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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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5.空想世界からの訪問者 -4-

「……」


開けた扉の向こう側にあったのは、夏の日向のように、カラッと晴れた海の景色ではなかった。

あったのは、何の変哲もない、雨の降った地方都市の街角。


「傘がないけど」

「車がある」


上空から降りしきる大雨を見ながら言った私に、蓮水さんはそう言って目の前の真っ赤な車に乗り込んでいく。


私も後に続いて助手席のドアを開けたが、どう見てもこの前の世界で乗ったフェアレディZとはかけ離れていた。


「この車も蓮水さんの?」

「そう」


エンジンを掛けて、車を走らせた彼女は淡々と言った。


「Zじゃない」

「これが?」

「前に乗ってた型の2つ後。中森琴がこれと同じ型、同じ色の乗ってるはずだけど?」

「見たことないです。というより…知り合ったときにはもう昔の格好だったので」

「そうなの」


蓮水さんはそういうと、シフトレバーの後ろにある蓋を開けた。


「ライター押して」


言われた通りに、蓋の中から出てきた灰皿と、取り付けられていたシガーライターをグイっと押し込む。

私はカチッとそれが出てくる前に、自分の分の煙草を取り出して咥えた。


「次は何処のどの人を?」

「ここは平成10年の勝神威…そこから隣町に抜ける峠の途中にある水力発電のダムの人間」


丁度彼女がそう言い終わった時にカチ!という音がした。

私はそれを取って、既に煙草を咥えていた蓮水さんの煙草に火を付けて、それから自分の物にも火を付ける。


「なるほど…」


私はそう言ってからふーっと煙を吐き出す。

2人が狭い車内で一気に煙草を吹かしたものだから、一瞬で車内は煙に包まれたが…窓をほんの少しだけ開けて煙を外に逃がした。


開いた窓から雨も少しだけ入ってくるが…気にならない程度だ。


「私達が訪れる世界に何か共通なことってあるんですか?私の空想世界に繋がる以外で」


土砂降りで混み合った勝神威の街中を抜けている最中。

中々動かない車列を見ながら私は尋ねた。


「3軸に近似した世界…ということ」

「他には?」

「それだけ。規則性はないよ」


蓮水さんはそう言って灰皿に煙草の灰を落とした。


「だから、この世界に彼らがいたとしても、僕達は運が悪かったと呪うことしかできない」


彼女はそう言ってサイドミラーに目を向ける。


「そっち側のコンソールボックス開けてよ」


何かに気づいた様子でそう言った蓮水さんに従って、私は目の前のボックスに手を掛けた。

反力も無く、ただただ重力に任せて勢いよく開いた中には、私が手にしていた麻酔銃と実弾の入った拳銃が一丁づつ入っている。


「さっき渡した銃は持ってていい。その代わり、麻酔銃の方を取っておいて。僕には実弾入りの方を」


そういう蓮水さんに言われるがまま、艶消しブラックに塗られた拳銃を手渡す。

すると、彼女は躊躇なくスライドを引いて初弾を薬室に送り込み、撃鉄を起こした。


「ここから峠を駆け上がっていっても、付くのは50分かかる。オマケに3つ後ろには銀色のポルシェが居る。逃がしてはくれないだろうね」


そう言って臨戦態勢バッチリになった蓮水さんの横で、私はようやくサイドミラーに目を向けて、彼女のいう通り3つ後ろに平成の世にはクラシックになったカエル目のスポーツカーの姿を認めた。


左側…私の側に見えたのは、さっき会ったばかりの芹沢さんだ。

あっちはパラレルキーパーでこっちはポテンシャルキーパーと、差異は巨大だが。


「この車はどこか弄っていたりしないの?」

「一通りは好きに手を入れてある。峠道で10年以上も前の車に遅れは取らない」


蓮水さんはそういうと、ダラダラと渋滞を進んでいって、目前に迫った赤信号の交差点…その直前にある小道にウィンカーも出さずに入っていった。


「うわ!」


私は急に襲ってきた加速に身体をシートまで一杯一杯に押し付けられる。

目を見開いて、横の蓮水さんが睨みつけていたメーターを見てみると、回転計はあっという間に7千回転手前まで回っていき、ギアを変えても変えても、すぐに回転はそこまで踊り上がっていった。


