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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter2 空想世界のエンターテイナー
36/63

1.夢の世界の姉妹 -4-

アルバムを全て蓮水さんの車に積み込んで、その車を港に置かれた電話ボックス近くに止めた。

見るからに不自然な場所にある電話ボックス…それは誰かが設置した世界を移動する道具だ。

車を降りた後、蓮水さんの横に付いて歩いて、レナが居るはずの廃病院を目指して歩き出す。

今いる場所からは少し遠いが…狭い町だし、何より歩きなれているからそこまで苦にはならない。


「レコードキーパーが来てたみたいだ」


道中、派手な車が2台止まっているのを見て蓮水さんが言った。

記憶を辿ると…レナの相方も古いクラシックカーに乗っていたはずだから…このセンスは確かにレナの所のレコードキーパーで間違いないだろう。


「2台…?レナの乗ってた車が無いみたいですが」

「それは向こうに止まってる青い車の事じゃなくって?」


私の疑問に蓮水さんは奥の方に見える青い車を指して言った。

指した先には、手前に止まっている2台とはちょっと違う、改造されて低く構えた車が止まっている。

私はそこの車の横までやってくると、室内をそっと覗き込んだ。


「何も置いて行って無いみたいです。傷は…撃ち合いのものですかね」

「そうみたいだね。振り切ってここまで来たのか…あの子にそんな腕と度胸があるようには見えないんだけど」

「ポテンシャルキーパーの方のレナを知ってるでしょう?大人しいだけでスイッチが入れば何をするか分からないタイプなんですよ」

「あっちの方が異常なだけだと思ってた」

「危なっかしさで言えばこっちのレナも大差無いです。常識的に振舞ってるだけで、怖さだけで言えば今まで会ったどんな人よりも上だと思います」


私はそう言って彼女が居るであろう病院を見上げる。

暗闇に包まれた…郊外の廃病院。

私はふーっと溜息を一つ付くと蓮水さんの方に顔を向けた。


「それに付き添ってるのはポテンシャルキーパーになった実の妹か…ただ、私達2人と平岸レナ…この3人を除けば妹の居る"時空"はちょっと遅れているようだね」

「…と、言うと?」

「永浦レミ…ポテンシャルキーパーの彼女だけど、僕達と会った記憶が無いらしい」


蓮水さんは暗闇の中でレコードを開いてそう言うと、小さく笑って私の方に顔を向ける。

子供が悪戯をするときのような、何処か楽し気な笑みを浮かべた彼女は私に顔をグイっと近づけると、唇に指を当てた。


「言わないでおこう。この歪みはあの2人も気づいてない。そして僕は平岸レナと面識が無いんだ。上手くいけば無駄玉を撃たずにレコードを取り返せるかも」

「……ああ、成る程。見境なく襲ってくる妹じゃないってことですね?」

「そう。さっきのは"姉を守るため"…重度のシスコンなのは知ってるでしょ?」

「1周後の姉とは言え、異常でしたからね…それが本物の姉…レナとなると…ああなるわけですか」

「そういうこと…とりあえず病院に入って様子を探ろう…あの2人がどうやってレコードキーパー達を退けるのか見物してみようじゃないか。お手並み拝見ってね」


蓮水さんはそう言うと、病院のエントランスから中に入っていく。

私も彼女の後に続いた。


「音は立てないで」


蓮水さんは一度振り返ってそう言ったっきり。

私は彼女の後に続いて…足元に気を付けながら付いてく。

1階を抜けて…2階、3階、4階…ここまでは何事もなく上がっていけた。

問題は5階…3階くらいから聞こえてきた物音と何かの呻き声のような音から察するに…撃ち合いに近い何かをやっているようだ。


「ハロー!カレン!」


そんな中聞こえてきたのは…そう…懐かしい友人の声だ。

蓮水さんは4階と5階の間の踊り場で私を手で制止させる。


「何か話してる?」


蓮水さんが私に耳打ちする。

私は声を出さずに首を縦に振った。

抑揚のない…どこか冷めたような口調…何時もと変わらないように聞こえるが、これはきっと相当なまでに怒っている声だと思う。


「早いところ、悪い夢からは覚めた方が良いって思いません?」


その声は、誰かを相手に一方的に話しているようだった。


「可能性だとしても良い。この時の部長を知りたいんです」


そして、この言葉の後。

私と蓮水さんは顔を合わせたままレナの声にじっと耳を傾け続けることになる。


 ・

 ・


「私をここまで持ってきてくれたのは部長ですからね。もし、原因が部長なら取り返しが付かなくなる前に止めたいんです」

「随分と気恥しいことをサラっと言うのね」

「元の世界の部長には言えませんからね」

「私は練習台ってわけ…はぁ…そう言うこと…」


長々とした話が終わり…話し相手だった"部長"こと中森琴が言った言葉を聞いて蓮水さんは目を見開いた。


「"トワイライト・インターナショナル"って調べてみて」


 ・

 ・


「あそこか…」


彼女はようやく合点が行ったという顔を浮かべる。

私には何が何やら分からなかったが…


「そろそろ退場の時間よ。撃ちなさい…処置されてあげる」


私が頭の中を混乱させている最中、レナの上司の声が聞こえてきて…直後には乾いた拳銃の音が、静寂に包まれている廃病院内に鳴り響いた。


「どうします?」

「行こうか…?」


私と蓮水さんがそう言って迷っている間。

ふと、階段の踊り場に目を向けた私は何かの空き瓶が転がっているのに目が行った。


「あ…瓶が…」


咄嗟に手が届く距離じゃない。

私はそう言うだけで精一杯だった。


カタ…カタ…カシャン!


