣と黒いインナーを持ってきて私に手渡してくれた。


「これに着替えて、準備してくれる?浴衣の内側に下着類も入ってるから」

「分かりました」


私はそれを受け取って、邪魔にならないところまで移動すると着ていた浴衣を脱ぎ始める。

蓮水さんから渡された浴衣は、意匠こそ今着ている物と変わらない物の、手触りや生地の厚みがが全然違っていた。


「この浴衣も、中に着るやつも、色々と違いますよね」


着替えてる最中。

テーブルの上に置かれた物を弄りだした蓮水さんに何気ない口調で問いかける。

彼女はこちらに振り返ると、黒いインナーを着終わった私の姿を見た後で口を開いた。


「ああ…今までのは僕の普段着で軽いんだけど。今渡したそれは仕事着で重い。浴衣単体でライフル弾を防げる代物で、中のインナーだけでも拳銃弾程度なら守ってくれるものだよ」


彼女はそう言って私の方にやってくると、袖を通した浴衣の一部を摘まむ。


「重いって言ってもそんなに感じないでしょ?薄いし」

「ですね。こんなので防弾出来るか不安になりますけど」

「当たれば分かるよ。激痛の割に貫通しないから」


彼女はそう言って笑うと、床に落ちた帯を私に寄越してテーブルの方へと戻って行った。

帯を貰った私は、帯を締めることはせずにテーブルの方へと戻っていく。

そして、テーブルの上に並んだ自分の物を黒いインナーに括り付けて行った。


「ちょっと身構えましたけど、私の方は随分と身軽なんですね」


拳銃2丁と、その弾薬類を次々に付けていく最中。

私はポツリと彼女に言った。


「ああ。あくまでも前面に出るのは僕だから…君に無理をさせるつもりは無いよ」


蓮水さんは直ぐにそう答えてくれる。

その目線の先…手元では見たこともない銃が組み立てられていた。


「それは…?」

「これは散弾銃。ショットガンって言われてる。ほら、海外のニュースとかで偶に見ない?暴徒鎮圧に使われてるものだよ」

「散弾…狩猟用の銃でしたっけ?」

「そうそう。弾薬だけ低致死性の物を使うようにしてる」


そう言いながら、手際よく組み立てられたそれを手にした蓮水さんは、私の方に目を向けた。

左手に保持されたそれは、イメージするような長い物ではなく…短い物だ。


「随分と短いですね」

「ハンドメイドの上下2連式…」


彼女はそう言って、先程の拳銃と同様にパコっと真ん中を折って見せる。

中には実弾にしか見えない弾丸が2つの銃身に1発ずつ込められていた。


「偶々日本人の銃器技師がレコード違反を犯した現場に居合わせてね。作ってもらってたの」

「日本で?…銃なんて作ってるんですか?」

「ええ。多少は…狩猟用のライフルだったり散弾銃だったり…日本製の銃だってちゃんとある」


彼女はそう言って、カシャン!と折れた銃を元に戻すと、それを右太腿あたりに括り付けられた大きなホルスターに挿し込んだ。


「これとあと一つ」


蓮水さんは、テーブルに残っていた最後の1丁の拳銃を手に取って手際よく確認していく。

少々厳ついが…スマートな印象を受ける拳銃だ。


「あれ?もう一丁拳銃を?」

「そう。これは連射できる拳銃でね。3連射出来る優れモノ…コレの出番は無い事を祈るよ」


彼女はそう言って苦笑いを浮かべると、テキパキと銃に部品を付けて…引き金の前方にあるレバーのようなものを降ろして、素早く構えて見せた。


「これには慣れてないからね。それに、これを使うってことは大勢に囲まれた時だし…出てきたらヤバいと思ってくれて構わない」


そう言って、展開した物を仕舞ってから浴衣の中に仕舞いこむ。

これで、テーブルの上に載せられていた品は全て私達の体に括り付けられた。

残りはレコードと手帳…煙草をポケットに仕舞えば準備万端だ。


「それで…早速父の元に?」


私は煙草を仕舞う前に、一本煙草を取り出しながら尋ねる。

蓮水さんは小さく首を左右に振った。


