2.可能性世界の狂人 -2-
蓮水さんが言った"レコードに感知されない自分のための世界"…
私にはそれを「はぁ…そうですか」と受け入れることは出来なかった。
受け入れることが出来ないからといって、何かあるわけでもないので表には出さないが…今の私達の"漂流"の先にあることがそんなに都合の良いはずが無い。
…なんて、彼女がポジティブシンキングならば私の考えは正反対だ。
例え終わりが無いと言われるものにだって終わりは来る。
私の答えはそれだ。
つまりは…死…何時まで続くかは分からないけど、何時かはそうなるに違いない。
私はそんなことを頭で考えながら、可能性世界の3軸から持ってきたアルバムに目を通していた。
別世界とは言え、3軸を模倣した世界の私の家族写真…一枚一枚が何処で撮った写真なのか、見ただけで分かったし…どんな場面で撮ったのかも簡単に想像できてしまう。
「懐かしい写真だけど、違和感があるのは微妙な違いのせいなんでしょうね」
私はコーラを片手に持ってそう言うと、蓮水さんは別のアルバムを見ながら頷いた。
「大きく違うなら気にならないけど…小さな違いは気になるんだろうね」
彼女はそう言ってアルバムのページを捲ると、ふと私の方に顔を向けた。
「そう言えば、昔の話はしたことが無いの?…親の子供の頃の」
「昔の話ですか?…まぁ、しましたけど何か引っ掛かる事があったわけでも無いです」
「そう…お父さんの方とかも無い?」
「ええ。寧ろあったらレコードを持った人達に消されてたんじゃないでしょうか。何も感じず、気づいたら別の世界に来ていて、そしてレコードの通りに生きただけ…そんな気がします」
私は自分の幼少期の頃の写真が詰まったアルバムを閉じると、そう言ってからコーラの入ったコップを空にした。
「レコードでは何時頃来たんでしたっけ?」
「レコード上では1995年に混ざり込んできてる。3軸の世界を戻すきっかけになった流入よりも前…入って来た世界は同じだけどね」
「そうですか…」
私はそう言いながら、真っ白に染まった自分のレコードを取り出して開く。
「…95年。私が生まれる5年ほど前ですか」
ポツリとそう言うと、ふと脳裏に一枚の写真が浮かんできた。
「蓮水さん。ちょっとそのアルバム見せてもらえます?」
「ん?ああ…良いけど」
誰かと話しているうちに、自分の中では疑問に思わなかったことが大きな疑問となって出てくる…そんな感覚があるとしたら、今まさに私はその感覚を味わっている。
違和感を感じる写真…過去の出来事…考えてみれば、一度だけあった。
蓮水さんが見ていたアルバムのページを一気に捲って、最後の方まで捲り…それでも見つからないのでさらにページを捲ると、目当ての写真が見つかった。
「あった…」
私がそう言うと、蓮水さんが私の横にやってきてアルバムに目を向ける。
その写真は、何とも言えない古さを感じさせるカラー写真だった。
日向の展望台で…父母2人で並んで写った写真。
私は蓮水さんにその写真を指さすと、彼女は首を傾げてこちらを見た。
「これです」
「……仲の良いカップルにしか見えないけど」
「それが違うんですよ。この前には一度も父が写っていないんです。これは確か2人が出会った日の写真です」
「なるほど?……ああ、確かによく見たら95年って書いてる。95年の6月23日」
「はい…そして見てください、お父さんの格好」
「んー…?」
私はそれだけで通じると思ったのだが、蓮水さんは分からないようで首を傾げて私を見つめていた。
「古くないですか?」
「古い?」
「格好です。10年は遅れてる…」
私がそう言うと、蓮水さんはもう一度写真を見てから小さく苦笑いを浮かべた。
「良く居るじゃないか。誰でも流行に乗ってるだなんて…」
「ですよね?でも、父は決して古風な人間じゃなかった…寧ろ新しいもの好きな面があったんです」
私はそう言うと、徐々に思い出してきた"何時かあった会話"の内容を話し始めた。
「お父さんは時代遅れっていうのが嫌みたいで、常に何か新しい物を持ってました。車は4年で買い替えていたし、服も髪型だってそうです…常に変わってる人だった…って。でも、出会ったときは違ったのよってお母さんが言ったことがあって…」
「ふーん…それが出会った当初だって?」
「はい…その時は話が少し噛み合わなかったって言ってました。まぁ、結婚する前ですから常に一緒にいたわけじゃないのは当然としても、何から何まで、どんな話題でも、お父さんはズレてたって」
私はそう言いながら、蓮水さんの横に積まれていたアルバムの中からお父さんの物を引っ張り出して適当に開いた。
「そう言われた後で…気づいた後で思い返してみれば…出会う前と後で随分とお父さんの見え方が違いますよね…」
話していて…蓮水さんと話していて初めて"疑問"に感じた歪み…
アルバムの最初の方…90年代初頭であるはずのお父さんはどこか昭和染みていて、車も古いデザインの物に乗っていたのが、お母さんと出会ってから…つまり95年の6月からは一気に様変わりしていった事が如実に現れていた。
「変わったこと…今の私が思いついたのはこれくらいです。それが…お父さんが世界を移動して3軸に来たのならば…この間に何かがあったはずですよね」
「ああ…確かにそうだね。しかし3軸に来る前の姿、言われてみると随分と古く…ん?」
蓮水さんはそう言いながら何かに気づいたのか…何かが引っ掛かったらしい。
「遅れてる…古い…?」
彼女はそう呟きながらレコードを開くと、直ぐに何かを書き込んだ。