「何か居る気がする」


私と蓮水さんは一気に背筋が凍り付いた。

今の声はレナじゃない…妹の方だ。

目を見開いた私に、蓮水さんは冷静に下の階の方を指さす。


"退散"


口パクでそう言うと、蓮水さんはそっと階段を降り始めた。

私も足元に気を付けながら彼女の後を追って下に降りる。


「蓮水さん、こっちに!」


2階まで降りてきた私は、さらに下に降りようとした蓮水さんの肩を掴んでいった。


「え?」

「玄関から降りたら鉢合わせです。あそこからは非常階段でしか降りられないので…」

「…分かった。君はここの土地勘があるからね」

「レナ達の行先をレコードで調べて教えてください…こっちです」


私はそう言って、周囲の音が聞こえないのを良いことに病院の2階の廊下を小走りで進み始める。

非常階段でも無い第3の出口…それは、このフロアが緊急外来だった頃の名残…

非常階段や玄関のある方とは反対側にある、2階までしかない出口だ。


「くっ…!」


廊下を駆けていく途中で、私達の周囲の壁や窓に風穴が空いていく。

レナにバレたのだろうか?と一瞬思ってしまうが…足を止めずに進めると銃弾の雨はすぐに止んだ。


「感づかれた?」

「いいや。ただの当てずっぽうだろう」


2階の廊下の隅まで来て、随分の間使われていない扉までやって来た私達はそこから外に出る。

病院の敷地の隅から病院前の道路に出てきた私達は、少し上がった息を整えた。


「一体どこへ?」

「港の方。この進み方ならトンネルの方には行ってない」

「了解です。なら…蓮水さん、こっちに」


出てすぐに蓮水さんがレナの足取りを追ってくれる。

彼女が短く言ってくれただけで、レナが何処へ行こうとしているのかが手に取るように分かった。

私は蓮水さんを先導して駆けだすと、直ぐに彼女が横に並んで来る。


「何処へ?」

「公園です。港にある…向日葵の綺麗な場所ですよ」

「彼女たちの方が早く着きそうだけど」

「向こうからは遠回りなんですよ」


私はそう言いながら、駆け足を止めずに行先の一部分を指さした。

何の変哲もない…舗装もされていない小道。

病院から港の方に続く、ほとんど人通りも無い小道だった。


「この道、町のメイン通りの下を通るんです」

「へぇ…」


蓮水さんは感心したように言うと、やがて私の言った通り、人1人が通れそうなトンネルが見えてくる。

その上には、町のメイン通り付近に見える家々が見えていた。

当然、明かりもついておらず真っ暗だが…私は臆することなくそのトンネルを抜けて奥に出る。

ここまでこれば、目的地の港の公園までは後少しだ。


「こんなところが合ったのは知らなかった」

「でしょう?地元の人じゃないと知らないと思いますよ」


私は少しだけ得意げにそう言うと、目の前に見えてきた公園を指さした。


「あそこです」


公園まで駆け続けた私達は、公園にたどり着くと呼吸を整えながら中に入る。


「置いてきた車の近くじゃないか。先に教えてくれても良かったのに」


蓮水さんは周囲を見回しながら言った。

私は苦笑いを浮かべながら肩を竦めて見せる。


「砂利道ですからね…それに、夜は気味が悪いですし」

「成る程…子供たちの肝試しスポットだったってわけ」

「はい…それと、偶に遠回りして帰るときの通学路です」


私はそう言いながら、蓮水さんを連れて公園の真ん中までやって来た。

そこには、公園に似使わない…古びた小屋が建っている。


「ここです。レナはここに来るつもりでしょうから」


私はそう言って小屋の扉を開けて蓮水さんを中に引き入れる。

蓮水さんはレコードを取り出して開くと、ほんの少し目を見開いた。


「目的地は合ってそうだ」


彼女がそう言って私の方を見ると、私はニコッと笑って返す。

やがて、遠くから誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。


「私が応対しますね」


私はそう言って扉の前に立ち…蓮水さんは私の背後で小屋の壁に寄り掛かった。

少しだけ待つ間…2人分の足音が徐々にこちらに近づいてくる。

そして、この小屋の前でその音が途絶えると、私の心臓は一気に早鐘を打ち始めた。


「!」


唐突に蹴破られる扉に、私に向けられる銃口…そして驚いた顔を見せた友人。

私も驚いた顔を一瞬で引っ込めると、すまし顔を取り繕ってやって来た相手を出迎えた。


「ハロー、レナ…さっきは映画の悪役みたいだったね」


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