3.近似世界の番人 -1-
私達は嫌な予感というものを何度感じれば良いのだろうか?
目の前で、可能性世界に居る父が処置されて…レコードを見て出てきた文章を見る限り、私達が期待しているものを得る前に、彼らの仕事が終わってしまいそうだという事が分かった。
幸いなのは一点だけ。
まだ、ポテンシャルキーパーが私達の存在を把握できない時代を渡り歩けているという事。
幾多の世界を漂流している身で、時間がどう進むかだなんて知ったことではないが…
「ポテンシャルキーパーが私達を感知できてる時代に移動したのなら、もう仕事は終わってるって見て良いですよね」
「間違いない…あの文面がこの段階で書かれているという事は、間違いなく終わってる。そして私達を感知した…そうみるのが自然」
「なら、私達を感知できない時代を探し歩く必要が…?」
「そう。ただし、それもじきに消えていく…というより、消して歩いている最中だろう」
レナとレミが姿を消してから、十分に時間が経った後。
私と蓮水さんは車に戻って、来た道を戻っていた。
「…でも、今までは感知されていて、そこから感知されてない世界に来れたんですし…気にしなくても良いような…」
私は混乱しそうになる頭を抑えながら、思いついたことを口に出す。
口に出す前に、普段なら少しは考える間を入れるのだが…
「世界は有限だと思う…そう言う考えも出来るけれど、何時までも無限に続くという事は無いはず…可能性世界は人間には多すぎる程に存在しているけれど、やがてそれらは全て消えて…先々の世界の可能性に変化していく」
「…どのみちタイムリミットはある…と」
「そう。それが、僕達の精神が尽き果てるまで続くのか、はたまた寝て起きたら無くなってるかは分からないけどね」
蓮水さんはそう言って煙草を取り出すと、それを咥えて火を付ける。
私も彼女につられて煙草を取り出して咥えると、蓮水さんがライターを渡してくれた。
「あ、どうも…」
それを受け取って火を付けて、彼女に返す。
「何にせよ、次の世界へ行かないと…そして…次の世界は少し攻めてみよう」
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郊外の山の上にあるダムから、勝神威の中心部にそびえ立つマンションに帰って来た私達は、早速次の世界へ移動する為に動き出した。
1009号室の一室…クローゼット内にあるエレベーターに乗り込む。
そして、蓮水さんが迷う素振りもせずに操作を終えると、エレベーターはフワッと浮き上がったような動きを見せた。
アバウトに行先を決められる電話ボックス経由ではない…正確に行先を定義出来るエレベーター。
その中は、変な感覚を受ける浮遊感を除いては快適そのものだ。
私と蓮水さんは、煙草を咥えたままエレベーター奥の壁に寄り掛かると、黙って次の世界へ到着するのを待ち続ける。
「……」
「……」
このエレベーターを使って移動する場合は、到着するまでが少々時間がかかる。
電話ボックスを使った世界の移動の場合は、電話ボックスの外側に世界が"再生成"されるかの如く、直ぐに移動できるのだが…
「そう言えば、攻めてみるってどういうことです?」
私は動き出して直ぐ、横に居る蓮水さんに尋ねてみた。
彼女は私の方に視線を向けると、ああ…と言って小さく頷く。
「8軸の世界に"近い"世界に行くことにしたんだ。これまでは適当な可能性世界を辿って来たけれど、それらよりももっと"純度"が高いっていえば良いのかな?」
「純度?…というか、可能性世界に軸の世界と近いとか遠いとかあるんですか?」
私は蓮水さんの答えに更に疑問を深めて聞き返す。
「極端な例を出すと、夢の世界のように範囲の狭められた世界が、本物の軸の世界と似ているとは言えないでしょ?」
「はい…確かに」
「そうじゃなかったとしても、軸の世界の歴史にどれだけ沿っているか?という基準で、近いとか遠いとかって…よく言うの。今までは、というより…電話ボックスからの移動では、少々遠い可能性世界を渡ることになっていた事に気づいてね。それをさっきまでの世界では踏襲していたけれど、今回からはちょっと変えたって話」
「へぇ…」
そう言って頷くと、蓮水さんは少々苦笑いを浮かべて肩を竦める。
「"軸に近い"という事は、軸の世界に影響を及ぼし易いという事…それだけは気を付けておかないと」
「勘づかれて、それが私達を認識できるようになるキッカケになりかねないですね」
「理解が早くて助かるよ」
彼女はそう言って、煙草を咥えた。