ガタガタと荒れて、じっとりと濡れた路面を滑るようにして加速していく。

ドスの効いた、重たいエンジン音が周囲の人達に自身の存在を気づかせて、退かせる。


蓮水さんはすまし顔でハンドルに手を当て、咥えていた煙草を灰皿に突っ込んでもみ消すと、真剣な顔つきのまま私の方を一瞬見た。


「このまま発電所に乗り込んでドンパチ起こすっていうのも良いかもね」

「投げやりになっていません?」

「まさか。職務には忠実なだけだよ」


蓮水さんはそういう軽口を叩きながら、狭い小道で大柄な車を右に左に振り回していく。

ブレーキの利きが悪く感じるこの車を、半ば強引な方法で止めながら小路を次から次に折れていった。


バックミラーを見てみると、少しだけ遠く。私達から3つか4つ数えた先に銀色の車が追ってきているのが見える。


私は麻酔銃の方を浴衣の中に仕舞いこんで、実銃を放つ方を抜き出した。

安全装置を外してスライドを引き…撃鉄を起こす。


狭い路地も次で最後らしい。

迫りくる交差点は国道に繋がっているらしく、丁度青信号だった。

だが…歩行者用信号は既に点滅しており、やがてすぐ赤に変る。


蓮水さんは速度を緩めながら交差点に突っ込んでいき、パッと黄色になったと同時に車のハンドルを右に切った。

後輪が滑る感覚を覚えながら、彼女は思いっきり右足を床下まで踏み込んでいく。


信号が赤に変った直後。

見事な芸当で2車線道路の左側。

路肩幅一杯まで使って国道に出た蓮水さんはふーっと溜息を一つ付いた。


「この街は小道を近道に出来ないような信号の作りになってるんだ。この量じゃ、彼らは信号無視して出てこれない」


彼女はどこかしてやったりという顔を浮かべながら言った。


「そして僕達はある程度余裕を持ってこの世を終わらせることができる」


そう言ってから、彼女は煙草を一本口に咥えた。


 ・

 ・

 ・

 ・


雨に濡れた峠道を駆け上がっていく頃には、雷鳴が数度、地面を響かせていた。

今回乗った車は、天井がガラス張りなお蔭で雷が良く見える。

ホラ、また光った。


「結構近いんですね」


間髪入れずに鳴り響いた轟音を聞き流しながら私は呟くように言った。

そう言ってから、短くなった3本目の煙草を灰皿にもみ消す。

丁度通り過ぎた看板には、ダムまであと500メートルの標識が見えた。


「結構近いものさ」


彼女はシフトレバーに置いた手を数度捻ってそう言った。

捻るたびにエンジンが唸りを上げ、音の迫力とは裏腹に速度は落ちていく。


「運転の腕も生きている間に?」

「まさか。これはパラレルキーパーになってからだよ」

「趣味で?」

「趣味で」


彼女はそう言って口元に笑みを浮かべる。

そう言って、ダムの入り口を指さした。


ウィンカーを上げて、ブレーキを踏む。

車は中々減速しなかったが、入り口に差し掛かるころにはちゃんと減速しきって、少しの振動の後で車は駐車場に入っていった。


もうこの世界は捨て駒みたいなものだ。

蓮水さんは駐車場に止めることもせず、堂々と出入り口の扉の目の前まで車を走らせて止めると、エンジンも切らずに外に出た。


若干呆気にとられた私も直ぐに後を追いかけていく。

2人とも、手には麻酔銃ではなく実弾入りの拳銃を握っていた。


「標的は?」

「2階」


短くやり取りを交わした後、蓮水さんを先頭に施設の中を駆けてゆく。

人のあまりいない、大雨の午後の昼下がり。

薄暗い、白い電球に照らされた廊下に聞こえる音は、不釣り合いな浴衣姿の少女2人の駆ける足音だけだった。


「ここだ」


蓮水さんはそう言うなり、躊躇することなく扉を開けて中に入る。

私は蓮水さん越しに標的の姿を認めたので、中に入らずに外で待つことにした。


「御免なさいね。僕達は急いでいるの。長居はしないさ」


中から蓮水さんの声が聞こえる中。

私は部屋の前で周囲を見回す。

実弾の入った拳銃の撃鉄を元に戻して安全装置を掛けると、直ぐに麻酔銃の方と入れ替えた。


同じように、麻酔銃の方の安全装置を解除してスライドを引いき、撃鉄を起こす。

そして、ゆっくりと私達が駆け上がって来た階段の方に銃口を向けた。


カシュッ……!


部屋からは、消音器越しの銃声が聞こえてくる。

そして、私が銃口を向けた先からは、先ほどの私達のように駆ける足音が聞こえてきた。


「お待たせ」

「数秒分遅刻ですよ」


すまし顔で部屋から出てきた蓮水さんに、私はそう返す。

そして、ゆっくりと引き金を絞った。


「!」


消音器も付けていない銃口からは、派手な破裂音が鳴り響く。

それと同時に、階段の踊り場から飛び出してきた1人の女が廊下の壁に突き当たって倒れた。


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