5.空想世界からの訪問者 -1-
近代化された空港の中を進んでいく。
私と蓮水さんは、レナが言うところの"砂粒一粒以下の存在感"を繕って大勢の人達の中に紛れ込んでいた。
浴衣姿の女二人組。
どっちも手には消音器を付けた拳銃を持っている。
なのに、彼ら彼女らは皆私達に違和感を覚えないようで、私達は小走りで人混みを右に左に交わしながら進んでいった。
駐車場の方から一直線に伸びる長い連絡通路を進んでいくと、人で賑わう商業施設が所狭しと並ぶエリアに出る。
碁盤の目状に区切られたエリアは、土産物を買う人や、ただ遊びに来た一般人でごった返していて、私達はその間を縫って進んだ。
蓮水さんについていくと、彼女は急に私の方へと振り返り、私の手を引いて適当な土産物屋の中に入っていく。
「どうかした?」
「見間違いならいいけど」
洋菓子が並ぶ棚の前。
蓮水さんはそっと店の外に顔を出してそういうと、直ぐに身体をひっこめて私の手を引っ張り、見せの奥へと進んでいく。
「運がない。僕達は感知されていないだろうが…平岸レナが居る」
若干毒づいた様な声色でそう言った蓮水さん。
私は小さく頷くと、彼女の幾先にそのままついていく。
「騒ぎを起こすつもりは毛頭ない。どうせ違反者の感覚もないと来れば、ただの観光?」
店のバックヤードに入っていった私達は、誰もいない、薄暗い通路で立ち止まった。
華やかな空港の表通りとは違い、裏のヤードはコンクリートの打ちっ放しで、肌寒く、蛍光灯しか光源が無いせいで暗い。
私は拳銃を一旦浴衣の帯に挟さめてから、レコードを取り出して中身を開く。
レコード違反など一切記録されておらず、真っ白いページが、この世界は平穏であること伝えてきた。
それを見て、帯に仕舞う。
立ち止まった私達は、ヤードの外の喧騒を聞き流しながら、じっと待つ。
蓮水さんの腕時計を見ると、空港に入ってからもう8分は経っていた。
ロビーまではあと少し。
「君の銃を借りるよ」
蓮水さんはそう言って、私の浴衣の帯から拳銃を抜き取り、代わりに実弾の入った拳銃を渡してきた。
私は小さくうなづいて、少しだけ持ち手の大きい同型の拳銃を右手に構える。
「きっと妹も居る。まさかここに散弾銃を持ってきてるわけも無いだろうけど、きっと拳銃位なら容易く撃ちだすだろうね」
蓮水さんはそう言って、入って来た扉の横に立ち、私に一瞬目配せをした。
私は小さく頷くと、彼女の傍に寄っていく。
そして、腕をそっと突くと、彼女はゆっくりとヤードから店の方に扉を開けた。
銃は構えず、手に持つだけ。
平然と、ゆっくりと外に出ていく。
レナと妹の姿は見えず、蓮水さんと私は再び空港のロビーに向けて歩き出す。
商業地区を抜けて行き、大きな広場に出ていく。
そこは、吹き抜けになっていて、4階分の高さの天井は総ガラス張りで明るい大広場だ。
4階分の壁に付けられた、とてもとても大きな電光掲示板には、空港に離発着する飛行機の情報が大きく見やすい表記で書かれていた。
その広場を過ぎると、航空会社の受付や手荷物検査場があり…その奥にはいよいよロビーが見えてくる。
蓮水さんと私は、9番カウンターの横にあった手荷物検査場を素通りして中に入っていき、天井にぶら下がった案内看板に従って62番ゲートを目指す。
中学の時の修学旅行の時に乗った、白に青のラインが入った大きな飛行機が窓の外に見えた。
ガラス越しに、飛行機が並ぶ壮観な光景を横目に、私はガラスの内側に居る大勢の人間を交わしながら奥へと進んでいく。
58,59,60……窓の外に並ぶ飛行機の色は、白と赤に変わった。
そして、62番。
まだ飛行機が来ていないらしい。
だが、近くの電光掲示板が、着陸体勢に入ったことを伝えていた。
蓮水さんは62番から、飛行機まで続くはずの回路へと躊躇することなく入っていく。
私も、一瞬だけ周囲の目線を気にしながら中に入っていった。
「平岸レナには見つかっていないらしい」
「運がよかったですね」
私は蓮水さん以外誰もいない、広い通路でそういうと、蓮水さんの横顔を見上げた。
「表情が硬いですよ?」
「レコードを持った人間が世界を壊すんだから」
「なるほど」
「君はそうじゃないの?」
「実感が湧いてないから、じゃないですかね。気持ちはまだ、日向で消された前のままです。だって1週間しか経ってないんですよ?」
「成る程」
蓮水さんはそう言って頷くと、手に持った拳銃を見て、それを私に差し出した。