まだ火は付けないが…壁に寄り掛かっていた体を、エレベーターの前方に一歩踏み出す。
私には、特に変化した感じは無かったのだが…きっとそろそろエレベーターが止まるのだろう。
同じように、蓮水さんの横に並ぶと、その数秒後にはエレベーターの浮遊感が少しずつ収まって来た。
そして、エレベーターが停止して扉が開く。
出た場所は、先程まで居た世界と同じ…勝神威のマンション。
窓の外の景色も、先程までの世界と同じ。
「時代は変わってないよ」
蓮水さんが、窓の外に目を向けた私にそう告げると、咥えていた煙草に火を付ける。
私は小さく頷くと、着ていた着物の襟を直して彼女に付き従った。
「やることは変わらないです?」
「ああ。変わりない。君の父親を探して…彼が"3軸"への通路を通り抜けようとするのを観測したい」
「分かりました。早速、移動を?」
「そうしたいところだけど…」
蓮水さんはそう言うと、私の顔を見て小さく笑った。
「少しは休もう…最後に何時休んだか、覚えてないでしょ?」
そう言うと、靴を履いて部屋の扉を開け、廊下に出る。
私は何も答えずに彼女に付いて行った。
「地下ですか」
廊下を歩いている最中。
私が彼女にそう尋ねると、彼女はコクリと頷いた。
マンションのエレベーターに乗って地下駐車場に出て、蓮水さんのZの横に止まった銀色のポルシェの位置に隠された仕組みを作動させる。
ポルシェが止められた位置が2m程沈み込むと、壁の部分に出現した扉を開けて中に入って行った。
「何か飲み物は?それとも、何か食べる?」
入り口横の壁に付けられたスイッチを押して部屋に明かりを灯すと、もう何度目かの、見慣れた空間が目に映り込んできた。
数歩先を歩いていた蓮水さんが、そう言って私の方に振り返る。
「…コーヒーがあればコーヒーで…食べ物は…パンってあります?」
「あると思うよ?ちょっと待ってて」
そう言って、蓮水さんは備え付けられたバーカウンターの奥へ進んで行く。
私は、狭いカウンターの奥に言っても何もできることは無かったので、カウンターの足が長い丸椅子に腰かけた。
煙草を取り出して一本咥えて火を付ける。
蓮水さんは狭いカウンター内で、手際よく物を取り出していくと…直ぐにコーヒーを淹れて、食パンをトースターにかけてくれた。
数分も経たないうちに、朝食のような組み合わせの品々が私の前に現れる。
白いカップに入ったブラックコーヒーに、片方の面にバターが塗られたトースト。
それらが2人分…私の席の隣にも、同じ組み合わせの物が置かれた。
「ありがとう…頂きます」
蓮水さんが横に座ると、私はそう言ってコーヒーカップに手を伸ばす。
一口飲んでみて、程よい苦みに目を細める。
どんな豆を使っていたかだなんて、見てもいなかったが…美味しい喫茶店のコーヒーみたいだ。
「食べたら、ちょっと持ち物を整理したい」
「了解です。といっても、私はレコードくらいしか持ってないですが」
「それもそうだったね」
彼女はそう言うと、コーヒーカップをテーブルに置いて…代わりにレコードを開いて何かを書き込み始める。
「これからは逃げる事に集中しないことにしたのさ」
彼女はそう言って、ペン先でレコードをトンと叩く。
私は、横目に何が書かれたのかを見ていたが…内容を見て小さく頷いた。
「人を撃つのは嫌いじゃないんでしたっけ?」
「嫌いだよ。実弾は特に…パラレルキーパーになってから…最後に人を撃ったのは、何時だったか覚えてない。初期の頃は一誠と二人きりだったから、互いに仕方なしとして撃ってたけど」
彼女はそう言って苦笑いを浮かべると、直ぐに表情を消した。
「人手が増えてから、僕は人を殺してない。銃も…本当に必要な時だけ。使ってないと腕が鈍るから、偶にここへ来たりして練習はしてたけどね」
「へぇ…」
「今、レコードに書き出したのは、どれも実弾を使うものじゃないよ」
蓮水さんはそう言って、部屋の奥にある武器庫の方を指さした。
「君の分の麻酔銃も出しておいた。後は…食後のお楽しみに」
私は蓮水さんの言葉に頷くと、手にしていたトーストに齧りつく。
3軸の可能性世界で、自分を取り返してから…動いてばかりだったような気がした。
久しぶりの休息…それを自覚すると、ほんの少しの疲れが体に降りかかってくる。
「蓮水さん」
でも、その疲れに流されてはダメな気がした。
トーストを食べ終えた後で、私は蓮水さんに声をかける。
「?」
彼女はまだトーストを半分も食べ終えていない。
私はそれを見て、一瞬、次の質問を躊躇したが…少々の思考の後で話すことに決めた。
「この世界に、前田さんや…レナは居ないんでしたっけ?」