「まずは世界を観察したい…ここは8軸に近い可能性世界。存在するポテンシャルキーパーやパラレルキーパー…この世界の状況を確認するの」


煙草を咥えた私に、彼女はそう言うと部屋の出口の方へと足を進める。

部屋を出てバーの付近まで戻って来ると、蓮水さんは私の方に顔を向けた。


「?」


私は丁度煙草に火を付ける頃合いだったので、声を出さずに首を捻って先を促した。


「いや…何処に行こうか迷っててね」

「なるほど?」


そう言ってバーの椅子に腰かけた蓮水さんは、煙草を取り出して咥えると、火を付けて煙を吐き出す。


「この世界のポテンシャルキーパーの事は、レコードを調べれば分かる。問題はパラレルキーパー…誰がこの世界を観測しているのか…」

「…パラレルキーパーも気になるんですか?」

「ああ。一誠のような、僕の周辺に居た人間なら構わないのだけれど…そうじゃない場合、知っての通り歓迎されない」

「ああ…そう言えば」

「僕達の目標は、君の父が使った"レコードに気づかれずに世界を移動する方法"を知ることだけど、それを調べるなら、確実にポテンシャルキーパーは敵に回るし、もし世界へ多大な影響を与えてしまったのならパラレルキーパーも相手になる」


蓮水さんはそう言って苦笑いを浮かべて肩を竦めた。


「そうなれば、ここは軸の世界に近いことだし?一誠とか、僕に近かった古参の人間が来るだろうから…話は通じると思うんだけど…そうじゃないなら厄介だ」

「最初の頃のように逃げるわけにも行かないですし…ということですよね?」

「その通り。この世界での"結論"が出るまでは居座りたい…まだ、レコードが僕達を感知するようにはなってないはずだから…」

「だから相手には回したくない…と。よく考えれば、レコードに異常が出てしまった時、この世界のレコード違反者も私達の敵に回りますよね?」

「恐らくね。彼らからしてみれば、僕達はレコードの管理人だろうから」


私は彼女の言葉を聞いて顎に手を当てた。

鼻には煙草の匂いがついて…そのおかげで少々頭が落ち着いてくる。


「それで…迷ってるのは…何処と何処です?」

「この街の中だ。空港か、さっきも行った道の駅…そしてもう一つは工場」

「工場?」

「そう…車の整備工場でね、外れにあるんだ…僕が知ってる姿ではないと思うが」

「その3つの理由は何です…?」

「今までの経験則だよ。レコードに異常を起こしやすい…もしくは何らかの事件の起点になっているってだけ」


彼女はそう言うと、答えを私に委ねたらしい。

首を傾げて私の方をじっと見つめてきた。


「何処を選んでも、今は理由づけに乏しいから…好みの問題だとは思うんだけどね」

「そうですか…」


私は少々考え込む。


空港は、何時か逃げまどうときに行った場所だ。

レコードキーパー時代は…あそこから東京にも飛んだっけ…

でも、個人的な感覚から言えば、空港はそんなに事件が多いようには思えない。


何かが起きるとすれば道の駅だ。

レコードキーパーだった頃も、何らかの事件が起きていたような気がする。

レナが話してくれる仕事の話も、結構な頻度でそこが舞台だった。


だが…個人的に気になるのは工場だ。

工場としか言ってこないので、何処かも分からないし…

何より"僕が知ってる姿ではない"という部分が引っ掛かる。


私は短期間の間に思考を纏めると、顎から手を外して蓮水さんの目をじっと見つめた。


「決まった?」


彼女の問いに首を縦に振る。


「工場が良いです。まだ、私が知らない何かがあるような気がします」


私はキッパリとそう答えて、彼女の反応を見つめた。


「まだ…私は蚊帳の外のような気がしてて…でも、工場に行けば…きっと」


黙ったままこちらをじっと見てくる蓮水さんに、そう告げると彼女はようやく小さく笑ってくれた。

何時もの、特徴的な笑い顔で…


「そうしよう…君に話せてない事は沢山あるしね」


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