1.夢の世界の姉妹 -1-
「居ませんよ?」
「こっちの方から音がしたんだけどね…」
蓮水さんと合流したフロアから、非常階段を伝って一つ下の階に降りてきた。
手ぶら状態の僕はこの状況下では足手まといにもほどがあるから、レコードと注射器を蓮水さんに借りて、今は彼女の付き人になっている。
途中で、何かの物音や人影を感じることがあったから、きっとこの階層あたりにさっき僕を拘束した姉妹が居るのではないだろうか?と思ったのだが…
僕は周囲を見回したが…人の居た気配はすれど、それ以上のことは何も感じない。
今も、何かの音がしたように聞こえた方…フロアの隅のトイレ周辺までやってきているのだが、誰かが居る様子は無かった。
蓮水さんから借りているレコードを開いて調べてみても、さっきの姉妹のことは一切出てこない。
「どうします?レコードには映りませんよ?」
「……手掛かり無し、か…ただ、彼女達はこの世界が終わるまでこの世界に縛られる。近くに居ればチャンスはあるさ」
僕が言った言葉に、彼女は少し毒づいたように返してくる。
「まだ遠くには行けないでしょうね…」
「ああ…電気が落ちてる状況下だと…走ってもまだ1階にすらつけていない…!!」
立ち話をしていると…このフロアの本来の入り口であろう、エレベーターホールの方から爆発音が聞こえてきた。
「間の悪い…」
「どうせ相手はレコード外れの欠陥品!」
蓮水さんは爆発音の奥からやって来た者たちに即座に反応する。
一瞬遅れた僕は、フロアの方から放たれた銃弾を一発頭に受けてからようやく動き出せた。
「鈍ってる」
「寝起きなもので」
「だったら、向こうにも良い眠りを返してあげないと」
蓮水さんに遅れて遮蔽物に入った僕に、冗談を飛ばした彼女は手にした短機関銃の安全装置を外すと、即座に反撃に出る。
射撃音は消音器のおかげで小さく…作動音しかしないし…何より出ていく弾の勢いが無い。
使っている銃弾が実弾ではなく、蓮水さんお手製の麻酔弾だという事に気が付いたのは、銃声の直後に断末魔が聞こえてこないことに気づいてからだった。
「それは?」
「麻酔弾!注射器を!」
そう言って飛び出していく彼女の後について僕も飛び出す。
蓮水さんが仕留めた人々は、床に突っ伏して寝息を立てていた。
登場の派手さの割には間抜けな最期だ。
僕は落ち着いて一人一人の首筋に注射器を突き立てて彼らを消していく。
その間にも、彼女は冷静に手にした銃で襲撃者を仕留めて…僕が倒れた彼らをこの世界から解放して回った。
10人ちょっと…20人弱くらい処置しただろうか?
そのころには既に襲撃者は残っておらず、僕は最後の一人を仕留めると蓮水さんがこちらに駆けよって来た。
「終わり?」
「はい」
「なら、このフロアを探そう…彼らはココを決め打ちで入って来た」
「なるほど」
僕はカジノのようなフロアのド真ん中で頷く。
蓮水さんと2人、周囲を見回すと…どこもかしこも隠れられそうで、探すのは骨が折れそうだった。
「そういえば、どうして直ぐにこっちの方へ来たんだろう?」
「…トイレの方にですか?」
「うん。あそこはフロアの隅だし、入り口からは遠い…爆破して突入してきて、すぐここまで来るっていうのは無計画過ぎない?」
蓮水さんはそう言いながら、先程襲撃者たちが入って来た時に居た場所へと戻っていく。
フロアの隅の…暗いカジノと違って、外からの明かりが差し込むお蔭で明るい通路へ。
僕は彼女の後ろに付いて行くだけだったが、2度目に訪れたこの場所で、さっきは気にならなかった部分が気になった。
「蓮水さん。もしかして…」
「ん?」
僕が指さしたのは、男女別のトイレ横にある扉。
さっきも開けて中を見ているのだが…それを思い出した時に、さっきは不思議に思わなかった部分が急に気になった。
僕は用具室の隅にふと見えた、格子を指さして蓮水さんの顔を見る。
彼女は少しだけ驚いた表情を浮かべてから、口元に薄っすら笑みを浮かべた。
「ここから逃げのなら、大したものだね」
彼女はそう言って格子の前にしゃがみ込んで、それに手をかける。
クイっと引っ張ると、そんなに力をかけている様子も無いのに簡単に外れた。
「2人は女の子だったよね?」
「はい…僕と同じくらいか、ちょっと大きいかな?程度の…中学生か高校生くらいです」
「…なら、入っていけるだけの広さはあるか…レコードでさ、この建物位は調べられるよね?」
「え?…はい」
僕は蓮水さんの言った事に従って、レコードに今いる建物の情報を映し出す。
どう書けばいいか悩んだ挙句…アバウトに書いてみた文字はあっという間に飲み込まれ、代わりに欲しかった答えが直ぐに出てきた。
「この配管は…ここからは行けない部屋に繋がってるみたいです。どうもこのホテル、フロアが全てというわけでは無いみたいですね…完全に壁で仕切られた裏側があるって…」
「へぇ…秘密警察御用達ホテルだね。まるで…なら…ココを通っていかないとダメ?それとも、一旦外に出てそっち側に行けるとか…」