私は持っていた拳銃と引き換えにそれを手に取ると、何もない方に銃口を向ける。
それは、たった今着陸してきて、小さく白煙を上げた大きな飛行機に向けられていた。
そして、拳銃をゆっくり下ろすと、彼女は私の方を見て小さく小刻み首を縦に振った。
「やっぱり。僕には撃てなさそうだ」
ほんの少しだけ、普段よりも低い声で言った蓮水さんは、小さく口元に笑みを浮かべる。
「じゃぁ、どうします?帰りましょうか?」
私はそんな彼女に、敢えてジョークみたいな声色でそう言い返した。
「……いいや。気持ちはノーでも仕事中は身体が勝手に動くから問題はない」
「なら…いいですが…殺さずに済む方法ってないんですか?」
「レコード違反を誘発させればいいけれど。それが出来ればどれだけいいことか…」
「え?」
「レコード違反を誘発させる。それはその世界の人間が一斉に壊れることを意味する…そうなったら、この世界がきっと、軸の世界を崩壊させるきっかけになりかねない…世界が彼を生かそうと躍起になるはず」
彼女はそういうと、ゆっくりとした足取りで通路の奥に歩いていく。
奥では、何かの機械の音が聞こえてきて、その奥には飛行機のエンジン音が聞こえていた。
「じゃぁ、殺せば一瞬で世界が終わるんですか?」
「そう。正確には、殺してから15分できっかりと…15分なら、例え全世界の人間が壊れようとも、他の世界に流入はしない」
蓮水さんはそう言って、私の方へと振り返った。
「前の扉が開けば、アナウンスが入って人が降りてくる。問題の彼は最後尾にいるのだから、ゆっくりとここで待って…狩ろう」
彼女がそう言った直後、通路の扉が開き、その奥には飛行機が見えた。
やがて、飛行機から人が次々と降りてくる。
私達は端によって並び、彼らをやり過ごした。
出てくる側からすれば死角になる場所だから、彼らは私達を視界に入れることなく通り過ぎていく。
大きな飛行機だから、人の波は中々途切れない。
私は蓮水さんの前に出て顔を見て、もう一度彼女に問いかける。
「……この世界から消せれば終わりなんですよね?」
「そう。彼がこの世から消えればいい」
「例えば、今から出てくる人を捕まえて、3人で別世界に跳ぶというのはダメなんですか?」
私の問いかけに、蓮水さんは少しだけハッとした顔で私の方を見返す。
だが、その後すぐに表情を曇らせた。
「ノー。レコードを持っていない人間だと、どうなるかは僕にも分からない。それをやるのはあまり乗り気じゃない」
「……そう、ですか…」
そう言った私は、ゆっくりと彼女の横に並びなおして、ふーっと溜息を一つ付く。
飛行機から降りてきた乗客の背中を眺める。
「ん…?」
その人混みの奥。
人混みに紛れていて気づきにくいが、背の低い、セーラー服姿の二人組が視界に映る。
私は蓮水さんの肩を掴むと、彼女ごと身体を下に沈めた。
「何?」
「レナです!」
蓮水さんに状況を伝える。
だけど、彼女たち"姉妹"は、待ってくれるほど甘くはなかった。
私達の頭上に開く風穴。
そして人々の叫び声に、一斉に周囲の人達のレコードが破られた感覚を覚える。
私達は顔を見合わせると、飛行機から降りてこようとする人に銃を突きつけながら飛行機の奥へと逃げ込んだ。
直後に聞こえてきたのは、何時か東京で聞いた散弾銃の轟音。
飛行機に入った直後、狭い機内で後ろを振り返ると、何かの肉片のようなものと、どす黒い血が壁一面に飛び散ったのが見えた。
「行って!乗り気じゃなくてもやるしかない!」
私は出来る限りの声で叫ぶと、彼女はパニックに陥った乗客たちの足元を威嚇射撃で黙らせながら進路を作って奥に向かう。
私は開いた通路を背走しながら麻酔銃の銃口を入り口の方に向け、意識を集中させた。
「居た?」
中々入ってこない姉妹を待ち構えながら、私は背後の蓮水さんに尋ねる。
「居た!脱出シュート開けるからそれまで持ちこたえて!」
「は、はい!」
私は背後に聞こえる蓮水さんの声にそう答えると、目の前に起きた光景を見て絶句する。
照準器に合わせた視線の先。
先ほどまで突然の銃声にパニックに位置入り、蓮水さんのおかげで腰を抜かしていた乗客たちが、ゆっくりと立ち上がって…私の方に振り返ったのだ。
奥からは銃声が絶え間なく聞こえてきて、その銃声が、視界の奥にいる人間の命を刈り取っている。
でも、彼らの視線は背後に迫った死の恐怖よりも私の方…その奥にいる可能性世界の主に向けられた。




