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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
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2.可能性世界の狂人 -3-

蓮水さんと共に、第3軸の世界から目星をつけた可能性世界へと移動する。

勝神威にある電話ボックスから出た先は、目星を付けた幾数の可能性世界の内の一つ…それは、蓮水さんが生きた8軸を親として持つ可能性世界だった。


レコードを開いて確認すると、可能性世界の種別としては"誰かの夢の中"で…この世界が消えるまでの日数は後1週間といった所。


現在時刻は1993年5月13日午後13時45分。

この世界が終わるのは1993年5月19日午前2時45分。


私は蓮水さんにこの世界の情報を表示させたレコードを見せると、彼女は小さく頷く。

それから、出てきた電話ボックスの近場にある駐車場に向かい…隅に止められていた、古典的な赤いスポーツカーに乗り込んだ。


「この世界は千尋や一誠に言わせると"時代遅れ"の世界なの。1993年だけど、まだ元号は昭和が続いていて…このZだって、まだ新車で…出てないか。それでもまだ1世代前程度」


蓮水さんは私にそう説明してくれながらも、エンジンをかけて車を車道へと出す。

彼女にそう言われて周囲を見てみると、1993年…私の常識では平成初期の光景であるのだが…どこか昭和染みているような光景であると感じた。


周囲の建物に、未熟な舗装路…行き交う車。

レコードキーパー以前に歴史の教科書やテレビで見た風景とは全然違ったし…今まで訪れた似た時代の勝神威とも違う。

私の感覚で言えば、今は1970年代後半ではないか?と思うような街の景色が窓から見て取れた。


私も蓮水さんも互いに、示し合ったように煙草を取り出して咥え出す。

窓を開けて…一足先に一連の流れを終えた私がシガーライターを押して…カチっという音と共に出てきたそれで火を付けると、蓮水さんの煙草にも火を付けてやる。


そして一服…ふーっと煙を吐き出すと、車の鼻先を高速道路の方へと向けた蓮水さんの方に目を向けた。


「それで…今は一体何処へ?」

「君の父親の所へ行こうとしてる。8軸ベースの"可能性世界"であれば君の父親は居るからね。でも、どの中のどれが"3軸"へと混ざり込んだ…いわば君の本当の父親なのかは分からないけど」

「…どうやって見分けるんです?」

「考えてるよ。レコードを追っても"3軸"に紛れましただなんて行為は書いていないだろうし…思いつかない」


蓮水さんは車を街中でゆっくりと走らせながらそう言うと、私の方を一瞬チラリと見てから口元を笑わせた。


「だから、昔ながらの方法で探ろうとね…"主観"の話を覚えてる?僕達は"電話ボックス"から好きな世界へと飛べるんだ。ゆっくり見て回っていけば何れはその瞬間にぶち当たるはず」