「既に3軸は時間を2度も戻しているから、貴方の父親のことは誰も調べていないはず…」
「おそらくそうでしょうね。私と違ってレコード違反もしていないですし」
「…きっと大規模流入の元と同じと思われているはずだけど…実は違ったとしたら?」
「どういうことです?」
「つまりはこう…」
蓮水さんは私にレコードを見せると、レコードに表示された図を指でなぞった。
「この世界は2度時間を戻してる…1度目も2度目も可能性世界からの流入によるレコード改変をリセットするため…で、1度目も2度目も"1つの可能性世界"からの流入が元でそうなった。ここまでは合ってる?」
「はい…レナの所の…リン?って人にそう聞いたことがあります」
「でも、その裏で、不特定多数の世界からの流入があった。規模は小さく数人レベルで…それらは何故かレコードに検知されず、更にはレコードが改変されて3軸の人間として扱われたのだとしたら?」
「私のお父さんはそっち側の人間と?」
「ええ。それを調べて行けば…レコードの有り得ない動きの原因を掴めれば…」
「でも、蓮水さん。結局、ずっと後でその流入がバレた事によって私は処置されたんですよ?軸の世界のレコードは何も言ってこなかったのにも関わらず」
私はそう言って肩を竦めて見せると、脳裏にはポテンシャルキーパーのレナに処置されたあの日の光景が蘇って来た。
「……結局、レコードは誰かの視線で見た時には必ず異常を起こしてるんだと思います。軸の世界の人間からすれば何事もない平和そのものでも、パラレルキーパーやポテンシャルキーパーからすれば異常だったり…」
あの時の光景をフラッシュバックさせながらそう言うと、蓮水さんは私の顔を見つめたまま動かなくなる。
彼女は徐々に目を見開くと、ゆっくりとアルバムを閉じて煙草を一本取り出した。
「…今はそこから調べてみるしかないか」
そう言って煙草を咥えて火を付ける。
「…レコードを持った者の成れの果て、レコードを騙して世界を移動してきた者…レコードを騙す術を見つければいい」
「そうと決まれば早速世界を移動しますか?行先は…蓮水さんの考えが読めないのですけど、何処に行くにせよ、幸いここは第3軸の世界で、聞く当ては居ますし」
「世界は変えるけど、あの子たちに聞くことは無いさ」
蓮水さんはそう言って立ち上がると、私も席を立って彼女の横に並んだ。
「さっき…この世界のレコードを見た限りだけど、ちゃんと君も生まれてくるらしい。つまり、歴史は再び繰り返される」
「なら、行き先は私のお父さんが居た世界ですか?」
「そうしよう」
彼女はそう言って扉に手をかける。
私は部屋の電気を全て落として部屋を振り返り、再び前に向き直ると、先に部屋を出た彼女の後を追いかける。
「それにしても蓮水さん。私が居ない間に何があったんですか?」
蓮水さんの車まで戻ってきて、再び助手席に収まった私は窓を開けながらそう切り出した。
車のエンジンがかかり、狭い駐車場の通路に車を出した蓮水さんは、私の方に一度目を向けると、直ぐに前に向き直る。
「何がって?」
「いえ…私と会ってからは、ただこう…あちこちの世界を漂流してるのを楽しんでるように見えたんですけど。それが、こう…"私の主観だと"急に何か先にあるものを求めだしたように見えて…何かきっかけとかってあったのかなって」
私がそう言うと、煙草を煙らせていた彼女は、咥えていた煙草を灰皿に置いて小さく首を横に振った。
車は直ぐに駐車場を抜けて勝神威の街中に入っていく。
車の鼻先が、何時も使う高速道路の方を向いた。
「元々探ってたよ。僕がこうなってからずっと」
彼女はそう言うと、どこか儚げな横顔を私に見せる。
「レコードの管理人じゃなくなった時から、ずっと…白いレコードは何なのか…僕は何者なのか…レコードを持って何をすべきかを探してきた」
「……今でもそれを?」
「ああ。だけど、余りにも長い時間を過ごしてきた。そのせいで最近は自分もおかしくなる時があってね」
彼女はそう言って小さく口元を笑わせる。
「おかしくなる…?それは何時からですか?もしかして私と会ってから…?」
「いや、君と会うずっと前からだ。時折記憶が飛ぶんだ。スーッと、自分から自分が抜けていく感覚になって…気づけば僕は何処か知らない世界の一角で自我を取り戻す」
「私と会ってからはそんな素振りは…」
「ああ。君といるうちはまだなってない。1人の時だけだ…今のところ」
彼女はそう言って灰皿に置いた煙草を咥えて一服吸い込んでから煙を吐き出す。
少し開いた窓のすき間から煙が一気に車外へと漏れ出て行った。
「そんなわけでさ、いつか僕は僕じゃなくなる…そんな気がしててね」
「だから、そうなる前に…?」
「そういう事…何処かで出会った"前田千尋"のように"気が付くまでは"普通の人生を送ってみたいものさ」
私は蓮水さんの横顔をじっと見つめていると、彼女は少し人間味のある苦笑いを浮かべて首を振った。
「……それで、私のお父さんが居た可能性世界って…どうやって行くんですか?」
私は少し間を置いた後で話題を変える。
彼女はスッと表情を元に戻すと、ポケットから取り出した一枚の写真を私に寄越してきた。
「これは…?」
渡された写真は、さっきアルバムの中で見た父の写真だった。
何時の間に取っていたのだろうか…
「ヒントは十分…どの世界かは絞り込めないけれど…何度か世界を飛び回ればすぐにつく…」
彼女はポツリとそう言うと、再び煙草を咥えて黙り込んだ。




