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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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5.空想世界からの訪問者 -3-

「さて、ボウヤ。これから暫くの間、このおじさんと行動することになるけれど、いい?」


蓮水さんは、入って来た芹沢さんを指してそう言ったが、直ぐに私が制止した。


「待ってよ蓮水さん。色々と説明が足りてない」

「え?」

「この子にとっては不安しかないでしょう?親もいないし、友達も消えてる。レコード違反だからって処置はしているけれど、感情は消えてないですよ?」

「なるほど」


蓮水さんと私はキョトンとする子供の前でそう言った後、再び子供の方へと振り返る。

だけれど、その前に芹沢さんが子供の横にしゃがみ込んでいた。


「よし、いいか坊主。君はここに来るまでの事ってあまり覚えてないよな?」


そう話しかけた芹沢さん。

男の子はコクリと大袈裟に頷く。


「そうか。それはここの姉ちゃん2人も良く分かってる。だから俺を寄越したんだ。な?こっからちょっと場所移動して"医者"に見てもらう必要があるんだ。時間もないし、もう行かないと」


そう言って芹沢さんは窓の外に止めた自分の車を指さす。

銀色のドイツ製スポーツカー。

芹沢さんの指につられて外に目を向けた男の子は、ほんの少しだけ目を輝かせて頷いた。


「よーし、OK。行こう」


芹沢さんはそんな様子を見せた男の子の頭を軽くなでてやると、直ぐに手を引いて立ち上がる。


「どれくらいでここを脱出できそう?」

「どうだろう…出来れば勝神威から出たいが…そっちにとっちゃ都合は悪そうだよな?」

「遅いね」

「なら、小樽のセーフハウスにさせてくれ」

「それならOK…1時間以内に着くよね?」

「問題ない…それじゃぁ、また」

「ええ、また」


蓮水さんと会話を交わした後、芹沢さんは男の子の手を引いて家を出ていく。

そして、彼らが家から出て行った後すぐに、蓮水さんは浴衣の中から拳銃を取り出して消音器を銃口に取り付けた。


「さっきの可能性世界みたいに殺さずに済む話はそうそうないからね。次こそは本番さ」

「それで…この街の誰なんです?この世界の主様は」


彼女に併せて、私も拳銃を取り出して、消音器を付ける。

短くなってきた煙草は、私も蓮水さんも灰皿に捨てた。


「町の町長」

「ああ…よーく知ってます」

「それなら話は早い…1時間後にはこの世界も壊して次に行く」


蓮水さんはそういうと、クルっと背を向けて玄関の方に歩き出した。


「一体幾つ世界を壊す気ですか?」

「君の空想世界に繋がる可能性世界全てだ。ざっと384…そんな量じゃない」

「へ、へぇ……」


私は小さく苦笑いを浮かべる。

玄関で靴を履きなおして、外に出ると、早歩きで進む蓮水さんの背中を追った。


「384個あるといっても、その半数近くはもうじき寿命…だから僕達がやるのは190弱といった所かな」

「1か所1時間計算で190時間。7日弱じゃないですか」

「そうだね。1週間で蹴りつける気でいるから。それに、1か所15分も掛けずに壊して回るよ。これからは」


蓮水さんはそういうと、急に道の脇に私を引っ張っていった。


「え?」

「シー…」


民家の塀にしゃがみ込んだ私は、塀から顔を出した蓮水さんに手招きされるがままに顔を出す。

すると、視線の先…殆ど点にしか見えないくらいだが…特徴的な白髪の少女が目に映った。

横にいるのも併せて、ポテンシャルキーパーだろう。


彼女たちは、ここを真っ直ぐ行った先の通り沿いに面している町役場の目の前に陣取っていた。


「聞き分けの良くない方だ」

「私からすれば可愛げのある方だって言いたいですが…どうしてここに?」

「彼女たちはこの町がテリトリーだから」

「私もなんですが」

「そうだった。どう回り込む?」

「目的地は?町役場?」

「イエス」

「なら、回り込めますよ。地下からになりますけど」


私はそう言って蓮水さんの手を引く。


「地下だって?」

「公用車の駐車場とか、裏手側にあるんです。一段掘れた所に」

「津波で一発じゃないか」

「それはもう」


私はそう言って蓮水さんの手を引いて狭い路地を駆けていく。


町役場…真っ直ぐ進めばあるのがそれだが…今いる路地を真っ直ぐ行ってもたどり着ける。

今走っている路地の右手側はずっと崖。

町の最奥地だった。


そこを真っ直ぐ行けば…あの通りの一番奥に出る。

私と蓮水さんは人気のまずない路地から役場が目の前に見える通りに出た。

一度念のため陰に隠れてポテンシャルキーパーの前田さんがいた場所に目を向ける。

彼女たちは丁度、町の中心部の方へと歩いて向っているようで、2人分の少女の背中が見えた。


「そうだ。蓮水さん、銃交換しません?」

「何。ここの町長に何か恨みでもあったの?」