「成る程…なら、ちょっと待ってくださいね。お父さんのレコードを…」


私は彼女にそう答えると、レコードを膝上に開いて父の名前を書き込んだ。

直ぐに文字が飲み込まれていき…真っ黒な文字列がズラリと浮かび上がってくる。

白川義治…私の父の名前の下に並んだレコードを見ると、この時代の父はまだ大学3年生で…レコードを見る限りではよく遊ぶタイプの人間のように見えた。


「出た?」

「ええ。車でドライブに出かけてます。場所は…」

「当ててみようか?」

「どうぞ」

「日向でしょ」

「当たりです」


私はそう言って小さく笑うと、レコードから目を離して外に目を向ける。

恐らく蓮水さんは最初から行先を日向以外に考えていないようだった。


高速に上がる前…道脇の歩道を歩く人々の姿を何気なく目で追いかけてみる。

すると、古い時代の洋服姿の人に交じり、蓮水さんや私が着ている和服姿の人も目に入って来た。

それも、年配ではなく若い子だ。


「制服も、セーラー服と和服が半々だったりしてね。僕は人生が歪んでるから外から見てるだけだったけど」


私がじっと外を眺めているのを見ていたのだろうか。

蓮水さんは不意に口を開いて言った。


「へぇ…あの光景まで行くと、最早時代遅れというよりも…別世界ですよね。大正ロマンって言うんですか?そう言う感じの」

「ハハハ…確かにそうかもしれない。僕の方はパラレルキーパーになって、他の世界が随分と未来的に見えたけどね」


 ・

 ・


勝神威から日向まで、少々古い時代なので車で3時間弱はかかる道のり。

どの時代も余り変わり映えのしない、海岸線沿いの道を日向に向かって走っている最中。

私は蓮水さんの奥…車の窓から見える青い空と海の景色をずっと見つめていた。


会話も殆ど無く、何気なく付けたラジオから流れる聞いた覚えのあるような洋楽をずっと聞いてきた中で、煙草は気づけば3本は消費している。

私は4本目の煙草を取って口に咥えると、不意に蓮水さんが私の腕を突いた。


「?」


煙草に火を付けながら、私は彼女の方に目を向ける。

蓮水さんは、私を突いた左手でバックミラーを指さしていた。


「……」


体を彼女の方に少し寄せてバックミラーを見てみると、随分と後方に見覚えのある車のシルエットが見えた。

私はそれが何を表しているのかを即座に理解すると、レコードのページを捲って見えた車の詳細を調べる。


「……レコードは出てこないか」


その結果を見てそう呟いた私は、レコードを閉じると代わりに麻酔銃に改造された拳銃を取り出して顔の前に持ち上げた。


「コレの出番ですか?」

「……どうしようか迷ってる」


蓮水さんは表情を変えてはいないが…口調で何となく迷っている訳は伺えた。

可能性世界へ来た理由は…そもそも私の父の"観測"が目的だからだ。

下手に邪魔されて影響を与えたくは無いが…かと言って黙って別世界へと逃げるのは都合が悪い。


「彼女達に追われるのも随分と久しぶりに思うよ。結局、どうやってこちらを捕捉出来てるんだっけ?」

「そうですね…どうでしたっけ?レコードを使ってこちらの位置は把握しているようでしたが…」

「逃げても何をしても位置は把握されてて…あの2人を何とかしても、彼女達は"前田千尋"の下にいるから。いざとなれば直々に出張ってくる。参ったね」


私は、そう言って苦笑いを浮かべる蓮水さんの方をじっと見たまま何も言えないでいた。

そう言ってる間に、目的地である日向町に入るための…あの独特な細い道に入っていったからだ。

長い坂道を降りて…ロータリーに近づいた頃には、背後に古いスポーツカーがビッタリと付いていて、フロントガラス越しにレナとレミの顔がハッキリと見えた。


「ん?」


間近で2人の顔を見れるようになった時。

私は2人の表情を見てふと気づく。


「どうかした?」

「蓮水さん。次の角曲がってみてくださいよ」


蓮水さんは私の言葉に、何も異を唱えずに従ってくれる。

商店街の前…車が小道に入っていくと、背後に付けていた2人の車は何も無く素通りしていった。


私達はミラー越しにそれを確認すると、普段は止めない空き地の中に車を止めて外に出る。

蓮水さんは、商店街のある道路の方に出た私を追いかけてきて横に並ぶと、小さく鼻を鳴らした。


「どういうこと?」

「さぁ…ただ、2人が気づいていなかっただけとしか」

「…とりあえず、良しとして行こうか。運は味方に付けるものだし」


商店街の手前で、遠くに見える2人のスポーツカーの後ろ姿を眺めていた私達は、そう言葉を交わすと目的地へと歩き出した。


「君の父親だけど、何故日向を知っているかって、聞いたことある?」


蓮水さんは歩きながら私に話を振って来た。

私は短くなった煙草を排水溝へと捨てると、小さく首を横に振る。


「全く。気づいたころにはお父さんはここの役場勤務でしたから」

「そう…」

「だから、正直…結婚する前にこの町に来たことがあるんだってのも知りませんでした。写真も…私が生まれる前、昔のなんて滅多に見てないですし」

「見てたとしても、普通は違和感を覚えないだろうしね。彼の居場所は分かる?」

「ちょっと待ってくださいね」


そう言ってポケットからレコードを取り出した私は、消さなかった父のレコードが表示されているページを見ると、直ぐに居場所を彼女に伝えた。


「役場横の食堂です」

「お昼時だし、珍しくもない…」

「レコードを見る限りだと、車でフラリとドライブに現れて…それで、寄った感じですかね?時期も良いですし」

「そうだね。それで合ってるだろう…それともう一つ…この近辺でレコード違反とかは無い?」


彼女は私の父の現状を知ると、周囲を見回しながらそう言った。

私はレコードのページを捲って調べるが、特に何も起きてなさそうだ。


「いえ、特に何も」

「そう…ならあの2人もドライブなのかな」

「こちらから調べる手立ては無いですからね…どうなんでしょう」


さっき背後に付いていたレナ達が気になるらしい。

私もそれには同感だが…私達を認識できる距離に居て何もしてこなかった以上、あの2人はこれまで私達を目の敵にしていた2人とは違うように感じた。


何時かの蓮水さんの言葉を借りれば"主観"が違う。

私達を目の敵にする前の時間を過ごしているのだと思う。

そう思いながら、若い頃の父が居る食堂へと歩き進めていくと、視界の奥…反対車線側の歩道に2人分の女の人影が見て取れた。


「あ…」


私は声を上げて指を指す。

蓮水さんもそれを認識していたらしく、鋭い視線を向けた。

2人は直ぐに道の脇に消えていく…そこは獣道になっていて、真っ直ぐ登っていけば知る人ぞ知る展望台へと繋がる道だった。


「ちょっと、あれ…」


私が2人に気を取られていると、蓮水さんが声を出して私の注意を引く。

腕を突かれた私は彼女が指さす方に目を向けて、さっきと同じように声を上げた。


「お父…さん?」


視線の先には、食堂から出てきたばかりの父が見えた。

まだ3軸にやってきていない…今は"可能性"の存在でしかない父…


随分と古い恰好だが、ビシッと小綺麗に決めているあたり、この世界ではアレが流行のファッションなのだろう。

そんな格好を身にまとった父は、レナ達が消えて行った獣道の方をじっと眺めていると、やがて周囲を見回した。


「この後はどうなる予定?」


蓮水さんの言葉に、すかさず私はレコードを開く。


「…車に戻って、港の方まで行くはずです。海を眺めに」


私はそう答えたが、眼前に大きく映るようになってきた父はそのような行動を取るようには…とてもじゃないけど見えなかった。


「……」


言葉も発さずに父を見守る。

私達は歩みを止めず、一歩一歩歩くたびに増していく嫌な予感を感じながら近づいていった。


「!!」


そして、ついに体中に"あの感覚"が駆け巡る。


「いいタイミングだと思う?」


蓮水さんが苦笑いを浮かべながら私に尋ねた。

何もしてこないながらも、"ポテンシャルキーパー"のレナとレミがこの町に居て…父がレコードから逸脱してしまったこのタイミング。

私は彼女と同じような表情を浮かべながら首を横に振った。


「蓮水さん。これは最悪のタイミングっていうものだと思いますよ?」


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