「1階の受付裏から繋がってる見たいですね」
「そう…それなら、降りて行ってみましょうか…」
外した格子を横に置いて立ち上がった彼女は、再び短機関銃を手に取って言った。
弾倉を付け替えて…煙草を咥えて火を付けて…部屋の外に出る。
僕はそんな彼女の後に付いて行くだけだ。
「しかし…何なのこの世界。僕達が追いかけられないのは好都合だけど、それなら行き成り撃ってくることは無いんじゃない?」
「まぁ…そうですけれど…レコードを見てみれば…ここは3軸を元にした可能性世界です。所詮は夢の中の世界で…主は追ってる姉妹の姉の方…名前は平岸レナ…」
「知ってる。元は3軸…この近辺に居るレコードキーパー…厄介な相手」
「そうなんですか?」
「…レコードを使う記憶は残ってる割に、彼女の記憶は無いの?」
「はい…」
僕がそう言うと、彼女はこちらを覗き込んで首を傾げた。
僕は少し目を反らして、フロアを抜けた先にある非常階段につながる扉を開けて中に入る。
とりあえず…階段を1階まで降りないことには始まらないから…
「とりあえず、何処かの世界で貴女と別れてから…相当な時間が経ったし、世界もどれだけ消し去ったかは覚えてない。だから、きっと貴女も同じはず。その中でずっと一人だったお蔭で自分の記憶が霞んだのでしょうね」
「蓮水さんはそうじゃないんですか?」
「ええ。何時だって追いかけてくる人達が思い出させてくれたよ。僕は時任蓮水だって。君の方にだってそう言うのは居たはずなんだけどね、それこそ、今追いかけてる姉妹とか」
「……そうなんですか?」
「永浦って本当の名前を名乗ってる方。今は妹の方がこの世界に居る。ポテンシャルキーパーの永浦レミとレナ…君をやたらと追い詰めてたと聞いた」
蓮水さんがそう言っても、僕の脳裏には何も思い浮かばない。
きっと、さっき僕を捕まえた2人がそうなのだろうが…あの2人の顔は始めてみたはずだ。
「いいかい?整理しよう」
「はい…」
「僕と君はレコードを持ちながら、その管理人から外されて、世界を漂うだけの存在になっている。それはオーケー?」
「はい。それは…分かってます」
「その中で君は"空想"を具現化させた世界を創っていた…それは?」
「何となく…ああ、僕の世界だって…それを壊して回るのは義務なんだって…」
「ふむ。それは良い。そして、僕の観測では最早その世界は全て壊されている。やることが無くなった君は、僕と同じ…ただただ世界を漂うだけになった」
蓮水さんはそう言いながら、非常階段の下の方に銃口を向けながら歩き続けていた。
誰もいない…ただの階段しかない空間に、僕達2人の声が響く。
「それからは…延々とポテンシャルキーパーから逃げ回るだけ…その裏でパラレルキーパーと協力して、何故僕達がこうなってしまったのかを探っているってわけさ」
「それなら…レコードキーパーが襲ってくる理由って…」
「ああ。無い。この世界の主様は、妹に言われての事だろうが…さっき襲ってきた連中には敵対する理由などないはずなんだ」
彼女は少し、解せないといった声色で言った。
「そこは、この世界がイレギュラーの塊にあるから…何とも言えないけどね」
「……それで…僕は誰なんですか……?」
話が途切れた頃合いを見計らって尋ねてみる。
すると、蓮水さんは一旦こちら側に目を向けて、僕の顔をじっと見つめた。
「この世界から抜け出たらにしよう…君は余りにも変わり過ぎた」
そして一言、アッサリとした口調でそう言った彼女は、ようやくたどり着いた1階の扉に手をかけて外に出る。
分厚い扉をゆっくりと開けて外に出ると、彼女はその扉を思いっきり蹴って大きな音を立てて閉じた。
バタン!
「そこか…」
エントランスホールに響く音の中から、微かに別の音が聞き取れる。
蓮水さんは少し離れたところに見える受付の方に駆けだした。
受付に突っ立っているだけで、僕達の気配に表情一つ変えない2人の人間を横目に、僕達は受付の背後の扉の先に出る。
明らかにさっきまで人が居た気配が感じ取れた。
「外?」
「出よう!」
蓮水さんを先頭に、受付裏の部屋を突っ切って、すぐ横にある扉を開けて外に出る。
出た先はホテルの裏手側…夕暮れ時の空の下…ホテルの影になって影になっていた。
「これは…」
僕は外にある壁を見回して呟いた。
外にある、何かホテルを取り囲むようにせり出ている壁は、明らかに不自然だった。
「!」
その刹那。
僕の足元は何かに撃ち抜かれて、鋭い痛みと共に立っていられるだけの力を失った僕は地面に崩れ落ちていく。
「ナイス!お姉ちゃん!」
その直後…蓮水さんが銃撃を受けたと同時に現れた一人の少女がこちらに銃を向けて駆けて来た。
彼女は既に銃撃を受けて地面に倒れた僕達を蹴飛ばすと、手にした拳銃をこちらに向ける。
「お姉ちゃんの邪魔はさせないし、お姉ちゃんに近寄らせない…お姉ちゃんが怖がっちゃうもの…この世界と共に、消えて無くなって?」