「いえ。前田さん方に追われたときに実弾じゃ対処し辛いでしょう?私が町長のこと片付けるので」

「それなら、いいけど」


町役場の前の物陰で、私達は互いの拳銃と予備弾倉を交換する。

それから一気に道路を渡り、町役場の裏手側に回ると、警備員が暇そうに立っているだけの裏口から難なく中に入っていった。


「2人だけならいいけども」

「そうはいかないんじゃない?」


それまで先行していた私を、麻酔銃を持った蓮水さんが追い抜いて先に立つ。

入ってすぐの施設内地図に書かれていた町長室に向けて歩き出した。


地下のエレベーターを呼び出して、やって来た小さなそれに乗り込み目指すのは4階。

ゆっくりとした動きでエレベーターが上がっていき、ポーンという電子音とともに扉が開く。


蓮水さんが素早く飛び出て行き、周囲を確認し終えると、私を手招いて廊下を先に進んでいく。


「殺したらどこから次の世界へ?」

「入って来たバス停横の電話ボックスしかない」

「了解」


町長室の前に立った私は、それだけを確認すると、町長室の扉に手を掛けてゆっくりと開いて中に入る。


中には、濃い煙を発する煙草を咥えた男が唖然とした表情で私のことを見つめている。


「な、何だね?キミは…」

「ごめんなさいね。ちょっと夢を覚ましに」


私は入るなり見つけた標的に、何も思い残すことはない。

そう言って素早く男の頭に照準を合わせると、引き金を引いた。



「さ、逃げよう!もう彼は夢から覚めたらしい」


私が町長室から出てそういうと、蓮水さんはコクリと小さく頷いて走り出した。

同じように、エレベーターを呼んで、4階から地下1階まで降りていく。


「電話ボックスまでは900メートル」

「走りましょう」


エレベーター内で短い言葉を交わした私達は、エレベーターの扉が開くなり直ぐに駆けだした。


入り口から出て行き、地上の駐車場に上がっていく道で周囲を見回して…例の2人が居ないことを確認し…それから再び駆け足になる。


まず車の通らない場所。

私達は堂々町役場前の道路を横断し、入って来た通路に駆けこんだ。


「バレてない?」

「バレてるけどまだ追ってきてないが正しいでしょうね!」


私の問いに、銃を構えて先に進む蓮水さんが答える。


「ま、この路地超えればすぐか」


蓮水さんは呟くように言う。


彼女の言う通り、路地を超えるまで残り50メートルを切ったところで状況は急変した。


「こっち!」


途端に蓮水さんは進路を変えて人の家の敷地に入る。

直ぐ後を追っていた私もそれに倣ったのだが……


そんな私のいた場所を、何かが突き抜けていったような音を聞いたことで全てを理解できた。


「そこらじゅうの可燃物を撃つんだ!」


人の家の敷地から敷地へと掛けていくうちに、前を行く蓮水さんが叫ぶ。

私は消音器を付けたまま、言われた通りに目につく限りの物に銃口を向けた。


プロパンガスから灯油タンク。車の下に見えた燃料タンク…

3発に1発、それらが銃弾を貫通して、派手な爆発音となって周囲を混乱の渦に巻き込んでいく。


蓮水さんと2人で、人の家の敷地伝いに、バス停のある道にたどり着いたころには、幾つかの場所で黒煙と爆発音が上がっていた。


「少しは天手古舞になっていれば良いものさ!」


彼女はそう言って電話ボックスの扉に手を掛けて中に入る。

その直後、私も電話ボックスに飛び込んだ。


私が来た道を見張る背後で、蓮水さんは電話ボックスのダイヤルを繋いでいる音がした。


「これで…この世界は私達の勝ち?」


そう呟くように言った直後、背後でジリリリリリリリリリリリリリリ…!とベルの音が鳴り響いて、周囲の景色が砂嵐に変貌する。


それを見た私は、今度こそ気を抜いて、電話ボックスの扉に寄り掛かって座り込んだ。


「この鬼ごっこをあと190回?」

「そう。この世界は前田千尋と元川由紀子が相手だったけれど…今度はそうじゃないだろうね」


同じように、電話機の横に座り込んだ蓮水さんがいう。


「僕は武闘派でもないんだけど」

「私もです」


世界が変わりゆく中で、私達は呼吸を整えなおす。

それから、ゆっくりと立ち上がった。


「可能性世界って数が多いんですよね?」

「ええ。そう」

「なんだって毎度毎度知った顔に会うんですかね」

「さぁ…そこは運なんじゃない?彼らに可能性世界を選ぶ権限はないのだし」

「そういえば…」

「?」

「顔、どれだけ白くなってます?」

「結構剥がれてきたみたいだ。右目の周辺がはがれれば終わりだね」

「そう…ですか」


砂嵐の景色の中で会話を重ねていくうちに、やがて砂嵐が薄くなっていく。


「可能性世界を壊しつくした暁には、僕や千尋と同じように白髪になってるはずだよ」

「覚悟しときましょう。身体に害は無いんでしょうけど」


そう言って、完全に晴れ渡った周囲の光景を見回してから扉を開けた。


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